Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

サン・テグジュペリ『星の王子さま』(河野万里子訳)

星の王子さま (新潮文庫)
読書が、やや小説モードになっていたときに、本屋に平積みになっていたので、32歳*1にして初めて手に取った。つくづく何故今まで読んでいなかったのか疑問。
平積みになっていた4種類の『星の王子さま』のうち、特に考えることなく、新潮文庫を選んだのだが、そもそも、数種類の『星の王子さま』が並ぶ理由は以下のとおり。

日本では岩波書店が独占的な翻訳権を有していたが、原作の日本での著作権保護期間が2005年(公式サイトによれば2005年1月22日)に満了したことを受け、論創社・宝島社・中央公論新社等の数社から新訳が出版された。

並んでいたのは、倉橋由美子訳(宝島社)、池澤夏樹訳(集英社文庫版)、石井洋二郎ちくま文庫)で、、訳者の親しみやすさ(個人的知名度)からいえば、前2者のどちらか、特に『スティルライフ』に感銘を受けた池澤夏樹訳のものを選ぶような気がするが、そのときは、縦書き/横書きと、挿絵の入り方、表紙絵のみに注目していて、訳者のことなど頭に無かったのだろう。
 
ここでは、まず、その翻訳の話から。
「いちばんたいせつなことは目に見えない」で知られる、最も核となるキツネとの対話のシーンで、どうもしっくりこない言葉遣いがあった。具体的には「なつく」「ならわし」の二語で、特に前者は、物語の中でもキーワードになってくる言葉。これについて、再度本屋に行って確認してみた。

一読した感じでは、2語とも、倉橋由美子訳がしっくり来る。池澤夏樹に至っては、「飼い慣らす」!
このシーンでは、キツネが王子さまに「おねがい・・・なつかせて。」と頼む場面があるのだが、「なつかせる」でも気持ちが悪いのに「飼い慣らす」では、さらに奇妙。
ところが、検索してみると、この問題は、古くからある話のようだ。

 議論百出、永久に結論は出ないだろうと思われる“apprivoiser”。第21章中に15回出てきます。新訳はどのように日本語化したのでしょう?
 “cre'er des liens”“rites”も重要な意味を蔵しますし、それぞれの前後で apprivoiser の対象が変わったりしますから、区切りの意味も込めて翻案を比較してみました。

上のページでは、もともとの訳者である内藤濯も含めて12人の訳が比較されている。
ここでは、自分の感覚同様「飼い慣らす」は"落第”の訳ということになっているが、その落第回答を敢えて選んだ池澤夏樹のインタビューもweb上で読める。

「その言葉を、その言語では、どう定義しているのか。たとえば『星の王子さま』に出てくる、とても重要なキーワードにapprivoiser(アプリヴォワゼ)があります。僕は“飼い慣らす”と訳しましたが、日本語の飼い慣らすとは、少し違う。そのまま対応する言葉が、日本語にはないんです。飼い慣らすというのは、上下の感覚があるでしょう。上に立つものが下にいるものを飼い慣らすという。アプリヴォワゼは、その感じがあまり強くありません。積極的に働きかけて、よき仲を作ろうと意志する、みたいな感じかな。“仲良くなる”というのとも違うんです。“仲良くなる”のは、ほっとけば自動的になるわけでしょう。そうではなく、仲良し関係を育て上げる、というような。仲良くなることを提案して、実行して、仲良しになる……こうやって説明していくとキリがないんですけど(笑)」

というわけで、それぞれの訳者が、考え、苦しみながら選んだ言葉であるようである。(当然か。)
普段、翻訳本を読むことがあまりないせいもあって、訳のことなんてあまり考えもしなかったが、今回は、ちょっと面白かった。
 
内容については、いまさら僕が説明することは無い。が、「いちばんたいせつなことは目に見えない」という言葉は、思っていた以上に深かった。これについては、訳者あとがきで以下のように触れられているのが心に残る。

二度ともう会うことができなくても、王子さまの「笑う星々」のように、空を見て、星を見て、その人の笑い声や笑顔を思い出すことができるなら、そのとき人は、どれほど心をなぐさめられ、生きていく力を与えられることだろう。
生者は死者によって生かされ、死者は生者によって生き続ける − ふと、そんな言葉を思い出す。生は死と、死は生と、ひそやかにつながっている。

これは、実は、メーテルリンク『青い鳥』で感動した台詞のひとつと似ている。

どうして死んでしまっているものかね。お前たちの思い出の中で立派に生きてるじゃないか。人間はなにもものを知らないから、この秘密も知らないんだねえ。(P46 「どうして会えるの?おじいさんたち死んでしまっているのに。」というチルチルに答える妖女)

遠く会えない友人も、二度と会えなくなってしまった人も、いつだって会うことができるし、心の支えになるのだ。一度「仲良くなって」(apprivoiser)いれば。
この部分や、繰り返し言及される現代人への揶揄も含めて、『星の王子さま』と『青い鳥』は似た話だ。
冒頭のエピソードや、サン・テグジュペリ自身による挿絵のせいもあって、『星の王子さま』の方が有名な気がするが、わかりやすい内容なのは『青い鳥』だと思う。
どちらもとても含蓄のある本だった。
だから、もっと早く読んでおきたかったなあ・・・と悔やまれてならないのだった。

*1:先日32歳となりました。歳をひとつ重ねても実感が全く沸かなくなってきました。