Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

「顔」と読書の関係〜保木邦仁×渡辺明『ボナンザVS勝負脳』

最近は、顔をよく知っている人の本を読むのが楽しい。
顔や声を知っているだけで印象が全く違うように思う。
ブログで取り上げた本では、例えば、桑田真澄。そして、小説家の中で最も長い時間をかけて著者近影を見ている*1綿矢りさ
本を読むときに、作者の実体を探りながら読んでいるからなのかもしれない。それが分かると、安心して読める。勿論、文体やテーマの癖も一度読んだことがある作家であれば、イメージを持つことができるが、顔はそれ以上に大きい。顔の印象から受け取るものは相当に大きいのだろう。40過ぎたら、自分の顔に責任を持てと言われるのもわかる気がする。


さて、電王戦を知るまで、顔を知るプロ棋士羽生善治三冠しかいなかった。その他は米長邦雄中原誠をぼんやりと知っていたがその程度。
だから当然、ちょうど昨日二冠となった渡辺明竜王のこともほとんど知らなかった。
渡辺新王将誕生!96年羽生3冠以来の20代戴冠

しかし、米長邦雄永世棋聖ボンクラーズ戦終了後の渡辺竜王の表情とコメント(米長先生と戦ったことはあるが「全盛期」がどの程度の強さだったのか知らない…という内容)が強く印象に残り、すぐに顔を覚えた。
自信に溢れて「不遜」な感じ。
それが、自分の渡辺竜王に対する第一印象だった。ちなみにこんな感じの顔↓*2


この本はコンピュータ将棋界に革命的変化をもたらしたボナンザ開発者の保木さんと渡辺竜王の共著で、中盤の対談部分を挟んで、二人が二章ずつを担当する内容となっている。保木さんの顔は知らないのだけれど、本を読んだ印象からすれば、二人は似た者同士で、保木さんも、自信に溢れて不遜な感じがする。


詳しいことは省くが、ボナンザは、コンピュータチェスを応用した全幅探索と機械学習(評価関数のパラメータの自動生成)等、それまでのコンピュータ将棋が取らなかった方法によって短期間に強くなったところに特徴がある。
だけでなく、米長邦雄永世棋聖に勝ったボンクラーズは、ボナンザをベースとして作られている等、後発のソフトにも大きな影響を与えている。


渡辺竜王は、2007年の対決でボナンザに勝利したものの、ボナンザの実力を認め、「一発勝負ならプロに勝つ可能性が十分にあるレベルに達している」(p85)と言う。
しかし、その一方で、ソフト開発者側だけでなく、プロ棋士側にも、いつ追い抜かれるのかと感じている人がいることを挙げ、そんなことはない、コンピュータに負ける気がしないという。それは、今のプロがさしている将棋がこれまでの歴史を振り返っても、最高と言える水準で指していることを理由のひとつに挙げている。ことあるごとに名前が出てくるが、「人類が到達しうる限界点に近い強さの将棋」(p162)を指す羽生さんと、それに近い実力を持つ人間が切磋琢磨しているところに、コンピュータが勝ちまくるということは想像ができない、というのだ。そして、ファンのためにも、どんな状況になってもコンピュータに勝ち続けるつもりだという気持ちの部分も大きいようだ。


対する保木さんは、やはり自らのやり方に強い自信を持っている。
2006年5月に出場した世界コンピュータ将棋選手権で、低スペックのノートパソコンながら初出場で初優勝したことに対して、まさか優勝するとは思わなかったと呟く一方で、次のようにも書いている。

残念だったのは、選択的探索を用い、時間をかけて、多分プロ棋士など実際に将棋を熟知した熟練者の助言を得ながら組まれたであろうその他のソフトとはまったく違う単純な手法を用いているにもかかわらず、皆と同じレベルにしかならなかったという点だ。まったく弱いか、あるいは群を抜いて強いか、どちらかになりそうなものだが、そうはならなかった。「そんなものか」と思ったものだ。p32

同じレベルに過ぎなかったことに「やや愕然とした」とまで書いているのだ。それほどまでに全幅探索と機械学習に自信を持っていたというのが凄い。
さすが、米長永世棋聖ボンクラーズ対策(6二玉)を授けるほどの人だ。


こう書いていくと、保木さんの「顔」も見たくなり、Youtubeで検索すると、TEDxKidsでスピーチを披露しているではないか!!


文章から抱いていたイメージと異なり、優しそう!そしてプレゼンが不得意そうなところはとても好印象!
また読み返すとだいぶ印象が変わるかもしれない。


電王戦の良いところは、コンピュータ将棋側の開発者も含め、参加者のインタビューなどで、それぞれの「顔」を大事にしているところ。
実際、自分のように羽生さんしか知らない人が電王戦参加棋士の名前を、そして顔を知っているわけもない。でも、映像を見ただけで、戦いの行く先を観ずにはいられない。そんな気持ちになっている。3/23まであと2週間。本当に楽しみだ。予告編↓

*1:念のためですが、冗談ですよ!

*2:2カラーせんせいで描きました