Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

サブキャラクター達の思惑〜山岸涼子『日出処の天子』(6)

日出処の天子 (第6巻) (白泉社文庫)

日出処の天子 (第6巻) (白泉社文庫)


全体の流れを見ると、この巻では、ひとりのサブキャラクターが非常に重要な役回りを果たしていることに気がつく。

  • 王子に傾き火のつきかけた毛人の気持ちを、一気に布津姫の方に向かわせたのは誰か
  • 倉梯宮炎上の中で、布津姫を選んだ毛人に絶望した王子の弱みにつけこんだのは誰か


それは新羅から来た厩戸王子の舎人である淡水。


大陸出兵の場面で毛人はこう言う。

淡水…不思議な男だ
(略)
これといって厩戸王子にまといついているわけでもないのに
王子の大事な時は必ず姿を現すし
この男 何を考えているのだろう
p57


斑鳩宮で襲われて、毛人が王子への気持ちが高まった際には、セリフはないが、常に毛人の方に視線が行っている様子が繰り返し描かれ(p161、p164)、その後、一気に毛人の気持ちを冷えさせた問題の「布津姫が病気」発言。
倉梯宮で毛人が王子ではなく布津姫を選ぶシーンと合わせて、王子の2度の絶望の場面に淡水が深くかかわっていることが興味深い。


そして、倉梯宮炎上〜新嘗祭の間の二日間。

わかっている
あなたが我を忘れたのはあの二日だけだ
それでいい
(7巻p10)

と振り返るが、髪を下して涙を浮かべる王子に淡水が口づけをするシーンは生々しい。
勿論、大王になってもらうことが淡水の夢であることは分かっていたが、「あの二日間」と、そこに持っていく様々な「仕掛け」のことを思うと、淡水の王子への想いの強さに改めて気がつく。
地味でしかも昏い光ではあるが布津姫に対する駒の恋心など、サブキャラクターの恋愛感情も、この物語を大きく駆動する力となっている。

鼻の描き方

先日、『ポーの一族』の感想で、鼻の描き方について言及したが、この巻では、鼻の稜線を描かずに斜線の影で鼻の高さを表現している絵が多い。緊張感の高まる場面が多く、手に汗握る。
だけでなく、下の一番左などは、天野喜孝を思い起こさせる。

全体の流れ

お酒を飲んだ帰り道に、駒ら山賊に襲われる毛人。剣であと一突きという危機に、火雲(笛)を吹く厩戸王子の姿が。王子が呼び寄せた鬼から山賊たちは逃げ出し、残った駒は、王子に暗示をかけられる。
一仕事を終え、ご機嫌のまま王子の肩に手をかけようとするヨッバライ毛人。そんな毛人に王子が何かを言いかけたときに調子麻呂、淡水、海部羽嶋の3人が来て言えずじまい。


大陸への出兵に乗り気でなかった大王が、蘇我寄りの者を中心に出兵の詔を出す。これに関して王子の意見を聞くため、馬子は渋る毛人を連れて刀自古の家に行く。
王子は、先日音を出すことができた毛人に、火雲を吹いてみよと命じるが、音は鳴らない。
出兵については、任那再興のために馬子が総大将になるという展開にして大王にプレッシャーをかけ、さらにその先の行動を起こすよう馬子に示唆する。


591年(崇峻4年)11月 出兵
592年(崇峻5年)正月 山背王子誕生
592年(崇峻5年) 厩戸王子 池辺宮から斑鳩に居を移す


王子引っ越しの際に、母の間人媛が5巻で再婚した田目王子との間に子を妊娠していることが発覚し、王子の母への憎しみが強くなる。
斑鳩宮を初めて訪れた毛人。その晩泊った毛人のもとに王子がキスをして帰る。毛人はモヤモヤした気持ちのまま、王子と刀自古のもとに行き、初めて山背王子と顔を合わせる。機嫌のいい王子は、山背王子を「大王の位に」と発言し、毛人はショックを受ける。


その後何度も斑鳩を訪れる毛人。毛人もいるある晩、斑鳩は大王の刺客たちの襲撃を受ける。
地下の隠し部屋で二人きりになった王子は、「毛人、好きだ」と気持ちを伝え抱き合い口づける。
刺客らが処分されたのち、毛人は自分の王子への想いを積極的に認める。

あのめくるめく愉悦感…今思い出してもこの身が震える


しかし、そこに訪れた馬子らに対して、淡水が布津姫が病気であることを口にし、毛人の王子への想いは霧消し、またも王子は絶望する。

え…毛人…
い 今、この手に掴んだと思った光が射干玉(ぬばたま)の闇に変わる

そして、布津姫のことを憎む王子は、自分の手で布津姫を死に追いやることを決意する。


悩んだ挙句、爺に頼み込み、倉梯宮(後宮)の炊屋(かしきや)に忍び込む毛人。そこで於宇(トリカブト)を持ち込んだ王子を見かけ、これまでの王子の行動の一端を知る。
一方、トリカブトの件で、大王は毒殺を図られたと蘇我氏に向けて挙兵することに。対抗する蘇我氏は兵を集め、松明で兵を多く見せ、夜襲は無し。翌朝、額田部女王、蘇我馬子厩戸王子で倉梯宮を訪れ誤解を解き、戦乱を避けることができた。


蘇我氏への鬱憤がたまる大王は、紅葉の宴で、三国(福井)から献上された猪を見て「誰ぞの首も打てたら」と暴言を吐く。これが馬子の耳にも入り、運命の時を迎える。


592年11月 東国の調(みつぎ)使いが大王に献ずる場で、崇峻天皇暗殺


暗示をかけられた駒が手を下す予定だったが失敗し、混乱した現場で王子が大王を殺害。
さらに、布津姫に手をかけようと、白髪女(しらかみめ)を刺し、布津姫も、というところで、毛人に見つかる。王子の涙を見て、ここでやっと王子の自分への気持ちに気がつく毛人。しかし、毛人の出した答えは…

「わたくしを この毛人めも殺して下さいませ!」
「毛人…ああ毛人!
これがそなたの答えなのか!
では…わたしはいったい
わたしはいったい何のためにここまでやって来たのか」


事件後、王子は淡水と二日間を過ごし、毛人は布津姫と過ごす。
11月末の新嘗祭は、厩戸王子の即位式大嘗祭)になると思われたが王子は現れず、額田部女王が式を執り行うことに。


なお、p112にて膳美郎女(かしわでのみのいらつめ)が初登場。