Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

Original Love "bless You! Tour"@中野サンプラザ7/20(Tour最終日)

bless You! (通常盤)

bless You! (通常盤)

公演前のすったもんだ

ぼくの知らない間に誰かがきて
ポストの中のものを全部取ったんだろう
 スガシカオ「サービス・クーポン」

今回、個人的に過去最大のトラブルに見舞われました。
前日夜になって準備しようと探したら買ったはずのチケットが見つからない!
まずは寝よう。と翌朝探しても、3月末に国際フォーラムで買ったはずのチケットは姿かたちも見えず。ソールドアウトで当日券の出ない公演だったため、ライブ参加も諦めていました。
しかし…
詳細は省きますが、その後、「電脳空間の神」*1の助けをお借りして、何とか、チケットをお譲り頂ける方に出会え、会場でチケットを入手することが出来たのでした。
結論から言うと、今回のツアー最終日の「bless You!祭り」は、「こんな理由」で参加出来なかったら大後悔の公演で、チケットをお譲りいただいた方には勿論、チケット入手の手助けをしていただいた神様には大感謝しています。
繰り返し御礼申し上げます。

セットリスト

今回、セットリストだけでも10杯ご飯を食べられる公演でした。

  1. Millon Secrets of JAZZ
  2. ペテン師のうた
  3. AIジョーのブルース
  4. 灼熱
  5. 疑問符
  6. DEEP FRENCH KISS
  7. I WISH
  8. ショウマン
  9. 冗談
  10. クロバットたちよ
  11. 地球独楽
  12. 空気-抵抗
  13. ゼロセット
  14. グッディガール
  15. お嫁においで
  16. 接吻
  17. 月の裏で会いましょう
  18. Two Vibrations
  19. The Rover
  20. bless You!

(アンコール)

  1. 逆行
  2. 希望のバネ
  3. 夜をぶっ飛ばせ


今回のセットリストの評判は聴こえてきていたのですが、実際に来てみて、まさかこれほどとは!と思わせるものでした。
『ELEVEN GRAFFITTI』『L』『ビッグクランチ』の楽曲が好きな自分としては、2曲目に「ペテン師のうた」が来た時から嬉しかったのですが、やはり圧巻は7~11曲目。
この流れの中に、最新作から「アクロバットたちよ」が入る、新旧融合ぶりが素晴らし過ぎました。

「I WISH」は、PUNPEEのユニットPSGが「愛してます」でサンプリングに使っていた関係もあり、1月のLOVE JAMで久しぶりに披露されました。ミラーボール?が回って会場に星が降るような演出がされましたが、こういう演出については2階席の方が見やすく、より楽曲に没入出来ました。

PSG - 愛してます



「ショウマン」は、田島自身によるピアノ弾き語りから入る名バラード。この曲は屈指の名曲で、初めてこの曲を聴いた観客、確実に「落ちる」であろう楽曲で、当時この曲を聴いていた人なら8割方は泣いています。


9~11曲目「冗談」「アクロバットたちよ」「地球独楽」は、以下のようなMCのあとで「サイケデリックロック」コーナーとして演奏された曲です。

  • オリジナルラブは長くやってきて、メンバーも途中抜けた。が、デビュー当時から木暮、真城とは一緒に仕事をしてきた。
  • 同級生だったのに、「お前とは組まない」と言っていた木暮は、今では手下(笑)
  • 最初は、こういうサイケデリックな音楽をやって来たのに、時々アルバムに、この種の楽曲が入ると、「方向性が変わった」等と書かれたが、元々あるものが出ているだけ。

この3曲はバックのスクリーンに写真が流れる演出がありましたが、「冗談」と「アクロバットたちよ」は、田島自身の撮影したものが、「地球独楽」は、宇宙の写真( ハッブル望遠鏡?)が使用されていました。
この形式での「冗談」の演奏は、1月のLOVE JAMのときから継続しているので、3曲まとめて定番化することを期待したいです。


なお、メンバー入場時の音楽は「逆行」のイントロで、まさかこの曲から?と驚きましたが、「逆行」はアンコール1曲目に、暗めの照明の中、圧倒的なカッコ良さを持って演奏されました。(ギター演奏に魅せられる中でのオカリナ演奏が最高!)
「空気-抵抗」と「逆行」は、バンド編成でしか演奏されないだろうと思うので、今後もバンドツアーの見せ場で持ってくるのではないでしょうか。

メンバー

何と言っても、この日の(田島曰く)「bless You祭り」を祭りたらしめているのは、参加メンバー。
バンドツアーの面々は、勿論、これまで初日からツアーを続けてきたこのメンバーですが…
ーギター:木暮晋也

これに加えて、7/20はゲストミュージシャンがいました。

ゲストミュージシャンは、それぞれ個性が出ていて面白かったです。
ひたすらクールに極上演奏を聴かせる渡辺香津美さんに対して、その後に出て来た長岡亮介は同じギタリストなんだけど、登場時からフライングVを引き摺るようにして現れ、派手な演奏も含めて、田島のクソ真面目さの対極にあるノイズとして機能していました。また、見た目がカッコいいので、いるだけで華があります。
そして、PUNPEE。上にも書きましたが、LOVE JAMは、サニーデイの参加以上に、PUNPEEが出るというので、忙しい時期に無理矢理参戦したようなもので、アルバム『MODERN TIMES』は何度も聴きました。

PUNPEE - タイムマシーンにのって (Official Music Video)


で、PUNPEEの観客盛り上げ力もさることながら、田島リスペクト感が極端すぎて慇懃無礼みたいになっているのが面白いんですよね。その関係性がわかっていてやっているのか、「お嫁においで」のあとで、田島がニコニコしながらフリースタイルラップバトルを仕掛ける小芝居が最高でした。
PUNPEEのラップはとても聴きやすいし、その中で、田島のオジキを「フリースタイルって言ってるけど、ずっとカンペ見てる」と軽くディスるあたりとかは今回の「祭り」の最大の成果ではないでしょうか。

ORIGINAL LOVE - グッディガール feat. PUNPEE (Love Jam Ver.)



そして、今回の最大の重要ポイントですが、ホーンセクションがいたのです。
その名もOriginal Love Horns!

  • サックス:永田こーせー
  • トランペット:真砂陽地
  • トロンボーン:大田垣 “OTG” 正信



ライブでは、 「夜をぶっ飛ばせ」 なんかは、田島が一人で演奏するバージョンを聴いた数が圧倒的に多いので、近年、しっかりバンドで演奏されるだけでも、感動していましたが、(いつもはカラオケだけだった部分に)ホーン隊が加わると、「カニカマも美味しいけど、カニってこんな味だったんだ!」と、ちょっと驚いてしまいました。
「the Rover」なんかも、ひとりソウルでのソロバージョンも良かったのですが、真城さんのお陰で熱望していた女性コーラスという穴が満たされ、さらに今回ホーンが鳴るのを聴くと、これも(あまり考えないようにしていた)長年の望みが叶って、むせび泣きです。
田島本人も「DEEP FRENCH KISS」「I WISH」のあとで、ずっとホーン隊をつけて演奏するのが夢だったみたいなことを言っていたし、アンコールが終わって舞台を去る際に、木暮さんが「また、ホーン隊とやりたいね」と田島に語りかけていたのも印象的でした。
今回は、東京だけでしたが、ライブのチケット単価を上げるなどしてでも、多くの公演で Original Love Hornsが活躍できるよう、来年以降のバンドツアーには期待したいです。

映像面

最後に、ですが、アルバム完成時に、田島は「 エキセントリックなアートロック エンターテインメントショーにしたいと思ってます」と語っており*2、終了後には「 今回は映像スタッフ、照明スタッフにも随分無理な注文をしたけどしっかり応えてくれて感謝しかない。目でも楽しむことができる新しいOriginal Loveのステージだった。」と語っているように、映像面にも力を入れていることが見て取れました。
bless You!や地球独楽を見ると、映像と音のシンクロも狙っていたようです。コーネリアスのツアーなんかを経験すると、シンクロ度合いを真面目にやろうとすればまた違う方向性になるので、あまりそこに拘る必要もないかな、と思うところもあり。
そして、bless Youの「花まみれのギター演奏映像」(書いていても何だかよく分かりませんが)の謎度合いが、田島貴男っぽいなあ、と思いました。
でも、こういった形で、田島貴男が撮影した写真や、ハッブル望遠鏡の宇宙映像を鑑賞できるのも、今後の楽しみが増えました。
それも含めて、これからのオリジナル・ラブの活動が楽しみになるライブでした。

最後に大好きな「bless You!」の歌詞を。

bless You!
優しさを
思いやる気持ち
もっともっと
おたがい
出会った人たちに
別れた人たちに
共に生きる人たちに
与えられるよう

参考(過去日記)

pocari.hatenablog.com
→真城さんのコーラスが入って嬉しかったときのライブレポ!(2013年エレクトリックセクシーツアー)
まさか「この先」があるとは!!


pocari.hatenablog.com
→これは全く本題ではないのですが、草野マサムネ×田島貴男対談の中でルナルナのアレンジについて「ホーンセクションを入れちゃうと渋谷にいっちゃう」という草野マサムネの発言があり、「渋谷系」と言えば、ホーンセクションだったのだな、という面白い発見がありました。


pocari.hatenablog.com
→アルバム『bless You!』は1曲ごとに感想を書いています(未完)が、中でも文章に力の入ったこちらを是非お読みいただければ!

映画「主戦場」に右派が「騙された」理由がわかった~『海を渡る「慰安婦」問題』

海を渡る「慰安婦」問題――右派の「歴史戦」を問う

海を渡る「慰安婦」問題――右派の「歴史戦」を問う

「歴史戦」と「主戦場」

上半期、非常に刺激を受けた映画『主戦場』ですが、内容については良かったのですが、タイトルの意味がピンと来ないというところがありました。
慰安婦」問題の舞台が米国に移ったことを指して、米国のことを「主戦場」と言っているのだろう、というぼんやりした理解がまずあり、また、パンフレットや一部レビューにあったように、「本当の主戦場は、観た人の心の中にある」みたいな、さらにぼんやりした推測がありながらも、「でも何でこの言葉を?」という疑問は拭えませんでした。


しかし、この本を読んでタイトルの意味が明確になりました。
だけでなく、映画公開後に、出演者らが「騙された」と抗議した背景も理解できました。
ひとことで言えば、「主戦場」とは、彼ら出演者(右派)が好んで使う言葉だったのです。
デザキ監督は、それを分かっていて敢えて「主戦場」というタイトルを付け、出演者側も、このタイトルであれば安心、とチェックを怠ったのでしょう。そういう意味では「騙した」面があるのかもしれません。
www.newsweekjapan.jp




この本の「はじめに」には、「歴史戦」「主戦場」の説明があります。

「歴史戦」という言葉を広めたのは、2014年4月に開始され、現在も続く『産経新聞』の連載「歴史戦」だろう。この連載をまとめた書籍において…(略)
同署の帯には「朝日新聞、中国・韓国と日本はどう戦うか」と記されていることから、「歴史戦」の敵は『朝日新聞』と中国、韓国であるという想定が見える。
また、同書の日英対訳版の帯に掲載された推薦文、「これはまさに「戦争」なのだ。主敵は中国、戦場はアメリカである」(櫻井よしこ)、「慰安婦問題は日韓米の運動体と中国・北朝鮮の共闘に対し、日本は主戦場の米本土で防戦しながら反撃の機を待っているのが現状だ」(秦郁彦)を見ると、「歴史戦」の「主戦場」がアメリカと考えられていることもわかる。

本のタイトルでも括弧がついた「歴史戦」が使われ、同様に「主戦場」にも括弧がついているのは、通常の意味ではなく、右派が好んで使用する、やや特別な意味を込めた言葉として使われているからです。
このような出自を持つ言葉は、慰安婦問題を自国の問題として取り上げようとする団体側は、 積極的に は使わないでしょう。
つまり、「歴史戦」や「主戦場」という言葉がタイトルに使われた時点で、「右派」系の映画だろう、と、「右派」側はピンとくるわけです。そうでない人達には、何故この言葉が使われるのか全くピンとこないのと対照的に。


それでは、慰安婦問題は日本の問題なのに、何故「主戦場」が米国なのでしょうか。
それは、慰安婦像の設置などの問題が生じてきたことが理由のひとつではありますが、それ以上に、彼らが日本国内では勝利を収めたと確信しているからなのです。
そして、その確信がさらなる問題を産んでいます。

すでに触れたとおり、このような勝利の強い確信こそが彼らにとってはいらだちの原因となる。「南京」も「慰安婦」も「捏造」であることは彼らにとって自明であるがゆえに、日本に対する非難や抗議が止まないのは日本政府が自分たちの主張を国際社会に伝えないからだ、と彼らは考えることになる。実際には彼らの主張それ自体が拒否されており、新たな非難を呼び起こしているにもかかわらず。日本政府が右派論壇の期待に応えて「毅然として声を上げ」ればあげるほど、国際社会の反応は彼らの予想を裏切るものとなる。すると彼らは「まだ歴史戦の努力が足りない」と考えるのである。
p32

結局、右派が米国を指して「主戦場」という言葉を使う裏には、日本国内では既に勝利を収めているという事実認識があり、その象徴的な出来事が2014年の朝日新聞による過去の慰安婦報道の検証特集掲載と一部記事の撤回があるということのようです。
実際には、2012年ニュージャージー州慰安婦碑、2013年カリフォルニア州グレンデール慰安婦少女像の設置が、米国で「歴史戦」を行うきっかけになっているようですが、経緯を考えると、やはり「主戦場」(=米国)は右派が好んで使う言葉だということがよく分かります。


なお、1章最後には「歴史戦」言説の特徴と問題点がコンパクトに整理されているので、メモ代わりにポイントをまとめます。

  1. 【圧倒的な物量作戦】:『正論』などの右派メディアが日本軍「慰安婦」問題を取り上げる頻度は他のメディアを圧倒している。アカデミズムや通常のジャーナリズムは「新規性」という価値に拘束されているが、右派メディアは同じことの繰り返しをためらわず行い、結果として量的な非対称性が生じてしまう。
  2. 【被害者意識】:右派によれば、「歴史戦」は、 韓国、中国や『朝日新聞』 から仕掛けられているものである。その被害者意識ゆえ、日本政府の責任を追及し、また解決のための努力を促す運動は必然的に邪悪な意図、何者かの「謀略」に発するものと解釈されてしまうことになる。
  3. 【字義通りの「戦争」】:「自虐史観」は、彼らにとっては日本を精神的にも軍事的にも“武装解除”するための罠なのである。「歴史戦」は竹島尖閣諸島の領有権をめぐる紛争と字義通りにリンクしている。
  4. 本質主義的民族観】:いわゆる「歴史認識問題」において問われているのは第一に旧日本軍と大日本帝国の責任であり、第二には過去の侵略戦争、植民地支配、戦争犯罪、国家犯罪に対する現在の日本政府の姿勢なのだが、「歴史戦」が守ろうとしているのは民族の名誉である。
  5. 【勝利の確信が生み出すいらだち】:前述のとおり。

河野談話、70年談話、日韓合意

また、『主戦場』では説明の少なかった70年談話や2015年末の日韓合意などについても触れられていました。(3章「謝罪は誰に向かって、何のために行うのか?」)
70年談話とは戦後70年の節目にあたる2015年8月14日に安倍晋三首相が発表した「戦後70年談話」のことです。これに限らず安倍さんのスピーチは、言質を取られないよう、回りくどい発言が多く、結局長いだけで何を言っているのかわかりにくいスピーチである、という程度にしか考えていませんでしたが、テッサ・モーリス・スズキさんによれば、これは日本の近現代史にかかわる基本的な部分について誤った解釈に基づいて作成されたものだったとのこと。
それだけでなく、70年談話で最も注目を集め、日本人の多くも共感(朝日新聞世論調査では「共感する」63%、「共感しない」21%)を呼んだとされる以下の部分についても、反論しています。

日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を負わせてはなりません。

ここで、テッサさんは、オーストラリア先住民のアボリジニに対して過去におこなわれた収奪と虐殺などの罪と重ねて、以下のように考えます。

過去におこなわれた悪行に直接自分が関与しなかったからといって、「まるで関係ない」とは主張できないのである。わたしたちがいま、それを撤去し壊滅させる努力を怠れば、過去の憎悪と暴力、歴史的な噓に塗り固められた差別と排除は、現在も社会の中で生き残り、再生産されていくのだから。p75

この部分は、そう言われればその通りという気もするし、また、70年談話で言っていることにも、若干の違和感を抱くようになったものの、それを非難できるほど理解が十分ではなく、もっと勉強が必要な部分だと思いました。


一方、テッサさんは「河野談話」については、3倍もの分量があるわりに曖昧な表現の多い70年談話と比べると、はるかに簡潔で要領を得たものとして評価し、特に以下の部分を強調して引用しています。

河野談話」は、日本が国家としての責任を負うことを認め、そして被害者たちに明確に謝罪した点において、世界的に高く評価された。しかし以下の箇所こそ、現在を生きる者たちが決して忘却せず、実践していかなければならない部分である、とわたしは考える。

われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。


「歴史戦」をめぐる右派の主張が、膨大に存在する史料をほとんど無視し、自説に都合のよい部分だけを組み合わせて構築されているのは歴史研究の否定であり、歴史への冒涜である、と書かれているが、まさにその通りで、歴史研究を尊重する河野談話は、それとは対極にあることがわかります。


また、2015年末の「日韓合意」についても取り上げられています。
この日韓合意をめぐる韓国政府(文在寅政権)の態度 は、現在の日韓関係の悪化の原因のひとつになっているという認識です。今の自分の気持ちとしては、こうなることが分かっていたのなら、何故あそこで「合意」をしたのか?と、日本政府よりもむしろ韓国政府への不満が募りますが、単純に、あそこで期待をもってしまったのは「ぬか喜び」という以上に、不勉強なのかもしれません。
テッサさんの見解は以下の通りです。

日本政府、および一部の日本国民は、韓国側が「蒸し返さな」ければ、「日本軍慰安婦問題」はなくなる、と考えているようだが、それはあまりにも21世紀の世界の潮流を無視した考え方であると同時に、間違った考えでもある。
(略)
歴史とは、負の遺産を抹殺し、正の遺産だけを相続できる種類のものではないのである。正の遺産を「日本人の誇り」とするのであれば、当然ながら負の部分も受け入れなければならない。
繰り返すが、「河野談話」は歴史的責任を認め、「 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」と続けた。
この「 歴史研究、歴史教育を通じ」何度も何度もこの問題を「胸に刻む」ことこそ、「同じ過ちを決して繰り返さない」道に通ずる、と私は信じる。

この3章を読むと、「70年談話」および日本政府の態度と、「河野談話」の違いは明らかであり、2015年末のいわゆる「日韓合意」も、「河野談話」とは相容れないものなのだろう、という気持ちになります。「日韓合意」自体は、右派からの反対も多く、右派が割れる原因にもなったようですが、韓国側がどういう意図で合意に応じたのかも含めて、もう少し知っておきたいです。

最後に

この本でも、『主戦場』のラスボスである人物(伏せますが)の名前は何度も登場しますが、「黒幕」感は全くありません。
それ以上に登場するのは、当然のことながら安倍晋三首相です。当時は「歴史戦」という言葉がありませんでしたが、第一次安倍内閣のときから、これらの情報戦が盛り上がり、現在、膨大な国費(広報費)が使われている*1状況にあることを考えると、もっと別のことに使ってほしいと思うばかりです。
「歴史研究」や「統計」などのこれまでの積み重ねを尊重する態度があれば、もう少し現政権を好きになれるのに、と思います。
歴史戦については、今年5月にも本が出ているので読んでみたいです。(この本は2016年6月なので、3年前と情報がやや古い)

歴史戦と思想戦 ――歴史問題の読み解き方 (集英社新書)

歴史戦と思想戦 ――歴史問題の読み解き方 (集英社新書)

*1:7/21に行われる参議院議員選挙公約にも「 歴史認識等を巡るいわれなき非難への断固たる反論をはじめ、わが国の名誉と国益を守るための戦略的対外発信を強化するなど、韓国・中国等の近隣諸国との課題に適切に対処します。 」と書かれています。「 戦略的対外発信を強化 」ということはこれまで以上にお金をかけるということでしょう。

『3月のライオン』聖地巡礼の魅力(その3)~橋と人と

ひとつ前に書いた通り作品の舞台は水に囲まれているわけですが、隅田川を渡る橋は、中央大橋以外にもあります。
だけでなく、それぞれが登場人物と強く繋がりを持っています。
今回は、かなりこじつけ部分もありますが、登場人物と橋の結びつきについてまとめてみました。

中央大橋

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中央大橋は、当然、桐島を象徴する橋です。それどころか、佃小橋が、作中の多くの登場人物が渡る、しかも「共に渡る」ことの多い橋であるのとは対照的に、中央大橋は、常に、「桐島が」「一人で」渡る橋です。例えば上の絵のように…。(2巻13話)
いや、ただ一度だけ桐島が「二人で」中央大橋を渡るシーンがありました。その相手が二海堂なのは、二海堂ファンとしては嬉しい限りです。(4巻33話「坂の途中」)
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霊岸島量水標

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中央大橋以上に、初期に、桐島零を象徴する建造物として登場するのが、霊岸島水位観測所です。(上は2巻12話)あくまで「初期の」、孤立を深めて、周囲と壁を作っていた頃の桐島の象徴なのです!。…と思っていたのですが、読み直してみると、気がつかなかった発見がありました。
まず、改めて確認してみると、霊岸島水位観測所の13巻139話のシーンでの久しぶりの登場(下図右)は、4巻36話「青い夜の底」(下図左)以来だったので103話ぶりということになります。

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ところが、3巻のラストで島田八段の研究会に入ることを決め、先ほどの33話では、二海堂とのイチャイチャシーンを見せつけるなど、桐島は孤立から脱出しつつあり、「心を閉ざしていた頃の桐島の象徴」という見立てがやや外れているように見えます。


そこで、改めて、さらに遡って登場シーンを確認してみました。

  • 2巻12話「神さまの子供(その2)」(上図)
  • 2巻17話「遠雷」(下図左:香子)
  • 3巻27話「扉の向こう」(下図右:後藤)
  • 4巻36話「青い夜の底」(上図)
  • 13巻139話「目の前に横たわるもの」

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こう並べてみると、そのほとんどが香子と関連するシーンで霊岸島量水標が登場していることが分かります。そして、4巻から13巻の間、香子も作中から姿を消します。
つまり、4巻までは作品の重要な位置を占めていた、香子に対する桐島零の後ろめたさ、不甲斐なさ、そして微かな恋心、と、そこから逃げ出して始めた「独り暮らし」の象徴こそが霊岸島水位観測所なのではないでしょうか。実際、この裏の建造物の裏のマンションに桐島は住んでいるのです。
13巻では、それが香子から見た風景として描かれていますが、 香子の脳裏には、強がりから独り暮らしを始めた頃の寂しそうな零が今も残っているのでしょう。


という風に書きましたが、ここでも零、香子以外のキャラクターで唯一、この場所を訪れている人がいます。これもまた二海堂なのです。二海堂が、中央大橋霊岸島水位観測所の二大聖地を踏み荒らす、この4巻33話は、「神回」と言えるでしょう。
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佃大橋

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佃大橋は、中央大橋下流側にある橋で、佃島から最も近い橋です。
作中の登場人物が隅田川を実際に渡る橋は(一つの例外を除くと)中央大橋のみなので、佃大橋や、このあとに取り上げる勝鬨橋は、背景としての橋です。
この橋は、三日月堂から最も近い場所にある(隅田川の)橋なので、川本家との関係が強いのかと思いきや、そうではありません。
他の橋と比べたときの特徴は「見上げる橋」であることで、公式HPでのストーリー紹介でも使われている7巻の折り込みミニポスター(下)の印象もあり、、これまた桐島零「色」が強い橋です。
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そして、物語の中ではモモが香子にたいして「まじょ」と言った場所として記憶している人も多いのではないでしょうか。(4巻35話「水面」:上図)
そもそもこの場所は香子が指定した場所。2巻20話「贈られたもの(その1)」でも、部屋に置き忘れた腕時計を渡す際の待ち合わせ場所として、零の提案した駅前のメック(月島駅前のマクドナルド)は拒否して、香子は隅田川テラス(特定できないがおそらく同じ場所)を指定しているので、香子もまた「河」が好きなのでしょう。
ということで、佃大橋も零&香子の色が強い橋なのでした。
ただし、零と香子が最後に別れたのは、いつも待ち合わせの場所に使っていた佃大橋とは反対側にある石川島公園なので、場所にこだわりはないのかもしれません。
(香子が歩く先に見えるのは相生橋で、なんか適当に書かれています…笑。こちらの川は隅田川本川ではなく、隅田川派川です。)
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勝鬨橋

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勝鬨橋は佃大橋のさらに下流側にある橋で、形状に特徴があります。 左右にアーチが2つあり、中央部が開く、いわゆる「跳ね橋」になっているのです。(今は開きませんが、フィクションでは、時々これを開く話が出てきます。)
中央大橋の上流側にある永代橋が、作品の舞台付近では有名なアーチ橋ですが、前にも書いたように、中央大橋から上流の風景は『3月のライオン』には登場しないので、作品内で、アーチ橋が見えたら、それはほぼ確実に勝鬨橋の左岸側(月島側)となります。


さて、この勝鬨橋を登場人物と結びつけようとしたとき、その相手がまた桐島ではつまらないというのではありませんが、勝鬨橋は、ひなちゃんと繋がりが深いのではないかと思います。

おそらくですが、「河」の好きなひなちゃんの背景として、三日月堂に一番近い佃大橋は「桐島」色が強過ぎるため使いづらく、結果として、次に近い勝鬨橋になっているのではないでしょうか。
例えば、ももがアヒルを追跡する扉絵シリーズの2巻16話、18話、19話は連続して、ひなちゃんの背景として勝鬨橋のアーチが見えます。
また、お父さん(妻子捨男)の登場で悩むひなちゃんと桐島が話す背景にも勝鬨橋が見えます。(10巻104話「約束」:上図)
日月堂で、将棋を教えながら、桐島からひなちゃんから話を聞くシーンでも、心象風景として勝鬨橋のアーチが出ます。(6巻56話「小さな世界」:下図)
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さらには、いじめ問題が一応は解決したあと、河の近くで桐島とひなちゃんが話すシーン。ここでは、桐島から見るひなちゃんの後ろには佃大橋が見え、思考もやや重々しいですが、ひなちゃんの視線からは勝鬨橋が見え、楽しい雰囲気で、二つの橋が対照的です。(7巻71話「日向」)2人がいる場所は、 4巻35話「水面」で、香子×零が三姉妹と出くわす場所と、ほぼ同じ場所なのですが、目に映る風景が全く異なるのも面白いです。
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千住大橋

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さて、最初に、登場人物で隅田川を渡るのは桐島(+二海堂)だけ、という話を書きましたが、唯一の例外が滑川七段です。
13巻137話、138話は「雨の匂い 河の匂い」として滑川七段の家業の話が出てきますが、扉絵は137話が、千住大橋隅田川に架かる橋)、138話が千住新橋(荒川に架かる橋)です。
滑川七段の実家は葬儀屋(千住斎苑)で、亡くなった方の遺体を運んで千住大橋を渡るシーンが出てきます。(これを指して隅田川を渡る登場人物は桐島だけじゃないと言っています)
「私たちの育った街は4つの河に囲まれていて」と語っているので、隅田川と荒川、旧綾瀬川*1に囲まれた北千住付近が生まれ故郷なのではないでしょうか。


この回は、まず滑川七段の呟きが、まさにオリジナル・ラブ「好運なツアー」の歌詞と一致するような内容でドキッとします。

どうして人というのは
こんなにも忘れっぽいんでしょう
こんな風にたくさんの人生の最後を見送っているのに
どうして もっともっと
もっと切迫感を持って生きられないんでしょう
「夢が叶った」幸運
命があって明日も生きて対戦できる幸せ
しびれる程の幸運が積み重なって生まれた
奇跡のような「今」だというのに

さらに、「生きる」ことについての滑川兄弟の対話が興味深いです。

しかし私は自分の将棋につんざくような閃光を見出せない
他人の将棋にばかり心奪われる
他人にばかり憧れる
(略)
自分ではなく他人に憧れてばかりの見学ツアーみたいな人生
なぜ私はあんな風に引き裂くように輝けないのか
これで私 死ぬ時にちゃんと「ああ生き切った」
と思えるのでしょうか[滑川七段]

「生きる」って事についてなら僕思うんです
「自分もいつかは死ぬんだ」って事を忘れて呑気に日々を送れてしまう事
それって人間の持っている
ちっぽけな権利のひとつなんじゃないかなって[滑川弟]

滑川七段が眺める水面は、隅田川ではなく荒川のようです。*2
それぞれの棋士が、同じ将棋盤の奥に別々のものを見て、別々の悩みを抱えながら生きている。
そして、香子が隅田川の対岸に零を見ているように、滑川七段も荒川の対岸に他者の人生を見ているようです。
様々な人間が、それぞれの人生の中で大切なものを見つけていく。
それが『3月のライオン』という物語の醍醐味だと改めて感じるエピソードでした。
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この聖地巡礼特集は、あと一回は書きたいのですが…。

参考

何度も繰り返しますが、聖地巡礼に行くには、まずは『おさらい読本初級編』が参考になります。
東京以外の全国版は『中級編』にありますので、持っていない人は両方買いましょう。


滑川七段の呟きは、書いた通り、オリジナルラブ「好運なツアー」とかなり似ています。
一連の発言の中で「ツアー」という言葉も出ているし、聞いているのかも…。名盤『白熱』収録です。

白熱

白熱


一連のシリーズ目次はこちら。
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com

*1:何を指して「4つ」なのかは分かりませんでした…

*2:場所が正確には特定できていませんが、向いに長い橋のように見えるのはおそらく荒川左岸側に並行して走っている首都高、奥に見えるのは鉄塔。西新井橋野球場付近からの景色のようです。

政権批判ではなくちゃんとしたエンタテインメント映画~『新聞記者』

まず、最初に書くと、自分は、 望月衣塑子記者のことはあまりに好きではありません。
望月記者の菅官房長官に対する姿勢は、必要なものだし、排除されるべきではないと考えますが、あまりに反体制に過ぎる、いわゆるサヨク過ぎる、と考えていたのです。
その「サヨク過ぎる」というやや一方的な印象は、彼女自身の言論よりも、Twitter上での安易なRTが(自分の目には)目立ったというところも大きいです。新聞記者にしては、噂話レベルの政権批判もいRTするような「軽さ」が、彼女をあまり好きではない理由です。


ということもあり、望月記者が製作に関わっているこの映画は、もともとあまり見るつもりはありませんでした。しかし、松坂桃李が気になっていたのと、実際に公開されてみると、どうも、反安倍政権以外の人も、エンタメとして、この映画を評価しているような声が聞こえてきたため、上半期マイランキング2位の映画『主戦場』と比較する意味でも観てみようということになりました。

松坂桃李&シム・ウンギョンW主演! 前代未聞のサスペンス・エンタテインメント/映画『新聞記者』予告編



ということで感想です。
ひとことで言うと松坂桃李が良かったです。
そしてもうひとこと言うと、シム・ウンギョンから目が離せませんでした。

松坂桃李について

まず、松坂桃李ですが、本当に良かったです。
彼が演じるのは外務省から 内閣情報調査室(内調)に出向しているエリート。仕事と家庭、組織と個人の中で悩み苦しむ様子がとても伝わってきました。
特に印象に残ったのはラストシーンです。漫画なら目から光(ハイライト)が失われてしまっている、あの、呆然自失の状態が、噓っぽくなく表現された上での声にならない呟き。
そこも含め、勇ましかったり不安だったり、ヒーローになりたい、けれどもすべてが上手く行くわけではないという不安定な感じを上手に(つまり過剰ではなく)演じることが出来ていたと思います。( 曲で言えばミスターチルドレン『HERO』)
そして、妻役の本田翼も、明るいながらも根は儚げな演技に徹しており、松坂桃李のラストシーンでの決断(ゴ・メ・ンと言っているように見えたので、結局真相は闇の中)も結局は彼女(勿論、生まれたばかりの子供も)が理由なんだと感じさせる名演でした。

ストーリー(フィクション)

さて、肝心のストーリーですが、映画ナタリーで朝井新聞の石飛記者の発言と、ほとんど感想は同じです。

エンタメ映画なので、あれくらい風呂敷を広げてもいいと思う。最初に謎があって、謎を軸に1つひとつ物語を積み重ねていく流れがよくできていると感じました。企画を最初に聞いたとき、反権力の人しか観に行かなかったら嫌だなと思っていたんですけど、脚本がよく練られていてしっかりとエンタテインメントになっていますし、オリジナルストーリーとしても素晴らしい。
新聞記者が語る映画「新聞記者」 - 映画ナタリー 特集・インタビュー

この発言は、物語の軸となる部分で、現実と乖離した突飛な話が出てくるのはどうか、という話を振られての回答にあたります。
石飛記者のいう「あれくらいの風呂敷」についてネタバレ部分を伏せて書くと、内閣府主導での地方での医学部設立の背景に○○○○があった、という大ネタですが、これくらいの陰謀があると、ドキドキして見ごたえがあります。
自殺した先輩官僚が携わっていた学校設立の背後にあるものは何か?という謎が、「羊の絵」の暗号も含めて次第に解き明かされていく流れは自然で見入ってしまいました。

ストーリー(事実ベースの部分)

現実の事件とのリンクの多い映画ですが、序盤には、伊藤詩織さんの事件を想起させる事件揉み消しの話が出てきます。これにも内調が暗躍し、反・詩織さんの意見がネットで盛り上がったのも内調→ネットサポーターによるもの。
それを仕掛けている内調側も疑問を感じながらけしかけ、世論が偏って盛り上がるというこの構図に焦点を当てたのが今回の映画だと思います。後半で、ややフィクション寄りの真相が明かされても、問題視しているのは、この構図なので、映画を観た人は皆、今の日本と重ね合わせて考えることになります。
(ただし、内調の人間がTwitterに直接書き込んでいる絵には、やや疑問。それはないでしょ、と思いますが。)

シム・ウンギョン

シム・ウンギョンは悪い意味で目立ちました。
まず、何故、反安倍政権の映画の主人公女性を韓国人女優が演じるのか?というのが分からない。見始めても、役名が「吉岡」という日本人の役を何故?と疑問が深まります。
しばらく見ると、彼女が演じる吉岡エリカは、新聞記者だった日本人の父と韓国人の母の間に生まれたという設定で、同僚からも「アメリカの大学に通っていたのに何で日本で記者になろうと思ったんだろう」と疑問に思われている、ということで、時々怪しい日本語にも少し納得しました。
次に気になったのは、猫背です。猫背であることで、彼女が有能であるように見えない。無能なコメディ役であれば猫背でいいのですが、今回の役には猫背は合わないのでは?と思ったのです。
ちなみに、先ほど、以下のインタビュー記事を読むまで気がつかなかったのですが、『サニー永遠の仲間たち』で主役(神木隆之介にそっくりでした…)を演じたのがシム・ウンギョンだったのですね。このときの猫背は役に合っていたと思います。
www.cinra.net

映画『サニー 永遠の仲間たち』予告編



さて、日本人女優が演じるとしたら誰なのか、と思ったときに最初に思い浮かんだのは吉高由里子でしたが、誰が演じても、邦画に男女の有名人俳優が共演する場合、恋愛色が出てしまう気がするので、その意味では、シム・ウンギョンが合っていたのかもしれないなと思いました。しかし、アサヒ芸能の記事で、「反政府」のイメージがつくことを怖れて日本人女優はオファーを断ったということを知り、納得しました。候補として挙がった女優の中に、満島ひかりの名がありましたが、それがベストな配役だった気がします。


ただ、改めて考えてみると、 ネット上でのナショナリズムの台頭は世界共通でも、官僚や為政者が、自らが正しいと思うことを出来ない環境というのは、日本に特化している問題なのかもしれません。そして、最近、日本企業内での左遷的人事がニュースが話題になること*1を考えると、松坂桃李が抱える悩みは民間でも共通するものでしょう。
その問題を追求する主役が、国外の視点を持っている人であるということは、この映画には適役だったとも思えます。


映画の中のテレビ番組で複数回登場する望月記者と前川喜平(元・文部科学官僚)は、ちょっと出過ぎで蛇足ではないかとは思いましたが、2人の主張が読める以下の新書は、参考に読んてみようと思います。また同名の新書も。

同調圧力 (角川新書)

同調圧力 (角川新書)

新聞記者 (角川新書)

新聞記者 (角川新書)

*1:カネカやアシックスにおける「パタハラ」が問題になりました。

読者の共感を拒む踏み絵的小説~村田沙耶香『地球星人』

地球星人

地球星人

私はいつまで生き延びればいいのだろう。いつか、生き延びなくても生きていられるようになるのだろうか。地球では、若い女は恋愛をしてセックスをするべきで、恋ができない人間は、恋に近い行為をやらされるシステムになっている。地球星人が、繁殖するためにこの仕組みを作りあげたのだろう―。常識を破壊する衝撃のラスト。村田沙耶香ワールド炸裂!

とても共感しにくい、ここまでに読んだことのないタイプの小説でした。
目をそむけたくなるような悲惨な事件や、はらわたの煮えくり返るような理不尽を描いた小説はそれなりに読んできた気がします。
どんなに辛い出来事でも、そこには、常にどちらかがあり、それがあることで、主人公や作者に共感を抱くことが出来たように思います。

  • (一人称の場合)登場人物の、加害者や社会、家族に対する怒りや悲しみ
  • (三人称の場合)登場人物をめぐる出来事に対する作者の怒りや悲しみ


『地球星人』が変わっているのは、そういった読者の共感を拒むことです。
読者はひたすら置いてけぼりにされるのです。(自分はそう感じました。)
確かに、これまでに読んだ村田沙耶香の小説には、どれにもそういう要素がありました。
主人公の女性は皆、世の中の「普通」に違和感を抱き、その違和感を持ち続けたまま大人になります。今回、主人公の奈月が、自分が魔法少女と信じている設定は、以前も出てきているし、その延長上にある彼女が対峙する相手としての「人間工場」という説明も、いわば「村田沙耶香的」な感覚として、とてもよく分かります。

私は、人間を作る工場の中で暮らしている。
私が住む街には、ぎっしりと人間の巣が並んでいる。
(略)
ここは、肉体で繋がった人間工場だ。私たち子供はいつかこの工場をでて、出荷されていく。
出荷された人間は、オスもメスも、まずはエサを自分の巣に持って帰れるように訓練される。世界の道具になって、他の人間から貨幣をもらい、エサを買う。
やがて、その若い人間たちもつがいになり、巣に籠って子作りをする。p37

そんな人間工場の中で 身を潜めるようにして生きていく奈月は次のように言います。

私は悲鳴をこらえながら呟いた。
「いつまで生き延びればいいの?いつになったら、生き延びなくても生きていられるようになるの?」p91

このあたりまでは、「いつもの村田沙耶香」作品だと思って読んでいました。
しかし、最初に「これは、ちょっとついていけないぞ」と感じたのは、塾の伊賀埼先生から「ごっくんこ」を強要されるシーンです。
この、酷い性暴力に対しても、奈月は世界に違和感を抱いたまま、いわば、ぽかーんとしています。村田沙耶香作品では、作者=主人公という面が強いので、作者も、ぽかーんとしており、本を読んでいても、誰も怒らず、誰も悲しんでいないので、読者である自分だけが、やるせない気持ちを抱えることになります。
まず、そこに「ついていけない」と思ったのです。


次に、「ついていけない」と感じたのは、34歳の奈月が、23年前に、伊賀埼先生の家で「魔女」を殺したことを振り返るシーンです。
奈月は、伊賀埼先生を殺した自覚はなく、あくまで、殺したのは「魔女」なのです。

私は、そのまま魔法使いではなくなり、宇宙船をなくしたただのポハピピンポボピア星人として余生を生きている。母星に帰れない今、 ポハピピンポボピア星人として生きていくのは孤独だった。地球星人が私を上手に洗脳してくれることを願うばかりだった。p150

こんな風に自らの殺人の告白を締める主人公に共感するのは相当に難しいのです。
しかし、それでも、奈月は「地球星人に洗脳される」=普通の人間として生きる選択肢を残しているので、まだ話をしたりは出来そうなのですが、全くついていけないのは奈月の結婚相手の智臣です。


まず、智臣は、地球星人の目から見たら、「仕事ができないことを他人のせいにしているダメ人間」と評価されるタイプの人です。
最終的に同居して暮らすことになる3人ですが、当初は、由宇(奈月のいとこ)<奈月<智臣の順で病が深く、智臣が最も急進的です。これに対して奈月は、由宇に説得されて、考え方を「地球星人」側にシフトするよう智臣と話してみようと決心します。
これに対する、智臣の朝食でのひとことは本当に衝撃的です。

話があるからあとで時間が欲しい、と翌日の朝食のときに夫に切り出すと、僕もだ、と夫がうれしそうに、私と由宇に告げた。
「僕は、祖父とセックスしてみようと思うんだ」p163

この発言の真意は省略しますが、寝たきりの祖父についてのこの発言に共感できる読者は相当レアでしょう。
しかし、このとき、食べていた味噌汁を吹き出してしまった由宇でさえ、「宇宙人の目」を獲得し、 どんどん智臣と同様の考え方になっていきます。
最終的に3人の考え方は、生き延びるためなら、窃盗、殺人、さらには人肉食までOKとする極端にも程があるものになっていきます。
そして、この物語は、 ポハピピンポボピア星人と地球星人の考え方が全く相容れないままに終わります。
この終わり方も衝撃的でした。
読者の共感しやすい終わり方は、 酷い終わり方ですが、ポハピピンポボピア星人が、地球星人(工場)側の酷い仕打ちにより絶滅してしまう、地球星人を一方的に悪者にして世界を閉じる終わり方です。そうでなければ、 ここまで極悪非道なポハピピンポボピア星人にシンパシーを、同情心を抱けません。


…と、そこまで考えたとき、自分は、マイノリティーの意見に耳を傾けながらも、あくまでマジョリティの立場に立って、その優越を離さない、そういうタイプの人なのではないかと、ふと疑問が湧きました。
マイノリティ( ポハピピンポボピア星人 )が、微かながらも、マジョリティ(地球星人)に対抗できる力を得て終わるこのラストは、自分にとって都合が悪いのかもしれません。そして、クレイジー沙耶香と呼ばれる村田沙耶香が、世間に向かって「お前らこそがクレイジーだ!」と絶叫するような『地球星人』に面食らってしまったのは確かです。
この作品は、村田沙耶香が仕掛けたリトマス試験紙であり踏み絵であるのでしょう。
これまで、興味深く村田沙耶香作品を読んできた自分のような読者は、作者本人からは「したり顔で頷きながら、最後は敵に回る奴」*1と蔑まれているのではないか、と怖くもなりましたが、やはり、自分の中では上手く結論付けられない本となりました。
他の方の感想等を読んでまた考え、読み直してみたいです。

*1:キム・ジヨン』に出てくるあの人

『3月のライオン』聖地巡礼の魅力(その2)~河を渡る

その1では、『3月のライオン』の聖地巡礼ではランドマークが重要な要素であることを書きましたが、最も重要なことを書いていませんでした。
それは、三日月町すなわち佃島が水に囲まれているということです。
風景の一部をなすランドマークを多数擁するだけでなく、どこを向いても水面が背景に入る場所が舞台であるということが、実際に現地を訪れると体感できます。
ちなみに、羽海野チカ先生の前作『ハチミツとクローバー』のメインキャラクターが、竹本・花本だったことを考えると、『3月のライオン』の3姉妹の名字が「川」本であるのは、作品世界と何か通じるところがあるのかな、と勘繰ってしまいます。


さて、『3月のライオン』で登場する川(作中での表記は「河」が多い)のほとんどは隅田川
場所に馴染みのない方にもイメージできるように説明すると、浅草からスカイツリーや「金のうんこ」を見るときには川越しで見ることになりますが、その川こそが隅田川です。その隅田川を、浅草からは東京湾に向かって7kmほど下流にくだったところに、川本家のある三月町(佃島)と、零くんの住む六月町を結ぶ中央大橋があります。
中央大橋は、漫画には桐島が自分を顧みながら川本家に向かう、もしくは自宅に戻るシーンで「渡る橋」として登場します。中央大橋を「渡る」ことは単なる移動にとどまらず、心理的な要素が多分に含まれる行動なのです。したがって、聖地巡礼では、中央大橋は、絶対に渡ることがオススメです。(中央大橋は1巻の表紙の橋です↓)
3月のライオン 1 (ジェッツコミックス)


その際、重要なのは順序です。その1で紹介した最後に挙げた事例のうち、中央区の「おでかけマップ」は、月島駅スタート→八丁堀ゴールというルートになっていますが、これは通常とは反対のルートでオススメできません。主人公・桐島の気持ちになって三月町(佃島)を訪れるなら、当然ですが、八丁堀スタート→月島駅ゴールというルート(『3月のライオンおさらい読本初級編』のルート)にした方が良いです。
余談ですが、宮崎駿ジブリ映画では、序盤でトンネルをくぐるシーンが出てくることが多いです。作品世界の中心に外部から入り、物語に没入させる仕掛け*1として(もっと深読みも出来ますが…)重要な役割を持つトンネルは、2022年に開業予定のジブリパークで絶対に用意すべきでしょう。『3月のライオン』の聖地巡礼は、中央大橋を通って「河を渡る」だけで物語への没入度が高まる、テーマパーク級の仕掛けを内在しているのです。
(下は「おさらい読本初級編」の掲載ルート)

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なお、順序という意味では、川本家を訪れるためには、隅田川を渡ったあと、佃島の船溜まり(佃川支川)を渡る必要があり、佃小橋は、この船溜まりを渡る橋となっています。
したがって、中央大橋→佃小橋→川本家というのが作品内でのお約束のルートとなっており、「おさらい読本」のコースは、まさにそれになっています。(原作を大事にしている気持ちが伺えます) 
しかし、現地を訪れると分かりますが、中央大橋を渡って三日月堂(川本家)に行くのであれば、佃公園(隅田川テラス)から住吉小橋を通る(上図の3(中央大橋)→12(住吉小橋)に向かう)コースが近道だし、作品世界とシンクロ出来る隅田川沿いルートなので、こちらをオススメします。なお、1巻の表紙の場所で写真を撮影する場合は絶対に隅田川テラスに寄り道する必要があります。
佃小橋は小さい橋なので行ったり来たりしながら堪能しましょう。
(下は佃公園の隅田川テラスを通る桐島@10巻98話「やわらかい風」)
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なお、上図4の石川島公園は、作中での登場頻度が少ないので、時間と体力を節約したい方は、こちらもカットしましょう。
したがって、三日月堂を佃煮天安とした場合のオススメルートはこのようになります。*2


このシリーズですが、もう少し続きます。

参考

前回書いていませんでしたが、『3月のライオンおさらい読本 初級編』には、上に引用した聖地巡礼マップのほか、松井玲奈が月島で撮影したコラボグラビアがあり、こちらも現地を訪れたり写真を撮ったりする際には参考になります。佃煮天安の写真がやっぱりいいですね。

参考2

こちらのニュースによれば、東京五輪に向けた隅田川の魅力向上のために、住吉小橋(住吉水門)のあたりも工事をするようですね。月島川水門の部分も連続化に向けた整備工事を行うということは、もしかしたらモモちゃんがアヒルを追いかけて行き止まりになった箇所(上図に入り切れていませんが13にあたる)も通れるようになるのかも…
www.sankei.com

*1:ディズニーランドはそういう仕掛けがよく出来ています。スプラッシュ・マウンテンも滝から落ちる前に物語に「不穏な雰囲気」が入ることが気持ちを盛り上げます。

*2:「おさらい読本」で三日月堂があるとされる10の位置には商店はありません。佃煮屋さんとして一番近いのは、「つくだに丸久」ですが、松井玲奈のグラビアで写真を撮影しているのは「佃煮天安」となります。

『3月のライオン』聖地巡礼の魅力(その1)~ランドマーク

大好きな作品の舞台となった場所を実際に訪れる「聖地巡礼」は、それだけでワクワクするものです。
自分が『3月のライオン』の「聖地巡礼」をしてみようと思ったのは勿論、そのワクワク感を求めてのことです。しかし、何度か現地に行き、その後、漫画を読み返して思うのは、三月町(川本家のある町)のモデルである佃・月島の聖地巡礼の魅力はそれだけじゃない、ということです。
勿論、『3月のライオン』は、プロ棋士の漫画なので、千駄ヶ谷にある将棋会館(と向かいにある鳩森神社)も作品内に何度も登場し、そこに行くワクワク感も格別*1なのですが、佃、月島には、それ以上の魅力があるのです。

1.ランドマーク

Wikipediaから引けば「目印となる地理学上の特徴物」をランドマークといいますが、『3月のライオン』には、実在のランドマークが多く登場します。
特に多いものが、中央大橋、佃小橋&風呂屋の煙突の3つ(2つ)です。

3月のライオン 1 (ジェッツコミックス)ファイター [TVアニメ『3月のライオン』主題歌 (リアル・インスト・ヴァージョン)]3月のライオン 2 (ジェッツコミックス)3月のライオン[前編]

  • 中央大橋↓(桐山零が川本家を訪れる際に最初に渡る橋)

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  • 佃小橋↓(桐山零が川本家を訪れる際に二番目に渡る橋)
  • 風呂屋の煙突↓(銭湯は「日の出湯」。作中では「月の湯」)

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これらは、いわば登場人物らが三月町(ということは佃・月島)にいる風景の「お約束」として、大体どの巻にも登場しますが、聖地巡礼で佃・月島を訪れたときも、これらは、風景の中のランドマーク(目印)として機能し、それがあるからこそ、『3月のライオン』をもっと楽しむことが出来るのです。
具体的には、作中に登場する背景の中で、これらのランドマークをチェックすることで、その風景が見える位置(視点)を地図上に落として捉えることができる、というのがランドマークを見て楽しむ作品の楽しみ方です。


たとえば、佃小橋は作品中では「赤い橋」として頻出し、 風呂屋の煙突とほぼセットで出てきますが、そのほとんどは南側(橋の左側に煙突が見える)もしくは東側から見た風景(橋を渡った向こう側に煙突が見える)です。実際、14巻で、島田八段と林田先生(+みんな)がハゼ釣りをする「赤い橋のほとりで」では、タイトルにも「赤い橋」と入っており主役級の扱いで登場しますが、釣りをしているのが橋の南側ということもあり、北側からの絵は描かれません。
しかし、稀に北側からの風景が出てきます*2。下に引用したのは10巻99話「雨の降る街」ですが左奥から佃小橋、風呂屋の煙突、聖路加タワー、住吉神社が並ぶロイヤルストレートフラッシュ的な景色です。こういう絵を見ると、お!これは!とレアキャラに出会ったような喜びがあるのと合わせて、零くんは、多分このあたりから佃小橋を眺めているのだな、と登場人物の位置が特定できます。(少しストーカー的・倒錯的喜びな感じもしますが…)
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さて、今も書いた通り、上の景色で佃小橋と煙突の奥に光るタワーは聖路加タワーです。

この、聖路加タワーは対岸側(ざっくり言うと月島の対岸は築地)にあるので、漫画の舞台として登場することは少ないのですが、川の向こうの風景として描かれることがとても多いランドマークです。
ただ、 13巻を読むと、後藤九段の奥さんの入院先 (作品内では中央病院) は聖路加病院のようで、零とは無関係な場所ながら、ここも作品の舞台ではあります。この13巻139話「目の前に横たわるもの」で香子が見た景色は、聖路加タワー側からの景色、つまり、いつもは遠景として見ている川の向こう側から零の暮らす世界(三月町と六月町)を見ている、これまた、とてもレア、かつ深読みしがいのある景色となっています。(そして零の住んでいるマンションもばっちり特定できます…笑)
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最後にもうひとつ付け加えると、中央大橋から隅田川上流を見ると永代橋越しにスカイツリーが見えるのですが、零が何度も目にしているはずの、この景色は多分これまでに描かれていません。零の住む世界は六月町と三月町、そして将棋の世界だけ、ということで、余計な情報は不要なのでしょう。
こういった、背景の取捨も物語の重要な要素なのだと、改めて感じます。
なお、住吉神社の鳥居や、今回触れていない中央大橋を含む隅田川の橋も何度も登場しますが、これはまた今度に回しましょう。
(続き→『3月のライオン』聖地巡礼の魅力(その2)~河を渡る - Yondaful Days!

参考

聖地巡礼のまとめは個人で沢山の方がされており、どこも熱のこもったページで参考になりますが、公式としては、漫画の副読本である「おさらい編」(初級で関東地方、中級でそれ以外を取り扱っています)が参考になります。

HPでは、中央区が映画公開に合わせて「おでかけマップ」という形で紹介しています。また、東京ウォーカーの記事でアニメの舞台が取り上げられています。
日月堂があると思われる場所付近には佃煮*3屋さんが何軒かあるのですが、「おさらい編」では、「佃煮天安」さんをピックアップしているのに対して、東京ウォーカーでは「つくだに丸久」さんをピックアップしています。聖地巡礼をしたときは、お土産に買いたい逸品です。

www.walkerplus.com

過去日記のリンク

pocari.hatenablog.com

*1:あと、将棋会館では、棋士のグッズを買える!

*2:2巻表紙は珍しく北側からの佃小橋です。

*3:当然お気づきかと思いますが、佃は佃煮発祥の地です。