Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

ロミとジョージ〜手塚治虫『火の鳥(6)望郷編』

火の鳥 6・望郷編

火の鳥 6・望郷編

「望郷編」は、「復活編」で描かれた「一人の人間の生命」ということから離れて、「種族を残す」というテーマから始まる。
本編の主人公のロミ(♀)がエデン17という星でやろうとしたことは、「黎明編」で、ヒナクがクマソの再興のために1000人の子どもを産むと意気込んでいたくだりを思い出させる。
ヒナクのときには、夫(グズリ)との子を何人ももうけ、子どもの一人(タケル)が何とか外界に出ることで、その願いを後の世代に繋げることができた。しかし、ロミは夫(ジョージ)を事故で失い、無人島ならぬ無人星「エデン17」でたった一人。
そこで、冷凍睡眠という科学技術を使って、生まれた息子(カイン)の成長を待ち、その子どもを産むことで血を長らえさせる、それがロミの望みだった。
しかし、カインとの間にできた7人の子は男の子ばかり、カインも事故が原因で先に死んでしまい、息子たちは兄弟の一人を殺そうと計画していることを知り、ロミは先が見えなくなり諦めかける。
それを見かねた火の鳥が助け舟を出す、という、やや異例な展開が「望郷編」の面白いところ。
その後は、これまでに登場した「火の鳥」+αのキャラクター達が登場する、いわばオールスター編でもある。

  • 火の鳥が頼り、その後、エデン17の発展の礎となったのは不定形生物であるムーピー(「未来編」に登場)。
  • さらに、繁栄したエデン17から抜け出したロミとコムが、地球を目指して旅する中で出会ったのが牧村(「宇宙編」に登場)。
  • 地球に到着したロミとコムが警察から追われるのを手助けするのがチヒロ(「復活編」に登場。ただし型番は異なる)。
  • 死ぬ前に、もう一度、子どもの頃に見たような美しい自然を見たいというロミの願いを叶えるのがブラックジャックそっくりのキャラクター(ガラガラ蛇のサリー)。

牧村との繋がりで考えると、「望郷編」の後日譚が「宇宙編」という繋がりになる。また、チヒロが登場してロビタが出ないことからすると、「復活編」よりは前の話と言える。これは未来と過去を行ったり来たりして現代に近づくという『火の鳥』全体の当初構想の通りに話が進んでいることを示している。
なお、ムーピーと火の鳥の会話から、両者は過去に会ったことがあることが示唆されるが、これは「未来編」が「黎明編」に繋がる構造となっているためだ。
ということで1巻から6巻までの流れは、以下のようになる。(番号は朝日出版社verでの巻数)

(「2.未来編」)
 ↓
「1.黎明編」
 ↓
「3-1.ヤマト編」
 ↓
「4.鳳凰編」
 ↓
(現代)
 ↓
「6.望郷編」
 ↓
「5.復活編」
 ↓
「3-2.宇宙編」
 ↓
「2.未来編」


望郷編では、現代(1900年代の終わり)を、このように否定的に振り返る場面が出てくる。

地球が宇宙のどの星より美しい すばらしい星だなんて
もう何百年か昔の話さ…
いまの地球はどんどん悪い方へ つっ走ってるんだ
もう手おくれなんだよ
何百年か前…
そう1900年代の終わりの頃だ
人間は口では地球を大切にしようなんて
のたまわっていたそうだが…
結局 口先ばかりだったんだ
いずれ地球も滅びるぜ
p284


実際、その頃の地球は、人が溢れすぎて、宇宙移民の受け入れを拒否するような事態になっていた。その状況を知り、地球訪問を熱望するロミに対して「地球は手遅れだ」と言った牧村でさえ、いざ地球に戻って夕日を眺めて心を動かされる。

夕焼けか…
ふしぎだ…
夕日なんて子どものころに見たおぼえはないはずなのに
たまらなくなつかしいのはなぜだろう?
おれの遠い遠い祖先が夕日を毎日ながめてくらした記憶がおれの心につたわっているのかなあ…
p365

夕焼けを見て感動するシーンは、他の話(復活編、乱世編など)にも出てくるので、それらとの関係を暗示しているものかもしれないが、ふるさとを思う「望郷」の思いは、記憶とは無関係で本能的なものであるということなのだろう。
しかし、ラストシーンでは、また違った形での「望郷」が描かれる。
地球で命を落としたロミの体を、牧村は、ロミとの約束通り、荒廃したエデン17に返しにいくのだ。エデン17の歴史は短い期間で終わりを遂げ、また別のところでノルヴァの子どもたちが新しい歴史を始めようとしている。この状況で、種族としての本能や歴史を超えて、愛が育った場所への「望郷」の思いが描かれるのが「望郷編」ラストでの印象的なところだ。
ここで、「星の王子様」の一節を朗読したあと「さようなら、おくさん」と声をかける牧村は、あくまで“ジョージの妻”としてロミを弔い、ジョージとロミという故人同士の会話で物語は終わる。


シリーズの他の作品との比較で言えば、「未来編」が、時間的に長い視点から俯瞰して人類の歴史を見たのとは対照的に、空間的に広げて、さまざまな厳しい環境にある地球外の星の様子から、地球の美しさを称え、宇宙人の視点から、地球人類の歴史を俯瞰するのが「望郷編」といえる。滅びてしまったエデン17の歴史は、いわば地球の歴史のミニチュアであり、手塚治虫は「未来編」で地球人類を滅亡させたのとは同様、悲観的な未来予想を他の星で描くことで、現代社会に警告を発している。その意味では、「未来編」同様の手塚治虫テイストが出ているが、ロミとジョージの愛で、苦味が和らげられていて読みやすくなっている。
火の鳥』のシリーズでは、いずれも男女の愛が描かれているが、冒頭ですぐに死に別れてしまう「望郷編」は、故郷への想い、故人への想いが合わさって、シリーズの中でも非常に美しい物語になっていると感じた。
なお、「望郷編」は、まず前身となるCOM版があり、これを全面的に書き直したあとにまとめられた単行本も、出版社によっては内容に大きな違いがあるようなので、少し他のバージョンも読んでみたい。


なお、この「望郷編」でも、コムが牧村に撃たれて片腕を失うシーンがある。「火の鳥」登場キャラが腕を失うシーンについては、また今度まとめておきたい。