Yondaful Days!

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改めて学ぶための一冊〜永幡嘉之『原発事故で、生きものたちに何がおこったか。』

原発事故で、生きものたちに何がおこったか。

原発事故で、生きものたちに何がおこったか。

東日本大震災時の福島第一原発の事故。
これについて語るとき、通常はまず放射能による影響についてを第一に考える。この絵本で取り上げられるのは「生きものたち」だが、読む前は、漠然と「放射能の本」なのかと思っていた。
しかし、自然写真家・永幡嘉之さんの書いたこの本では、変化の要因を二つに分けて考える。

自然界には大きな異変がありました。
ひとつは、里山の変化です。人がくらせなくなった農地には、外来種の植物が広がりました。(略)
もうひとつは、放射能による生物への影響です。

言われてみればその通りで、放射能よりもまず人がいなくなったこと、水田を放置したことによる里山環境の変化が大きい。
表紙下段は水田地帯を埋め尽くした外来種のセイダカアワダチソウ。表紙上段のイノシシは市街地をわがもの顔で歩き回るイノシシ。現在、避難指示区域には、他にもニホンザルやアライグマ、ノスリ(ワシの仲間)がかなり増加しているという。
放射能の影響をあれこれ言う前に、人の営みが変わったことで、現地の生態系は大きく影響を受けているのだ。
さらには多くの動植物がすんでいる地面から10センチという表土をはぎ取る「除染作業」。これによって、除染地域の生態系は一度リセットされることになる。また、中間貯蔵施設のために山林を切り開くことによって、さらに自然は縮小する。
これらは全て放射能の影響ではない。見逃しがちだが、まずはここに目を向けなければならない。


一方の放射能について、作者は冒頭で、テレビ局の記者から「角の曲がったカブトムシが見つかっています。これは放射能の影響ですよね」と、質問されたときのことを書き、即座にこの影響を否定する。脱皮したばかりの昆虫は体が柔らかく、「角が曲がること」は普通に起こることだからだ。
かといって、放射能の影響自体を否定することはない。特に「影響は、小さな生きものには、明らかに生じている」ことを強調する。ヤマトシジミという蝶に奇形が出ているという研究論文については、その中身と研究者について詳しく書かれている。
しかし、人間も含め、大きな生きものへの影響はまだわからない。だから「調べ続ける」というのが作者のスタンスで、「安全だ」とも「危険だ」とも安易に結論づけない。一番難しい「中立」のスタンスから積極的な情報収集・情報発信を続けて行こうとする永幡さんの行動力を尊敬する。


また、「影響」は「完全にブロック」などされていないことにも気を付ける必要がある。

人は放射線の線量を測り「ここは高いから入ってはいけない」「ここは低いから立ち入り可能」と線を引きます。しかし、鳥たちは空を自由に行き来するので、放射線の影響は避難指示区域の外にも広がってゆくことが予想されます。

とあるように、どの程度の危険性なのか判断できないにしろ「影響」は広がっていく。
そういった影響も含めて、自分たちは、大学研究者や地元自然愛好家による研究成果によく目を向け、少しでも「正しい」現状把握に気を付けて行かなければならないと気持ちを新たにした。

補足

上の文章は、最終的に、放射能の影響についてを重視するまとめ方をしているが、日経新聞の記事を読むと、永幡さんは、むしろ農業従事者が激減する限界集落里山への問題意識も強いようだ。放射能の影響も怖いが、里山の荒廃も現在進行中の重大な問題だ。都心に住んでいると、目を向けにくい問題なので、継続して勉強して行きたい。

里山の「豊かさ」という言葉は社会の至るところで使われていたが、カエルもアカトンボも失われた大地を歩くと、改めて水田が果たしていた役割が分かる。すでに侵入している様々な外来種のいくつかは制御不能なまでに増殖した。人が住めなくなった土地では、大地は本来の自然に戻るのではなく、全く別の、単純化された姿になる。その教訓をいかに国全体の政策に反映させるか。問いかけながら、調査の日々は続く。