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バランスを崩す4人の恋〜米代恭『あげくの果てのカノン』(3)(4)


4巻まで巻を追うごとに階段を上るように面白くなっていく素晴らしい漫画。
前回に引き続き3巻4巻の感想を。

装丁

3巻、4巻で物語は加速度を増す。
特に、4巻では装丁も変化を感じさせる。
それまでの蛍光色を敢えて外してタイトルをシルバーにした4巻は、3巻まで裏表紙に姿を見せていたタイトルで使われていた境宗介がいなくなっている。あらすじの「世界が反転する第4集」の言葉通り、4巻は変化の巻ということだろう。


なお、表紙の絵を見ると、1巻で空に向かって舞い上がった赤い傘は、3巻で下に向かって落ちてきている。
4巻を通じて黄色い長靴を履いている足元は、3巻でくるぶしより上まで水に漬かっている。
一方で1〜3巻で晴れていた空は、4巻になると、夜になり、雨が降り続いている。
遠くにゼリーが見えていることもあり、4巻の表紙、裏表紙は、それまでと比べても最も不安を誘う絵になっている。

帯は3巻は3名、4巻は4名が寄せているが、3巻の最果タヒさんのが素晴らしい。以下に全文書き写し。

不変なものなんてない。愛情も人格も変わりゆくものだ。
けれど、それでもきみは変わらないでくれと願うことが、甘えるということなのかもしれなかった。
永遠に変わらないきみでいて。永遠に愛し続けてくれ。そう願う自分自身が、不変なものなど何一つ持たないのだと気付いたとき、私たちはそのことを、本当の意味で、直視することができるんだろうか?
そんな、知りたくなかった現実がこの物語の先に待ち受けている気がします。そして、私はだからこそ、この物語の行く末を、かのんの恋を見届けたい。

3巻

さて本編。
1、2巻の感想で決定的なことを書いていなかったが、この漫画のメインテーマは「不倫」。
主人公・高月かのんが憧れていた先輩(境宗介)と恋に落ちるという話がメインストーリーの部分だが、先輩には奥さんがいる。つまり、かのん×境宗介の組み合わせは許されない。それゆえの1巻の名台詞「はいと言ったら罰を受ける」だったのだ。
そして役者の揃った2巻を経た3巻こそが最高潮に面白い巻だと思う。
3巻に収録された12話〜17話でメインになる人を挙げると以下の通り。

  • 12話:宗介×初穂
  • 13話:ヒロ×かのん、ヒロ・かのん×宗介・初穂
  • 14話:初穂×かのん、かのん×宗介
  • 15話:初穂×ヒロ、 かのん×宗介
  • 16話:かのん×宗介(北海道)
  • 17話:(ゼリー脱走)

とにかく、4人の組み合わせをこれでもかと詰め込んだ12話〜15話がすごい。
特に14話。宗介について楽しく語らう初穂とかのんだったが、初穂が万年筆の話題を出したことで、かのんが自分が許されていないことに気が付く場面。
背筋も凍る怖いシーンのあとで、初穂は、かのんと宗介をわざと会わせる賭けに出る。
その後、かのんと宗介のやりとりに話が移り、「私がいつまでも先輩を好きだと思ってナメてるんですか!?」とかのんが怒りを爆発させるシーンも含めてずっと、以下のような初穂の独白が流れている。

ずっと悪手をくり返してきた。
それがダメなこともわかっていたけど、
宗介が自身の意志で戻ってくると信じたかった。
けれど宗介はあの女を想ったまま。
私たちは似ている。
疑心暗鬼で、そのくせ過剰に期待して
膨らみはじけた期待は怒りに変わる。
怒った彼女は私と同じで醜いでしょう?
面倒でしょう?
嫌な女でしょう?
私はずっとあなたに優しくするわ。
だからお願い、
戻ってきて…

この「戻ってきて」に、宗介がかのんに言う「でも僕は高月さんに会いたかったんだ……!!」が被さるのが残酷だ。


そして15話。
最初、かのんは、宗介を「不倫」だからと否定する。

奥さん以外の女に会いに来るなんて…
そんな人、信用できません…

先輩の「心変わり」を、
浮気の免罪符にしないでくださいっ……!!

そのあと、自分勝手な宗介の言葉を聞いて、かのんは態度を改める。
この変化が大きい。

先輩は、神さまなんかじゃない。
私たちは同じように身勝手な人間で、
それでも先輩の存在は、
こんなにも素晴らしくて…尊い

ここでは「不倫」や「浮気」というロジックはもう出てこない。
その後、ゼリー脱走後の避難所で、先輩からの電話を受けたときのセリフ(19話)にもある通り、かのんは、宗介のことを「クズ」、自分と同じ「クズ」だと捉えて、好きな気持ちを優先させる。
ここでやっと先輩が「信仰」の対象から「好き」の対象に降りて来たのだ。
神様とだったら、とてもじではないが北海道へ逃避行はできない。
そして、北海道逃避行は辛い4巻のための束の間の休息なのでした…

4巻

4巻は、有名人との不倫によって、「社会」からも嫌われる、「友人」からも嫌われる、だけでなく、自分のせいで無数の人が被害を受けているという、ダブル・トリプルで厳しい「炎上」の中で、かのんが何を頼りにして生きるかという状況が描かれる。


ただ、個人的には、この巻のキモは、ひたすら(21話から登場する)新キャラクターの松木平にある。
このキャラクターが出るまでは、主要登場人物は4人それぞれ互いの接触もあり、 バランスが取れていた。
物語テンポを考えても、この漫画の「椅子取りゲーム」では、椅子は4つ。5人目が主要メンバーになろうとすると、どうしても椅子に座れずに押し出されるキャラクターが出てくる。4人の中で割を食うのはヒロしかいないわけで、ヒロのこの台詞は、読者である自分の気持ちをまさに代弁している。

…俺は、
姉ちゃんがこの人とつき合ったら
絶対許さないから
(23話)


勿論、作者は、そんな読者の気持ちは分かっているのだろうから、松木平は、かのんにとって眼中にない存在として描かれる。
そして4巻ラストの24話。
かのんの独白「ついにこの日が、この日が来てしまった。」から始まる24話は、「修繕」による「心変わり」が周囲の人(勿論本人も)に与える辛さが強調される話。
ここでの境先輩は、以前とは目の光が全く違っていて、顔が同じでも別の人間ということがはっきりと分かる。かのんと直接顔を合わせるのは、あれだけラブラブだった北海道逃避行以来の登場なので、落差の大きい「心変わり」は、とてもショック。読者としては18話(4巻最初の話)で、境先輩の半生を辿りながらその内面を見ているからさらにショック。
しかし、一番ショックだったはずの、かのんが、ラストのラストでその思いの強さを改めて見せる。
前後不覚になるまで飲んで二日酔いになったかのんに対して、松木平はこう慰める。

良かったじゃないですか?
次からは普通のおつき合いができますよ。
未来のある恋愛ってことです。
不倫なんて
時間を食い潰されていくだけじゃないですか。
さっさと忘れて、他の人に行ったほうが…

これに対するかのんの言葉。

なんで先輩を好きなことが間違ってるって決めつけるの?
松木平くんの言う未来って何?
セックスしないと、
私たちの恋愛って価値がないの?
私はずっと独りのまま先輩を好きでいたけど、
幸せだったよ。
セックスしてれば先輩と私はもっと続いたの?
私が処女だから、先輩はずっと一緒にいたいって思ってくれなかったの?
先輩とセックスできてたらもっと幸せだった…?

いわゆる「一線」を越えていないかのんだから言える台詞なのかもしれない。しかし、マスコミや見知らぬ人までもが「不倫」を責める中で、それは「間違っていない」と言い切る強さが、かのんにはがある。
いや、かのんだけじゃない。ヒロも「ずっと独りのまま好きでいたけど、幸せ」という状況は重なる。
また、考えてみれば、北海道逃避行のときに、「一線」を越えることを選ばなかった境宗介=「あのときの境先輩」も同じ気持ちだったのかもしれない。最果タヒの言う「永遠に愛し続けてくれ。」という気持ちを3人とも胸に抱えている。
3つの恋心に、頻繁に「心変わり」する宗介をずっと横で見て来た初穂の「暴走した恋心」が事態をどんどん悪化させている状況にあるが、やっぱり主要登場人物は4人でバランスしていることが改めてわかって来る。
…とすると、やっぱり松木平は邪魔で(性格は嫌いじゃないが)、次巻以降でどのような役回りとなるのかはとても気になる。ただ、かのんとつき合う素振りでも見せたら、ヒロと同様「絶対許さない」が…。(笑)


なお、22話によれば

  • 脱走したゼリーはほぼ全域にわたって駆除が完了(ラジオ)
  • 駆除だけじゃきっと駄目(初穂)

とあり、ゼリー脱走による避難生活はまだ終わらなさそう。24話では雨に打たれたゼリーがボコボコと増殖する様子が描かれており、これを初穂がどのように阻止するのか、が物語の重要ポイントになる。