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ストーカー問題の真の解決とは?〜小早川明子『「ストーカー」は何を考えているか』

「ストーカー」は何を考えているか (新潮新書)

「ストーカー」は何を考えているか (新潮新書)

シンガーソングライターの女子大学生が、東京都小金井市でファンの男に刃物で刺された事件があり、これをきっかけに少しストーカー問題について勉強しようと考えて本を読んだ。

加害者治療の必要性

作者の小早川明子さんに興味を持ったのはラジオ番組がきっかけだが、そこで加害者に対するカウンセリングの必要性について説かれていたのが印象的だった。

本の中でも、残念ながら相談者が命を落としてしまった事例として挙げられた逗子事件での被害者の夫の言葉が胸に刺さる。

「もし妻が殺されず、相手も死なずに捕まっても、ずっと狙われたでしょう。生きるも死ぬも地獄、一生、隠れて生きるしかないのか?加害者の治療と更生がなければならないのでは……」p135


加害者側に実刑がついたとしても、被害者は安心できない。
つまり、刑務所に入っている間は「いつ出てくるのか」と不安に絶えず悩まされ、出てきてしまったら、いつ自分の居場所がバレるのか、いつ目の前に現れるのか、に気を病むだろう。
本文中でも、「ストーキング依存症者はバランスシート上の公平にこだわる」(p91)という話が出てくるが、自分が不幸になった分だけ、相手にも不幸を感じてもらわないと釣り合わない、と「ストーカー」が考えるのは容易に想像ができるからだ。


一方で、加害者側の心理的状況は、アルコールや薬物などの依存症に近いのかもしれないと思って読んでみたが、ストーカーは、相互コミュニケーションの不備(一方的な思い込みも含む)から依存が始まる点が、他の依存症とは大きく異なる。
小早川さんのところへの相談事例では、元交際相手か元配偶者を追い求める「破恋型」が8割を占める(p62)、ということで、*1むしろストーカー被害の加害者・被害者の関係になる前は、もともと心が通い合っており、何かがきっかけとなって、悪感情が増大していくケースが多い。その意味では、アルコールや薬物依存症と比べれば、コミュニケーションの具体的な問題点を突けば、依存症から脱出することは難しくないのではないか。

したがって、被害者側の不安を考えても、加害者側の病的な状況を考えても、ストーカー問題の解決は、警察関与による物理的なものではなく、加害者のカウンセリングが有効なのではないかということが書かれており、非常に共感できる。
この本の冒頭で小早川さんは次のように書いている。

私が考えるストーカー問題の真の解決とは、「加害者が加害行為を止め、相手との問題から離れ、自らの持つ根源的な動機(孤独や弱さ)や病態(依存症)に気づき、それらから解放され、新たな方向に歩き出すこと」です。p10

誰もが必要としている「特殊解」

解決を考える上で、この本で繰り返し使われるのは「一般解」「特殊解」という言葉。

ストーカーは相手に対して「疑問」や「疑念」、「要求」を抱いていて、その回答を相手から直接得ようとして「追及」している。その現れがストーキング行為であるように私には見えます。
回答が得られないかぎり、ストーキングは継続します。乾いた人間が水以外のことを考えられなくなるように、周囲の一般的な正論、「一般解」には見向きもしない。「もっといい人を探したら」、「過去を忘れて前向きに生きれば」などとアドバイスしても意味がありません。彼(彼女)らが渇望しているのは、相手からの個別で具体的な回答、つまり「特殊解」なのです。p6


「一般解」については、第7章で被害者から相談を受けた場合の対応についても取り上げ、以下のような一般解的なアドバイスは、実質的にはほとんど意味がないと厳しい言われ方をしている。(p189)

  • 経験論にもとづく、現状のままでも実現可能な、最も抵抗の少ない解決策
  • 一時しのぎ、成り行きまかせ、様子見、分析にとどまる意見など、現状を変えることにはならないアドバイス
  • 「距離を置いたら」「メアドを変えたら」「警察に相談したら」といったアドバイス


したがって、相談を受けた場合に取る態度は、以下(p191)のように「特殊解」を探る方向に向く必要がある。(すでに専門的なカウンセリングの範疇に入っている気がするが…)
1.何が起きたのか、時系列の話と背景となる人間関係を聞き出す。
2.何が一番問題なのか?
3.どうしたいのか?(離れてもらえばいいのか、処罰を求めたいのか、慰謝料をもらいたいのか、など)を聞く


少し話がそれたが、このように、加害者側も被害者側も、問題を解決するために「特殊解」を必要としている一方で、それでも、ついつい現状維持を前提とした「一般解」に向いてしまう弱さがあることも指摘されている。
こういった部分は、どんな人にも共通することがあるように思う。自分も「解釈の世界」にとどまるタイプなので、しっかり自分の「問い」を理解するようにしたい。

自分の気持ちに気づくというのは実は怖いことで、気づきたくないがために心理系の本ばかり読む人は大勢います。なぜなら、解釈の世界にいる限りは安全だからです。
しかし、気づきとは解釈ではなく、理解することです、つまり本当は「問い」を解くことではなく、「問い」を理解することが解決なのです。私と二人三脚で、こだわり続けている「問い」に対する解答(特殊解)を得て、そこで初めて本当の答えは自分の外側ではなく、内側にあることを理解できるようになる。その気づきは出産にも似て、助産師が必要です。私の仕事はそうしたものです。p170

嫌いな人問題と恋愛

なお、自分の中では、定番のテーマとなっている「嫌いな人問題」については、中学生くらいで、「人を嫌いになること」を掘り下げて教えた方がいいというのが最近の自分の持論だが、同じくらい、「人を好きになること」も真面目に教えた方がいいと思った。
本の中でも、ストーキングの被害に遭わないための予防策として「安易な出会いは避けること」「交際中に辛くなったら、早めに別れる気持ちを持つこと」(p187)が挙げられているが、特に別れ際を曖昧にしたことがストーカー被害の原因になっている事例が多いことがよく分かった。
また、別れを告げる前の段階で、交際していることそのものが相手(加害者側)の憎しみを増大させている場合もある。

見栄えのする相手を選びながら、自分にはないものを持っていることに日々劣等感が刺激されて傷つく。好きだけれど憎い、という当人も予想外の心理に陥ってしまう。(p64)

ということは、つまり、人を好きになることは、相手に委ねることでも支配することでもなく、相手の努力をサポートしつつ、自分も努力し前に進むという相互の自己実現が含まれていないと破綻してしまう。相手を信頼する気持ち、尊敬する気持ちが土台にあることを肝に銘じておかなければならない。
小早川さんは「恋愛をした責任は双方にある」(p195)と書いているが、まさにその通りで、相手が自分を嫌いになる可能性を認め、いつ「別れたい」と言われても、そういう相手の気持ちを尊重する程度に人間的に成熟していなければ、どんな関係からも容易にストーカー問題が生じうる。
そういう意味では、リアルな相手であれば、ある程度時間をかけて信頼関係を醸成する部分をすっ飛ばすサイバーストーカーの問題が進行が速いのも分かる。
自分の子ども世代は、リアルな人間関係とネット上の人間関係を並行して学んでいかなければならないだろう。

恋も友情も、両方で薪をくべないと消えてしまうもの。自分だけ一生懸命に火をおこそうとして、相手が応じないと文句を言うのは筋違い。(p71)

おわりに

実際には、ストーカーの分類や、現行のストーカー規制法の問題点、女性ストーカーについてや病態の分類、警察の役割とカウンセラーの役割など、多岐に渡る内容だったが、また他の本を読んだときに整理してみたい。
自分がこれからストーキングの被害に遭うということはあまり想定していないが、やはり子どもたちが遭う可能性は十分にある。「人を好きになること」は、とても素晴らしいことだが、人の感情は移ろっていくものであることをお互いが知った上で、相手の判断をお互いが尊重できることが前提だ。そういう基本的な部分は、ちゃんと勉強していって欲しいし、折に触れて伝えていきたい。

参考記事

A太のように、SNSでのやりとりで相手を好きになるケースは多い。リアルで知り合った相手でも、やりとりの大半がSNSということも多いようだ。SNS は情報が十分に得られる一方で、本心を隠すことも難しくない。自分側で関係性をコントロールしやすく、若者にとってコミュニケーションが“楽”なのだ。

インターネットの発達に伴い、人と人とが瞬時につながることができるようになり、私たちは多くの人と広く知り合うようになった。しかし、それがかえって本 来の人間関係を形骸化し、無味乾燥なものにしている。表面的な知り合いや友だちはたくさんいるが、果たしていざとなった時に親身になってくれる人がどれだ けいるのか疑わしい。

言ってみれば、アイドリングの時代が長くって、なかなかドライブに入るっていうのに時間がかかったんですけど、このサイバーストーカーの場合は、そういった人間的な関係を持った背景がすごく薄いので、その動機の部分が非常に希薄なんです。
なので、欲求が入ったら、すぐドライブが入って、一気に悪化するというスピードの速さがやっぱり一番怖いですよね。

*1:著名人を一方的に好きになる「ファン型」は、言葉としては使うが、実害が出ているケースはそれほど多くないようだ。ただし一方で、今回の事件のように、SNSなどでの知り合いにつきまとう、新たなタイプのストーカー:サイバーストーカーが増えているというのは気になる。https://mail.google.com/mail/u/0/?tab=wm#drafts?compose=1554f588ee04d4f6