Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

あさのあつこ『バッテリー1』★★★★☆

バッテリー (角川文庫)
披露宴後に中華街によってさらに食事をしたあと、仙台へ帰った。帰りの新幹線で読む本を、東京駅構内の書店で物色。他にも候補はあったが、酔ってもいたので、読みやすそうな、この本にした。会話主体の文章なので1冊だけで大丈夫?と不安にも思ったが、さすがに仙台まで持つだろうと思い、1巻だけにしておいた。が、結構簡単に読み終わってしまった。読みやすい。面白い。ああ、『それから』は何だったんだ。何というか、下手な説明をせず「まあ読んどけ。」と一言書いて終わりにしたい名作。読書習慣のない人にこそ読んでほしい本。
amazonからの引用だが、あらすじは、

中学入学を目前に控えた春休み、父の転勤で岡山の県境の街に引っ越してきた巧。ピッチャーとしての自分の才能を信じ、ストイックなまでにセルフトレーニングに励む巧の前に同級生の豪が現れ、バッテリーを組むが…。

主人公の巧は、プライドが高くていけ好かない野郎なのだが、そんな彼も、引っ越し先で出会った永倉豪の優しさに触れ、病弱な3つ年下の弟・青波(せいは)の成長に気づき、変わっていく。連続物だが、1巻単体で見ても、いわば「日向小次郎」的だった巧が、「大空翼」的なものに変化していく過程は十分見ることができるし、完結物ととらえても違和感はない。
巧を支える家族、友人たちが生き生きとしているのが、最大の魅力だが、特に、兄と違って素直な青波のかわいさにメロメロ。巧自身が、青波への嫉妬心に気づくシーンなど、兄弟間の微妙な感情もよく書けている。会話主体で、ここまで登場人物のキャラクターが立っているのは本当に凄いと思う。
先日読んだ重松清『ナイフ』やオーソン・スコット・カード『消えた少年たち』のように、「親子」を描いた小説でもあり、『十五少年漂流記』のように子ども同士で何かを成し遂げようとする中で、お互いがぶつかり合って成長していく話。でも、それだけじゃない。
「あとがきにかえて」では、作者あさのあつこの並々ならぬ決意を伺うことができる。彼女は、少年事件の犯罪報道のたびに繰り返される、少年たちの類型的なとらえ方に嫌気がさしていた。類型化の枠に収まらない「生の身体と精神を有するたった一人の少年」を生み出したかった。

他人の物語の中で人は生きられない。生きようとすれば、自らを抑え込むしかないのだ。定型に合わせて、自らを切り落とさなくてはならない。自らの口を閉じ、自らの耳を塞ぐ。自らの言葉を失い、自らの思考を停滞させる。この国に溢れているそんな大人のわたしも一人だ。自分の身体を賭けて、言葉を発したこともなく、発した言葉に全力で責任を負おうとしたこともなかった。賢しらな、毒にも薬にもならない、つまり誰も傷つけない代わりに自分も傷つかない萎えた言葉をまき散らして生きてきた。
それでも、この一冊を書き上げたとき、わたしはマウンドに立っていた。異議申し立てをするために、自分を信じ引き受けるために、定型に押し込められないために、予定調和の物語を食い破るために、わたしはわたしのマウンドに立っていたのだ。

そして、まだ12歳の巧も、そういう気持ちでマウンドに立っている。僕には、彼らからまだ学ぶことがたくさんありそうだ。