Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

読みやすいワンシチュエーションミステリー短編集~青崎有吾『早朝始発の殺風景』

早朝始発の殺風景

早朝始発の殺風景

青春は気まずさでできた密室だ——。
今、最注目の若手ミステリー作家が贈る珠玉の短編集。
始発の電車で、放課後のファミレスで、観覧車のゴンドラの中で。不器用な高校生たちの関係が、小さな謎と会話を通じて、少しずつ変わってゆく——。
ワンシチュエーション(場面転換なし)&リアルタイム進行でまっすぐあなたにお届けする、五つの“青春密室劇”。書き下ろしエピローグ付き。


最近ミステリづいている。
青崎有吾にどのような流れで辿り着いたのか忘れてしまったが、決め手は、講談社タイガで書いている作家だということかもしれない。
とにかく自分は「読みやすいミステリ」を求めていた。

そうだった。
思い出した。
昨年流行った映画『カメラを止めるな!』の関連で、ワンシチュエーションものの映画や小説の特集がラジオか何かであって、その際に紹介された本だったはず。
短編集ということもあり、自分が読みたかった「読みやすいミステリ」そのままの作品だ。


ワンシチュエーションというと、聞きなれないが、要は「その時その場」で事件が解決する。
この短編集で言えば、基本的には「会話劇」の形式を取り、2~3人で話をしている間にふと湧いた疑問が、その会話が終わるまでに解決するような、ベリーショートの「日常の謎」作品集になっている。
舞台となるのは、早朝列車、ファミレス、観覧車、自然公園のレエストハウス、友人宅…。つまりすべては「密室劇」でもある。

「早朝始発の殺風景」
早朝始発の列車でなぜか出会った同級生(あまり仲はよくない)の思惑はどこにある——?
男女の高校生がガラガラの車内で探り合いの会話を交わす。

「メロンソーダ・ファクトリー」
女子高生三人はいつものファミレスにいた。いつもの放課後、いつものメロンソーダ
ただひとつだけいつも通りでないのは、詩子が珍しく真田の意見に反対したこと。

「夢の国には観覧車がない」
高校生活の集大成、引退記念でやってきた幕張ソレイユランド。気になる後輩もいっしょだ。なのに、なぜ、男二人で観覧車に乗っているんだろう——。

捨て猫と兄妹喧嘩」
半年ぶりに会ったというのに、兄貴の挨拶は軽かった。いかにも社交辞令って感じのやりとり。でも、違う。相談したいのは、こんなことじゃないんだ。

「三月四日、午後二時半の密室」
煤木戸さんは、よりによって今日という日に学校を欠席した。
そうでもなければ、いくらクラス委員だとしても家にまでお邪魔しなかっただろう。
密室の中のなれない会話は思わぬ方にころがっていき——。

「エピローグ」
登場人物総出演。読んでのお楽しみ。
早朝始発の殺風景|青崎有吾|集英社 WEB文芸 RENZABURO レンザブロー


この中でも一番面白かったのは、恋愛ものの「夢の国には観覧車がない」。
ディズニーランドが見える観覧車ということで、ソレイユランドは葛西臨海公園をモチーフにしているのだけど、なぜ高校のフォークランド部の追い出し企画でディズニーランドではなく、その隣を選んだのか、についての恋愛絡みのエピソードが高校生っぽくて良い。
なお、男二人で観覧車ということで、BL的な盛り上がりを期待する人もいるかもしれないが、それはお楽しみ。


正直に言えば、この本で一番驚いたのは、(冒頭3ページ目で明かされる)表題作「早朝始発の殺風景」の「殺風景」がヒロインの名字だったこと(!)。
そして、そんな殺風景が心の中では、登場人物たちの中で最も昏い炎を燃やしていること。
とはいえ、全体を通して青春青春していて良かった。


先日読んだ『ジェリーフィッシュは凍らない』は、鮎川哲也賞受賞作だったが、青崎有吾も『体育館の殺人』で鮎川賞を受賞してデビューということで、本格ミステリーも書ける人、芸達者な人なのだろう。*1
本格っぽいのとライトノベルっぽいのと本格ミステリと両方読んでみたい。

体育館の殺人 (創元推理文庫)

体育館の殺人 (創元推理文庫)

*1:ちなみに、ジェリーフィッシュの市川憂人は東大の文芸サークル「新月お茶の会」出身。青崎有吾は明大ミステリ研出身。やはりミステリはミステリ研強し…という印象

久しぶりに宮部みゆき読んだと思ったら2年前に同じ本を…~宮部みゆき『本所深川ふしぎ草紙』

本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)


つい先日、クリストファー・ノーラン監督『メメント』という、主人公の記憶が10分間しか持たないという特殊な映画を観た直後に、映画の内容を思い出せない、という悪夢的な出来事があり、改めて自分の記憶力に自信を失っていたのですが、今回もやらかしてしまいました。
未読と思っていた『本所深川ふしぎ草紙』ですが、2年前にバッチリ読んでました。

pocari.hatenablog.com


今回、七不思議に合わせて収録されている7話を読みながら、既視感を覚えることも多く、怪しいと思いながら読了したのですが、まさか感想まで書いているとは…。
ただ、感想を読むと、人情に特化した時代物ミステリという読み慣れないジャンルのため、2年前にも、読んだ直後(2週間後)でも内容を忘れていたようで、そう考えれば2年あれば忘れるだろうと開き直っている次第です。(笑)


ということで、今回は2年前に触れていなかった文庫解説について書くことにします。
この本の出版は平成3年発表のものですが、文庫解説は、平成7年に、池上冬樹によって書かれています。
宮部みゆきは、今では、日本で最も読まれている小説家数人の中に確実に入るであろう著名作家ですが、発表当時はそこまでではなく、文庫解説が書かれる平成7年頃には、ある程度、その地位が確立してきた時期であろうことが、解説を読むとわかります。


自分自身、最近こそ宮部みゆきをほとんど読んでいませんが、解説の書かれた平成7年頃はよく読んでいたことを思い出しました。『魔術はささやく』『パーフェクト・ブルー』『レベル7』『火車』『龍は眠る』など、初期作はほとんど読んでいます。(例によって全く内容を憶えていませんが)


池上冬樹は、宮部みゆきの魅力について、本人の弁も引用して次のように書いています。

作者はキングの長所として、“映画的な描写力”と”ものすごいイメージの喚起力のある文章”をあげているが、これはそのまま宮部みゆきの魅力といえる。イメージの換気力、またはひとつの場面に集約させてしまうシンボライズの巧みさが宮部作品にあるからである。

確かに、映画的な描写力、イメージの喚起力というのは分かる気がします。
時代小説が苦手な自分でも、本所深川の江戸の街をイメージしながら最後まで読み進めることが出来たからです。


また、そのあとのところで、池上は次のようにも述べています。

考えてみれば、宮部みゆきの小説が多くの読者をつかんでいるのは、もちろん物語の面白さもあるだろうが、いちばんの要因は、読者の胸にストレートに届く、この人物たちの思いではないのか。人物たちの真摯な思い。悪いこと、うまくいかないことがあっても、真面目に生きていけばきっと望みが叶うのだという思い。分かりあえないかもしれないが、でもいつかは気持ちの通じ合うことがあるのではないかという熱い思い。そんなさまざまな思いが小説の核心にある。

勿論、常にその思いが、望みが叶うわけではなく、今回の7編の中にも、暗い終わり方をする作品もあります。
しかし、それでも真っ直ぐな心を持っている登場人物たちに、読者が鼓舞されるのでしょう。
ここら辺は、あくまでリアリティを追求したり、社会への問題提起を試みるような作品とは大きく異なり、散りばめる噓も多くなっていくのかもしれません。


なお、解説では、この本の裏話として次のようなことが明かされています。

この小説のモチーフは、作者が贔屓にしている錦糸町駅前の人形焼きの店「山田屋」の包み紙にある。

包み紙に描かれた七不思議の絵に触発されて、七つの短編を書き上げたのだと聞くと、これは錦糸町「山田屋」に行かねば、という気持ちになってきます。

yamada8.com


ところで、第一話「片葉の芦」に出てくるヒロインお美津の父親である藤兵衛の話が、まさに現代日本コンビニエンスストアやファミレスの食品ロスの問題を地で行っていて面白く読みました。つい先日、読んだばかりの『大量廃棄社会』が思い出されます。

「おやじさんも、昔、近江屋が今のように名を売るきっかけになった出来事を覚えていなさるでしょう?そら、大川に、毎晩飯を捨てていたことです。」
(略)近江屋が江戸一の店として名を高めたのは、主の藤兵衛が始めたこの習慣のためなのだった。
近江屋の藤兵衛寿司は、宵越しの飯は使わない。それが証拠に、毎夜店をしまう時刻には、大川に、その日残った酢飯を全部しててしまう。

この習慣をお美津が嫌っていたことから父娘の確執が生まれたという話になるのですが、(実話なのかどうかは分かりませんが)「もったいない」とは遠い日本の文化もあったのでしょう。


印象に残ったのは、最終話にもかかわらず「消えずの行灯」を、優しい物語ではなく、怖い夫婦関係の物語として描いたことで、こういうところは小説として上手いなあと思わされました。時代物ということもあるのかもしれませんが、全体的に、ちょっと馬鹿だけど憎めない登場人物が多く、落語を思い起こさせました。
解説では、宮部みゆきは20歳まで本を読まなかったが、子どもの頃、寝る前に父親に落語を聞かせてもらったという話がありましたが、納得です。


ちなみに、つい先日、ライムスター宇多丸のラジオ番組『マイゲーム・マイライフ』に宮部みゆきが登場して、ゲームを30過ぎから始めてどんどん嵌って行ったという話をされていましたが、こちらも面白かったです。
プレイしないゲームの攻略本を読むのも好きという話の流れで紹介されたベニー松山さんの本は、何かしら読んでみたいと思います。

風よ。龍に届いているか (幻想迷宮ノベル)

風よ。龍に届いているか (幻想迷宮ノベル)

隣り合わせの灰と青春 (幻想迷宮ノベル)

隣り合わせの灰と青春 (幻想迷宮ノベル)


ということで、『本所深川ふしぎ草紙』の話はあまり書きませんでしたが、次こそは(何度かチャレンジして他の本に押されて読み終えることのできなかった)『ぼんくら』にトライしたいと思います。

ぼんくら(上) (講談社文庫)

ぼんくら(上) (講談社文庫)

ぼんくら(下) (講談社文庫)

ぼんくら(下) (講談社文庫)

21世紀の「そして誰もいなくなった」~市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』

ジェリーフィッシュは凍らない (創元推理文庫)

ジェリーフィッシュは凍らない (創元推理文庫)

特殊技術で開発され、航空機の歴史を変えた小型飛行船〈ジェリーフィッシュ〉。その発明者であるファイファー教授を中心とした技術開発メンバー6人は、新型ジェリーフィッシュの長距離航行性能の最終確認試験に臨んでいた。ところが航行試験中に、閉鎖状況の艇内でメンバーの一人が死体となって発見される。さらに、自動航行システムが暴走し、彼らは試験機ごと雪山に閉じ込められてしまう。脱出する術もない中、次々と犠牲者が……。21世紀の『そして誰もいなくなった』登場! 精緻に描かれた本格ミステリにして第26回鮎川哲也賞受賞作、待望の文庫化。

千街晶之さんが解説で書いているように、「あまりに前例が多過ぎるという点では不利ともいえる条件の中、『そして誰もいなくなった』系ミステリを投じて、全選考委員(北村薫近藤史恵辻真先)に絶賛され、受賞の栄冠に輝いた」という、実力作。本格ミステリは当然としても、感覚的には『金田一少年の事件簿』でも頻出する、この系統のミステリへの挑戦は、ミステリ初心者にも、そのトライの困難さが理解しやすい。


事件開始から順を追って話が進む「事件編」と事件後の「推理編」が並行して進む構成が面白く、推理の材料が良いバランスに披露されて興味が持続する巧い仕掛けになっている。
読み始めて一番意外だったのは、舞台がU国(アメリカ)であること。したがって登場人物は基本的には米国人だが、一名だけ「J国」出身の九条漣という刑事がいる。かといって、漣が探偵役というわけではなく、このシリーズの探偵は、赤毛の女性刑事マリアで、漣はあくまでワトソン役ということになる。
登場人物が日本人ではないことで、爽やかという言い方は変だが、じめじめしたところがなく、純粋にトリックに関心が行く作品となっている。


また、クローズドサークルの舞台は、現在存在しないテクノロジーを前提とした「ジェリーフィッシュ」という特殊な気球であり、一種のSFでありながら、事件が起きるのは1983年というチグハグさも面白い。コンピュータを用いたジェリーフィッシュの「自動制御」は、物語の重要な要素となるが、この時代のコンピュータは「パーソナル」な領域にまでは届いておらず、当然、携帯電話も普及していない。既に2作の続編が出ているが、そちらではどんな「新技術」が登場しているのか気になる。
なお、「ジェリーフィッシュ」の新技術をめぐるあれこれは、実験ノートの重要性の話も含め、何となく小保方さんのSTAP細胞の騒動を思い起こさせた。


さて、肝心のトリックはどうだったかと言えば、これは結構分かりやすくて好きなトリックだ。「本格」にこだわると、地味で理屈っぽく派手さがない解答になってしまうのでは、という勝手なイメージがあり、故に自分はバカミスを好むのだけれど、このトリックは派手で良い。

そして誰もいなくなった』への挑戦でもあると同時に
十角館の殺人』への挑戦でもあるという。
読んでみて、この手があったか、と唸った。
目が離せない才能だと思う。―綾辻行人

惹きの文句では、綾辻行人自身が『十角館の殺人』を挙げているが、綾辻行人なら、「あの作品」の方に似ているトリックだと思う。読んだときはそのトリックの馬鹿馬鹿しさにちょっと笑ってしまった、久しぶりに「あの作品」を読みたくなった。(ジェリーフィッシュも「あの作品」もバカミスではありませんが…)ということで、肝心のトリックを書かないことで、読書記録としての意味をなさずに、あとで後悔をすることも多いこのブログだが、この作品は絶対に覚えてられると思う。


最後に言い添えると、作品のキモにあたる「ジェリーフィッシュ」が怪しく光るこのカバーは、海外ミステリっぽくて大いに物語の雰囲気を盛り上げてくれ、大好き。調べてみると影山徹さんは、絵本『空からのぞいた桃太郎』では作者としてクレジットされており、他にも色々な作品を手掛けている(メジャーどころでは上橋菜穂子『鹿の王』)ようで、しかも、画風も様々。影山徹さんを追いかけて本を読みたくなるくらい。なお、ジェリーフィッシュも単行本と文庫本では異なり、どちらもやっぱりいいなあ。まずは、影山徹さんのカバー絵目当てという意味でも、続編を読んでみたい。

tis-home.com


グラスバードは還らない

グラスバードは還らない

ブルーローズは眠らない

ブルーローズは眠らない


なお、解説ではクリスティの『そして誰もいなくなった』の特徴を「事件関係者全員が皆殺し」+「クローズドサークル」として、この系譜に連なる作品をいくつか挙げている。名前の挙がるミステリ作品は以下の通り。自分は近藤史恵は『サクリファイス』1冊しか読んでおらず、本格ミステリのイメージが全くなかったので、ちょっと気になる。あと、菅原和也の作品は講談社タイガと知り、俄然読みたくなった。

凍える島 (創元推理文庫)

凍える島 (創元推理文庫)

あなたの罪を数えましょう (講談社タイガ)

あなたの罪を数えましょう (講談社タイガ)

大量廃棄、大量消費を支える「私たち」~仲村和代、藤田さつき『大量廃棄社会』

大量廃棄社会 アパレルとコンビニの不都合な真実 (光文社新書)

大量廃棄社会 アパレルとコンビニの不都合な真実 (光文社新書)


この本では、主に日本の問題として、アパレル業界とコンビニ・食品業界における大量廃棄について、いくつもの事例を挙げながら説明される。例えば、日本で供給されている服の4枚に1枚(1年間に10億枚)は、新品のままで捨てられているという。また、日本で1年間に発生する食品ロスは約646万トン、一人あたりお茶碗一杯分のご飯を毎日捨てている計算になるという。そんな中で、この本は、消費者が普段、身に着けたり、食べているものが、どのように誰によって作られているのか、廃棄されているかに迫り、その向こうに広がる遠い世界を、身近に感じてもらおうとしている。(解説、国谷裕子さんの言葉の引用)

国谷さんが解説に書かれている通り、「17の目標の達成によってSDGsが目指す未来に大量廃棄社会は存在しえない」。そして、大量廃棄社会の問題は「私たち」の生活に密接した「消費」のあり方で、その方向性を変えることが出来る、という意味で常に意識し続ける必要がある問題なのだろう。


本の中で、強く印象に残った部分が2か所ある。
ちょうど、映画を観る直前にこの本を読んでいたこともあり、『Us』が意図していると思われる「日々の生活は、知らない誰かの犠牲のもとで成立している」ということを強く感じた部分だ。

ひとつは、「はじめに」でも描かれる2013年4月にバングラデシュで起きた、8階建てのビル「ラナプラザ」の崩壊事故。
「世界の縫製工場」といわれるバングラデシュの縫製業の労働環境は劣悪で、ラナプラザは、違法に建て増しされた危険な建造物だった。起こるべくして起こった事故では、その工場の中で働く人が千人以上犠牲になったという。
利用したことがある、という程度ではなく、むしろ頻繁に利用するユニクロなどの商品の価格の安さは、こうした国の工場なしには成り立たないことを考えると、自分の生活に直接関係する出来事だ。


もうひとつは、驚いたことに日本国内、しかもこちらも頻繁に訪れる岐阜の話で、1993年に始まった、悪名高き「技能実習制度」に関する話。
もともとこの制度は、まさに岐阜のアパレル縫製業者のための救済措置で作られた制度だといわれている(p88)というのだ。つまり、アパレルが生産拠点を海外に移していく中、家族経営のような国内の零細業者が存続できるように「研修」という名目で、安く外国人の労働力を確保できる制度として、始まった。そして、2017年に入国管理局が「不正行為」(賃金不払い等)を認定した183の業者のうち、繊維産業が94を占め、そのほとんどが縫製業者だったという。

こういった事実を知ったからといって、直ちに自分が脱ユニクロを宣言できるか、といえば、それは難しい。ただ、こういった問題を解決しようと、色々な人が色々な取り組みをしていていることを知り、少しずつでも、自分の「消費」を見直していくことで、「自分ごと」として大量廃棄社会を終わりにしていく必要がある。


例えば、紹介されている「10YC」では、服の製造工程や原価を「透明」にしていくような取り組みを行っているという。
HPを見てみると、着古した服の「カラーリフォーム」(染め替え)などのサービスもあり、考え方としては合理的だ。ちょうど、これを書いている9/23も現地イベントがあったようだが、こういったところに行って実際に商品を見てみたい。
10yc.jp


また、2015年にドイツで実施された「Tシャツの自動販売機」のワークショップの話も興味を惹かれた。

Fashion Revolutionは、Tシャツを購入したい人々に自分の持っている洋服がどのような労働条件で作られていたかについて考えてもらうきっかけを作ろうと、購入前にまず劣悪な環境を説明した動画を再生してから「購入」するか「寄付」するかの2択を迫る自動販売機を設置した。その結果、ほとんどの人はTシャツを購入せずに劣悪な労働環境を改善するための寄付をした。
【ドイツ】2ドルでTシャツを買える自動販売機。誰も買わない理由とは? | Sustainable Japan

その様子を映した動画がこちらで、泣きだす人がいるのも分かる。


The 2 Euro T-Shirt - A Social Experiment



突如、映画の話に戻るが、『アス』では、同じ米国(US)人であっても、そういった劣悪な労働環境を強いられている人がいる、ということを暗に示していたが、彼らを、「私たち」と同じ顔をした「ドッペルゲンガー」として登場させているところが上手い。彼らは、他人ではなく、「私たち」であったかもしれないのだ。Tシャツ1枚を買う、という、小さな額の消費であっても、製造過程にいる「私たち」に目を向けなければいけない。
普段だったら、本を読んで知識を蓄えただけで終わっていたかもしれませんが、映画『アス』を観たことで、より身近に、差し迫った問題として考えさせられた読書となりました。
SDGsに関する本は、定期的にしつこく読んで自分を律していきたいと思います。

pocari.hatenablog.com

吉岡里帆主演映画のノベライズ~豊田美加『見えない目撃者』

見えない目撃者 (小学館文庫)

見えない目撃者 (小学館文庫)

視力を失った、そして事件を”目撃”した。

警察学校の卒業式の夜、事故で視力と最愛の弟を失った浜中なつめ。人生に絶望する中である日、車の接触事故に遭遇するが、後部座席からは少女の叫び声が聞こえてきた。なつめは警察へ赴き、自分の“目撃”した情報を提示して誘拐事件だと訴えるが、捜査は打ち切りに。もうひとりの目撃者である少年、春馬を探し出し、ともに少女の行方を追ううちに、家出少女を救う“救様”の存在を知る。そして四体の惨殺死体が発見され、少女連続殺人事件が浮上。真相を追うなつめは殺人鬼から逃れ、少女を救えるのか!?五感を震撼させるノンストップ・スリラーをノベライズ。


ちょうど9/20から公開している吉岡里帆主演の同名映画のノベライズで、珍しく知人に貸してもらった本。そういうことは滅多にないし、すぐに読めそうだったので、折角なので順番待ちしている本の行列に割り込んで読み終えた。

面白かった!けど…。

読む前に少し調べると、映画は韓国映画のリメイクで、この文庫本は原作小説というわけではなく、ノベライズ。ノベライズを読むのは初めてかもしれない。
ということで、キャストを確認して、主人公なつめは吉岡里帆で、スケボー少年・春馬を高杉真宙で、この二人についてはイメージを完全に固めてから読み始めた。ところで、1996年生まれの高杉真宙は、自分にとっては、仮面ライダー鎧武の龍玄。6年前の鎧武では17歳でリアル高校生だったが、今も賭けグルイやこの作品では高校生役。対する吉岡里帆は1993年の早生まれなので、4学年上に当たり、年齢差としてはちょうど良いキャスティングなのかも。



吉岡里帆主演『見えない目撃者』予告



さて、この映画はR15指定で、何故なのかと思ったら、少女連続殺人事件の映像がかなりどぎついようだ。誰もが口にするように、映画『セブン』と設定が非常に似ている部分があるので、確かにさもありなんとは思うが、映画としては、そこに手を抜かなかったことを評価するコメントも見た。ストーリーとしては、「ノンストップ・スリラー」の言葉通り、ダレる部分はほとんどなく、緊迫感を持ったまま最後まで進むし、展開にそこまで無理がない。ハンディキャップを背負ったなつめが活躍するさまも読み手としては気持ちが良い。

ただ、ノベライズを読むと、やはり映画で観るべき作品だろう、と思う。何より、吉岡里帆が「目が見えない」という役をどう演じるか。そこが映画としての一番のポイントだからだ。R15指定の理由となっているグロテスクな映像が、どの程度必然的なカットなのかも、ノベライズを読む限りでは全くわからない。


ということで、この本が「原作小説」ではない以上、映画を先に観るべき作品だろう。逆に言うと、こういったノベライズは誰が読むのか、とも思えてくる。*1例えば、 同じく映画を観た人が買っているのだろう『天気の子』や『君の名は』の小説版は、作品世界をより突っ込んで知りたい人向けという気がするが、こういったサスペンス映画のノベライズには、掘り下げたい作品世界はあるだろうか。ちょうどストレスなく見終えることのできる映画であるからこそ、何度も読み返したいとは思えない気がするし、小説を読んでしまったら映画を観ないように思う。いや、そうではなく、今回、この本を貸してくれた人のように、単純に予告編を見て興味を持ったが、見に行く時間が無かったり、映画を観るほどではない、という人たちが買うのを見込んでノベライズを出しているのかもしれない。もしかしたら、書店の平積みによる映画の宣伝効果のみを狙っているのかもしれない。
ここら辺は、純粋に分からない。

さて、今回ひとつ注文をつけたかったのは、ノベライズならではの情報をもっと載せるべきだということ。具体的には、先ほども書いた「目が見えない人」についての説明。例えば、この作品では、なつめ(吉岡里帆)が使う携帯電話が話の大きなポイントになっている。自分は目の見えない人がどのような形でタッチパネルを操作しているのかにとても興味がある。(おそらく自分は目隠しをしてスマホの操作は出来ない)中途失明者の人ならではの苦労もあるだろうし、盲導犬との話も含め、本の形式であれば、追加エピソードを入れても良かったと思う。

ということで、ネタバレは避けましたが、映画としては絶対に面白いだろうな、と思います。既にある映画のリメイクということで、より良いものを作ろうとされているだろうし、吉岡里帆高杉真宙という美男美女の組合せも大画面で堪能したい。自分は、まずは、もとの韓国映画『ブラインド』(2011)に当たってみたいですね。あと、中国版リメイク(2016)も興味あり。


ブラインド(字幕)

ブラインド(字幕)

*1:作者の豊田美加さんは多くの映画のノベライズをされている方のようだ

作品の意図を理解するということ~『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』VS『アス』

9月に入って2本の映画を観た。

クエンティン・タランティーノ監督『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』


映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』予告 8月30日(金)公開


いつもはストーリーには出来るだけ触れないでおくのがセオリーなんだけど、今回は、映画を観る前に、宇多丸タランティーノへのインタビュー(ラジオ番組の特集)を聞いていた。それが大当たり。

宇多丸)で、先ほどから言ってるそのシャロン・テートが本当にキュートに描かれている。マーゴット・ロビーさん演じるシャロンが本当にキュートで愛らしく描かれている一方で、マンソンのファミリーの若者たちっていうのはこの作品だとただただ、本当に時代の産物っていうか。浅薄な、浅はかな正義感を振り回すがゆえの愚かな存在として描かれている。
僕はここにその、要は「シャロン・テート」って検索した時に出てくるのはやっぱりこの事件のことばっかりで。彼女がどう生きたのか、どんな人だったのかっていうことではなく、「マンソンファミリーの被害者」としてしか出てこないというこの残酷さというか、この現実に対して、タランティーノさんなりに怒りを持って。「記憶するべきは加害者の方じゃないだろう?」っていう風にメッセージしてるように感じて。そこがすごく僕は胸を打たれんですけども。

クエンティン・タランティーノ監督に宇多丸がインタビュー!(吹き替え:立木文彦)『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』2019.08.29


インタビューを聞いても聞かなくても、シャロン・テート事件*1のことは予習必須とされるこの映画。その予習だけだったら彼女を「被害者」と決めつけて鑑賞していたかもしれない。
しかし、宇多丸評があったからこそ「シャロン・テート」のキュートさにフォーカスを当てて観ることになり、だからこそ、ラストの展開に救われ、涙した。そうでなければ、あの、とても馬鹿馬鹿しく残酷な展開に、驚きこそすれ、幸せな気持ちでの泣き笑いは出来なかったかもしれない。


ブラピとディカプリオの共演に、自分にとって「映画を観る」というのはまさにこんな感じ、と感じたのも高評価の理由だ。
今年前半で最も面白かった『スパイダーマン:スパイダーバース』は、映像表現の新しさが魅力で、『ワンスアポンアタイムインアメリカ』のような古臭さはない。そもそもアニメだ。それ以外にも、面白かった映画として、『主戦場』は、インタビューで構成されるドキュメンタリー、『来る』はジャパニーズホラー、と、メジャー映画のど真ん中を外した映画を自分は好む。
それでも、自分が大学生のときに観た映画は、やはりブラピやディカプリオなど、ハンサムなハリウッドスターが活躍する映画で、その「ど真ん中」さには特別な気持ちを持つ。
今回の映画で言えば、ブラピが女の子を助手席に乗せて運転したり、喧嘩を(ブルースリーと笑)したり、ディカプリオが銃を撃ったり、そういうシーンがあるだけでドキドキする。なんか「映画を観ている」という感じがする。そういえば、映画を観る、といえば、ドライブインシアターの場面があったが、自分はドライブインシアターがどんな場所なのかを映像で見たのは初めてかもしれない。


また、初共演の二人はそれぞれベクトルの異なるカッコよさを持っていた。
ブラッド・ピット(クリフ)は、屋根の上でテレビアンテナを直す時に見せるムキムキの上半身。そしてブルース・リーにも勝てる喧嘩の強さ、かつての妻との悪い噂から感じられるミステリアスな感じ、ヒッピーの可愛い少女に見せる愛嬌。宇多丸評でも「ブラピ史上最高級のカッコ良さ」と言っていたがそれも頷ける。
ディカプリオ(リック・ダルトン)はブラピとは違って将来に悲観的で、何と言っても台詞が覚えられなくて癇癪を起こすシーンが最高過ぎる。そして、イタリアで儲けて「太って帰国」という場面で本当に体格が一回り大きくなっているという、さすがの俳優魂にも驚いた。


最初に戻るが、過剰で無意味でありながら、幸せな空気に包まれて終わるこの映画。その核となる作品意図を、映画を観る前に知っていたのは本当に良かったと思う。映画を観て、解釈に悩んだりするのも楽しいが、その意図をあらかじめ知っていることで、安心して鑑賞することが出来たし、清々しい気持ちで見終えることができた。

ジョーダン・ピール監督『アス』


『アス』予告編90秒

対する『アス』。こちらは、情報を基本的には入れずに観に行ったが、本当に面白い映画だった。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』よりも印象に残るシーンは多いし、主人公のアデレード(レッド)は特にだが、俳優陣は特徴的で、ホラー映画としても、最後まで気の抜けない怖さがあった。


また、『ワンス・アポン~』もタランティーノ映画らしく、音楽が効果的に使われていたが、『アス』も、スマートスピーカーへの「Call the Police!(警察を呼んで)」という呼びかけに、N.W.A.の「Fuck Tha Police」が流れるシーンが印象的だった。同じく、怖いシーンに流れる「グッドヴァイヴレーション」は、その後もしばらく耳に残った。
「彼ら」の赤い服と植木ばさみのコスチュームも印象的だし、やはり、全く同じ顔が二人いるというのは絵的にも怖い。海辺の遊園地も、砂浜から入るミラーハウスも、日本にはあまりないからこそ印象に残った。


しかし、作品に込められた意図がわかりにくい。いや、わかるのだけれど、直感的に伝わってこない。監督のインタビューなどを読んで、改めて考えると…

AIスピーカーが象徴するような便利でリッチな都市生活は、誰かの不幸を犠牲にして成り立っている。
自分と同じ背格好、同じ顔をした人間が地球の裏側で、別の国の幸福な生活のために貧困を強いられているかもしれない。

この映画の中で登場するドッペルゲンガーたちが示しているのはそういうことだろうと思う。
しかし、ドッペルゲンガー側の殺戮が怖すぎるのと、彼らがこだわる(1986年に実際に行われた)Hands Across Americaというアクション*2の象徴するものが(特に米国以外の)視聴者にはわかりにくいことから、意図は伝わらない。言い換えると、映画を観ているときの感情の動きと、作品解釈がリンクしない。
前作『ゲットアウト』は、そこがリンクしていた。映画を観て感じた恐怖は、そのまま社会的な問題意識に直結していた。
映画ではないが、同じく差別の問題を扱った『デトロイトビカムヒューマン』というゲームも、ゲームをプレイしながら、人間→アンドロイドへの差別に対するやるせなさを直接感じるゲームになっていた。
またまた話は飛ぶが、高校演劇全国大会2019でグランプリを取った逗子開成高校『ケチャップオブザデッド』は、マイノリティーなどの弱者のメタファーとしてゾンビを扱ったことになっているが、自分はNHKで放送された演劇を大変面白く鑑賞したが、その「作品意図」についてはほとんど考えることは無かった。『ケチャップオブザデッド』は、そういう「弱者としてのゾンビ」というところが作品として評価されたという話を聞くと、もしかしたら、自分は、思いやりを感じる良心回路的な部分が発達していないのかもしれない、という気持ちにもなる。

ただ、監督インタビューを読み直すと、「集団としてのドッペルゲンガー」というのは確かに面白い問題提起で、掘り甲斐がある作品であることは確かだ。

集団としてのドッペルゲンガーを考えるのは、社会を内側から省みることだと思う。それは今、必要なことだ。ドッペルゲンガーは通常、人間のダークサイドや、暗い秘密について探求したものだと思う。それを集団に当てはめた時、『どんな集団だろう?』『どんなダークサイドだろう?』と考え始める。私たちは互いを必要とするどんな罪をともに犯したのだろうか?と。興味深い問いだ」
アフリカ系監督が『アス』で炸裂させた、「私たち」のダークサイドの怖さ:朝日新聞GLOBE+

下半期映画ランキング

さて、今年は映画をたくさん観ているので、観る度に脳内ランキングを更新している。ここまで『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と『アス』の感想を書いてきたが、作品意図が伝わる伝わらないかと、映画の評価は別物であるようにも思える。ただ、やはり『アス』は、自分にとって思い入れの強い『ゲットアウト』を期待して映画館に行ったことを考えると若干評価を下げてしまう。ということで、今年下半期(7月以降)に観た映画のランキングはこの通り。あと5本くらい観られたら幸せだなあ。

  1. ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
  2. 工作 黒金星と呼ばれた男
  3. アス
  4. 天気の子
  5. 新聞記者


上半期はこちら。『スパイダーバース』が圧倒的に面白かった。

  1. スパイダーマン:スパイダーバース
  2. 主戦場
  3. 来る
  4. コードギアス 復活のルルーシュ
  5. ギルティ
  6. ゴジラ KOM(寝てた、ゴメン)
  7. 名探偵ピカチュウ
  8. 劇場版コナン紺青の拳
  9. バースデーワンダーランド


そういえば、今回観た2作はサントラが聞きたくなる映画でしたね。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド オリジナル・サウンドトラック

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド オリジナル・サウンドトラック

アス 【帯&解説付輸入盤国内仕様】

アス 【帯&解説付輸入盤国内仕様】

*1:ちなみに、自分は、シャロン・テートの名前は、ビーチボーイズ関連で知っていたが、事件の詳細については今回映画前に調べるまで明確に認識していなかった。

*2:1986年8月25日に開催されたチャリティーイベント。人々が15分間にわたって手をつなぎ、アメリカ全土を横断する“人間の鎖”を作った。参加者の寄付金などがアフリカに寄付された。

重い内容の漢字二文字タイトル対決!〜伊岡瞬『代償』VS葉真中顕『絶叫』

期せずして漢字二字タイトルのミステリーを2冊続けて読んだ。どちらもAmazonでのレビュー数が80以上の人気作。
共通点はタイトルとレビュー数だけでなく、2冊とも、主人公の子供時代から物語が始まり、その半生を追うことで、特殊な人間関係や、事件が起きてしまった理由が分かる構成になっていること。
以前、面白いと思える小説の重要ポイントとして「実在感」、つまり、登場人物の感情変化や発言・行動が実在するように思えるかどうかを挙げたが、そこが丁寧に描かれており、どちらも「絵空事」感がなく、現実と地続きの内容と感じられた。

伊岡瞬『代償』

代償 (角川文庫)

代償 (角川文庫)

平凡な家庭で育った小学生の圭輔は、ある不幸な事故をきっかけに、遠縁で同学年の達也と暮らすことに。運命は一転、過酷な思春期を送った圭輔は、長じて弁護士となるが、逮捕された達也から依頼が舞い込む。「私は無実の罪で逮捕されました。どうか、お願いです。私の弁護をしていただけないでしょうか」。裁判を弄ぶ達也、巧妙に仕組まれた罠。追いつめられた圭輔は、この悪に対峙できるのか?衝撃と断罪のサスペンスミステリ。

1冊目の『代償』は、先に読み終えたよう太(中3)に聞くと「読後感が最悪…ではなく、最初からずっと胸糞悪い小説」という感想だったが、読み終えてみるとまさにその通り。
この展開の元祖が何なのかは知らないが、前半の小中学校時代は、『ジョジョの奇妙な冒険』第1部で、ジョースター家がディオ父子に侵食されていく、あのパターンで辛い。(大好きな展開…笑)
そして後半、周囲の手助けもあり何とか達也親子から逃れて大学を卒業した主人公・圭輔は弁護士になり、達也が圭輔に弁護を依頼する、という、圭輔の側に圧倒的に有利な展開。にもかかわらず、『羊たちの沈黙』のレクター教授さながら留置所の中から事態を掌握する達也は、小学生時代と変わらず圭輔を上から見下す態度で、胸糞悪さは健在。(裁判官裁判の法廷で、突如、挙げた証拠の突飛のなさ、下品さが達也ならでは、と感じられるところは、それまでの積み重ねがあってこそ。)
ここまで人の心を操るのが得意な悪人の造形は難しいように思うが、この小説での実在感、納得感はすごい。
それにしても、やはり愛する人が傷つけられる展開は本当に嫌だ。だからこそ、達也に対する憎悪は強くなり、その分、物語にぐいぐいと引き込まれていく。
なお、huluでドラマ化された際の圭輔役は小栗旬、達也役は高橋努。達也役はやや思っていたのとは印象が違うが、どのように演じたのか気になる。
https://www.hulu.jp/static/daisho/sp/


ということで初めて読んで大当たりだった伊岡瞬。次は、同じく漢字二字タイトルの『悪寒』を読む予定。

悪寒 (集英社文庫)

悪寒 (集英社文庫)


葉真中顕『絶叫』

絶叫 (光文社文庫)

絶叫 (光文社文庫)

マンションで孤独死体となって発見された女性の名は、鈴木陽子。刑事の綾乃は彼女の足跡を追うほどにその壮絶な半生を知る。平凡な人生を送るはずが、無縁社会ブラック企業、そしてより深い闇の世界へ…。辿り着いた先に待ち受ける予測不能の真実とは!?ミステリー、社会派サスペンス、エンタテインメント。小説の魅力を存分に注ぎ込み、さらなる高みに到達した衝撃作!

こちらも初めて読む葉真中顕。600ページという分厚さに見合った圧巻のミステリー。
裏表紙には、無縁社会ブラック企業とあるが、主に取り上げている社会的なテーマとして、生活保護ビジネス、偽装結婚孤独死と、現代日本の社会問題てんこ盛りの内容。
しかも、解説で水無下気流さんが指摘するように、主人公・陽子の人生を辿りながら、女性の生き方、もっと言えば「女の幸せ」の問題に深く切り込む。生保レディや風俗嬢の職業エピソードは、ややデフォルメ感も強いが、おひとり様ブームや婚活ブームなど、女性をめぐる社会の流行と、それに対する陽子の思考はとてもリアルに感じた。
自分は、葉真中顕(はまなかあき)という名前もから考えても、絶対に作者は女性だろうと思っていたが、1976年生まれの男性で、むしろその女性理解の深さに嫉妬する。


さて、自分にとっての、この物語のもう1つの特徴は同時代感、同世代感。
主人公は1973年生まれで自分と1つ違いということもあり、就職氷河期阪神淡路の震災、オウム事件、東日本の震災など、さまざまな事件を同じくらいの年齢で経験していることから、他人事に思えない。
また、登場人物に言わせるサヨク批判、ネトウヨ批判も的を射ており、この辺りも同時代を生きている感じがある。


というように、社会派ミステリーとして申し分の無い内容で、序盤から別々に捜査が進んでいた『江戸川NPO法人代表理事殺害事件』と『一都二県連続不審死事件』の2つの事件が終盤で繋がる構成もよく出来ている。
しかし、それだけでは無く、ミステリーの核となる謎解き部分も読ませ、ここに自分は最も心を動かされた。
話の運びは、綾乃のシーンは3人称、陽子のシーンは何と2人称というトリッキーな文体で進む。つまり、陽子の経験は全て「陽子、あなたは、〜したのでした。」というような書き振りで語られ、読者はどうしても、この語り手が誰か気になる。
結局、語り手については全605ページ中574ページ以降に明かされていくことになり、『絶叫』というタイトルに込められた意味も含め、ラストでの、この着地が素晴らしく、必然性が高い。
ミステリーとしての満足度で言えば、ここ数年でも1、2を争う内容だった。葉真中顕さんの他の作品も読んでみたい。(お、『絶叫』もドラマ化されてるのですね。陽子は尾野真千子、綾乃は小西真奈美小西真奈美はちょっと違う感じもするけど、こちらも面白そう。)

連続ドラマW 絶叫 DVD-BOX

連続ドラマW 絶叫 DVD-BOX

凍てつく太陽

凍てつく太陽


なお、水無田気流さんの解説は、何か他の文庫本でも見た覚えがあるが、話の筋がコンパクトに整理され、かつ、納得感のある深読みがなされていて素晴らしかった。次にどこかの文庫の巻末で出会うときが楽しみです。