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そして王になる〜小野不由美『月の影 影の海(下)』

月の影  影の海 (下) 十二国記 1 (新潮文庫)

月の影 影の海 (下) 十二国記 1 (新潮文庫)

陽子が景麒に再開するのは、結局下巻のラスト!長かったが、意味のある長さだった。
物語は、以下のように流れる。

  • 楽俊との出会い
  • 雁国に向け出発、楽俊との別れ
  • 雁国に到着、楽俊との再会
  • 雁国に住む海客・壁落人との会話
  • 楽俊との会話の中から陽子が慶国の王(景王)であることが明らかに。
  • 宿の近くで妖魔に襲われたところを延王(尚隆)に救われる。
  • 玄英宮にて、延王、延麒(六太)、陽子、楽俊で状況整理。
  • 景麒を取り戻すため、慶国征洲の州都維竜に向けて出発。
  • ラストで無事、景麒と再会し、契約を結ぶ


日本の平凡な高校生だった主人公が、突然異世界に連れ去られ、「あなたはこの国の王になるお方だ」などと言われる。ゲームや漫画などでは、よくある設定なのかもしれない。
ここで、「そうか、わかった」と、王になることを簡単に受け入れるのであれば、物語のリアリティは一気に下がってしまう。
お話とはいえ、「元いた世界を捨てること」「見知らぬ世界で王になること」は、到底受け入れられない頼みだ。それだけに、この物語では、陽子にひたすら考えさせる。
一人で旅をしていたときは、「(居場所がなくても)元の世界に戻るべきか」「死んだ方が楽になれるのではないか」ということを自問自答し続けたのにもかかわらず、その後、楽俊から自分が慶国の王であることを知らされ、また、(自分と同じく)胎果である延王からアドバイスを受けても、自分にその資格があるかどうかを自らに問い続ける。
水禺刀を使って、妖魔を使って自分を襲う塙王の真意を探ったときのシーンが、すぐに他人の心を慮る陽子の考え方の特徴を良く表している。塙王のあまりに身勝手な考え方に、普通だったら怒りが湧くところだ。

(塙王が塙麟に向かって話す言葉)「延や宗にいまさら張り合おうとも思わぬよ。だが、慶は別だ。慶は巧よりも貧しい。これで新王が践祚(せんそ)して、巧よりも豊かな国になったらどうする。巧だけが貧しいままで、儂だけが愚帝と言われることになったら」
(略)
どれだけの人が巻き添えになって命を失ったか。これで巧国が滅べば、被害はその比ではないだろう。
…人はおろかだ。苦しければ、なお、おろかになる。
延麒の声がよみがえった。
雁国と奏国にはさまれて。延王を宗王を意識して。たかだか五十年と彼は言ったが、彼にとってはどれほどにか長い歳月だったのだろう。
そしてこれは陽子がいつ踏み込んでもおかしくない道だ。雁国と奏国にはさまれたのは慶国も同じ。塙王と同じことを陽子が考えないと言えるのか。
「...怖いな」
陽子はつぶやいた。
「ほんとうに怖い……」
p233


このように『月の影 影の海』は、下巻で登場人物が増え、会話が増えても、陽子一人の心の整理のための物語だった。逆説的に言えば、陽子の決心のために、景麒は囚われ、慶国は荒れ、賢帝と愚帝、栄えた国と、滅びつつある国の双方(雁国と巧国)が登場したといえる。
さまざまなことを経て、陽子が成長し、自分が王になることを受け入れる、その過程を丁寧に書いたが故にホラ話は読者にとって真に迫ってくる話になった。
これでやっと物語は始まったところだが、次の舞台は、陽子、尚隆、六太以外のもう一人の胎果のいる戴国に移る。慶国の話の続きが気になるところだが…。