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地割れに涙する〜山岸涼子『日出処の天子』(7)

日出処の天子 (第7巻) (白泉社文庫)

日出処の天子 (第7巻) (白泉社文庫)


最終巻の見どころは、前の巻で一度答えが出ているのに(何なら4巻の雨乞いの時点でも毛人は布津姫を選んでいるのに)、再びアタックする健気な王子。
そこから始まる王子×毛人のラップバトルのような口論では、王子が「毛人は自分のことを好きでなくてはならない」式の攻め方をしてしまい、途中で自分でも筋の悪さに気がついていくのが悲しい。
そして論破された王子の感情が地割れで表現される日本漫画史上に残る名シーン…!


ところで、美郎女(みのいらつめ)登場以降、王子が繰り返し見る悪夢や、悟ったような台詞「すべて無駄な事だ 無駄な事とわかっていて それでもわたしは活きてゆく」、さらに、続編の『馬屋古女王(うまやこのひめみこ)』を読み解くには、少し歴史的知識を前提にする必要がある。
Wikipediaが詳しすぎるので、シンプルでツボを押さえたpixiv百科事典「上宮王家」から引用する。

聖徳太子以降の血族が朝廷の宰相役の『大臣(おおおみ)』より上位の官職『大兄(おおえ』を太子の血族(家系)が敬称、以降の大王(読:おおきみ、後の天皇)の皇位継承最上位を独占し、政治的指導の職も独占した時の太子の家族の通称。

(中略)

なお上宮王家は王家の子息山背大兄王蘇我入鹿など蘇我氏が追い詰めてしまい、結局山背大兄王とその一族が法隆寺に立てこもり自害することになり、王家は壊滅する

山背大兄王の訃報を聞いた蘇我入鹿の父の大臣蘇我蝦夷は、息子の入鹿一味の所業に激怒した。

その後、蘇我蝦夷は自分の家に火をつけ、自ら刀で自害をする。
生き残った蘇我入鹿も大臣となるも、その後躍進してきた中大兄皇子中臣鎌足藤原鎌足)に謀殺される。

この件を持って大和政権より朝廷の豪族を牛耳ってきた蘇我氏滅亡

中大兄皇子天智天皇となり大化の改新をおこなう。
中臣鎌足藤原鎌足と名をかえその後1000年続く(飛鳥から明治まで)藤原氏の開祖となる。
上宮王家 (じょうぐうおうけ)とは【ピクシブ百科事典】 - pixiv


ここを理解していないと、特にテンポの速い『馬屋古女王』は理解できないままに終わってしまう。自分も一読目は、よく分からなかった。


推古天皇の次の大王についてもう少し詳しく書く。
元号「推古」は36年続き、推古30年(622年)に聖徳太子は49歳で亡くなる。推古天皇の次は当然「大兄」と名がつく山背大兄王が筆頭候補だったが、歴史的事実として毛人は山背大兄王に難色を示し、代わりに推した田村皇子が629年に即位する。(舒明天皇
こういった細かい史実は大幅にカットして、あくまで、蘇我入鹿山背大兄王との関係のみに着目し、上宮王家の滅亡までを描いたのが『馬屋古女王』ということになる。
やはり「地割れシーン」までで、『日出処の天子』は終わっているので、駆け足になってしまうのは仕方がないが、もう少し毛人と山背大兄王、毛人と入鹿の話を、そして、上宮王家の悲劇から蘇我氏滅亡の一連の流れを見てみたかった気もする。


なお、『馬屋古女王』では、馬屋古に誘惑される財(たから)や日置(へき)などのダメ男たちは、刀自古の子であり、本人たちも自認する通り「父親はそれぞれどこの馬の骨とも知れぬ奴僕」だ。
刀自古の最終登場シーンは、「王子が新しく妃を娶った」(美郎女のこと)という話を聞き及び、嫉妬の中で「どうせ落ちる地獄ならいっそもっともっと深い所へ落ちてしまおうか」とまで考えてしまう場面。結局、この言葉通り、深い所に落ちてしまった刀自古のことを思うと辛くなる。
作品内では描かれなかった毛人の自殺まで含めて、登場人物全員が報われない愛に苦しむ、非常に辛い話であることを考えると、本編ラストの、(遣隋使をスタートにしてこれから世界に出て行こうという)先に開かれた終わり方は、これ以上ないものだったのかもしれない。


改めて作品全体を振り返ると、全7巻でありながら、『ポーの一族』全3巻よりも一気読みしやすいリーダビリティ。史実の料理の仕方、そして、世界の中での日本の始まりという、位置づけも含めて、読んでおくべき漫画として、どんな人にでもオススメしたい漫画。
BL要素という部分も重要な因子ではあるが、例えば刀自古や大姫などのサブキャラクターへの感情移入が強い自分としては、BL漫画という意識はあまりない。
同じ山岸涼子の漫画ということでは、途中までしか読んでいない『アラベスク』、そして現在連載中の、こちらも歴史漫画『レベレーション』あたりに、次は手を伸ばしたい。

大きな流れ

王子が身を隠したままの新嘗祭は額田部女王によって執り行われ、大王は決まらないまま。


しばらく日が過ぎ、河上娘(かわかみのいらつこ)と一緒にいる駒が見つかるも、王子は二人とも殺すことを命じる。遺体で発見された河上娘について馬子の言った「生きていたとしても世間に顔向けできなかった」という言葉が、刀自古の胸を抉る。

このわたくしはどうなるのです
このわたくしが伊香郷であった事は世間に顔向けできる事だというのですか
かつでそんな私を嘲笑った彼女が今こうして横たわっているというのに
このわたしはおめおめと生き恥をさらしているというのは
一体どういうわけですか
こんな事があっていいはずがない
いつも女が男の餌食にされるなんてそんな事が!!


なお、この一件での調子麻呂と淡水とのやり取りから、淡水が女性に悪意を抱いていること、また、淡水と調子麻呂の間にも日本に来る前に一度「そういうこと」があったことが匂わされる。


593年正月 間人媛(はしひとひめ)と田目王子の間に佐富王女誕生


これに関して、額田部女王が大姫に「そろそろおまえ達に間にも…」と語りかけたときのリアクションから、二人の仲が明らかになる。


同じころ、毛人と布津姫との間に男子誕生


八角堂に籠った王子は、過去の出来事を思い出しながら、毛人の能力、そして意識下の毛人の選択について気がつき、これを毛人に知らせたいと思う。しかし、毛人に送ったテレパシーは、布津姫の看病に忙しい毛人の心の扉を開くことは無かった。


久しぶりに表れた王子に、大姫の件を問いただそうとする額田部女王。それよりも先に中継ぎの大王として「女性の大王」を提案する王子。
その後、トリと調子麻呂の話から、布津姫の子の話も知ってしまった王子はさらに落ち込む。


一方で、自分に身の危険を押してでも子どもを産みたいという布津姫に毛人は悩む。
そんな中、王子のことを相談してきた間人媛に対して、毛人は「あなたが元凶だ!」と言い切ってしまい、自己嫌悪に陥ったまま森の中へ。


そこで、お互いのことを考える王子と毛人が出会う。
初めて出会った夜刀(やたち)の池で。
説得する王子、拒む毛人
結局毛人の結論は変わらない…。
王子は失意の中、溺れかけた美郎女(みのいらつめ)を救うが、その場を去る。


王子を探しに夢殿(八角堂)に来た刀自古は、無断で中に入り、毛人の衣服を見つける。
そこに現れた王子は、勢い余って毛人以外の人間に初めて毛人への想いを打ち明けてしまう。

ごまかさなくともよいではないか
わたしとそなたは同類
お互い愛してはならぬ者を愛し
道ならぬ恋に苦しむ仲ではないか

刀自古は、そう言われて初めて(大姫に嫉妬するほどに)王子を好きになっていたことに気がつく。


自暴自棄になり、空っぽな気分になった王子のもとには沢山の仏が集まる。
そこに再び(トリが連れてきた)美郎女が…。


改めて大姫の件を訴える額田部女王に、王子は「わたしは女というものが好きではないのです」と答えるが、刀自古との間に子をもうけているから本気に取らない。そこで王子は「何か」を告白する。*1


593年 額田部女王が大王(推古天皇)となり、政治は大兄となる厩戸王子に任せるという体制が始まる。
その後、対隋政策に力を入れるようになるのを見るにつけ、馬子は、王子が(蘇我に成り代わり)為政者になることを求めていたことを知る。


布津姫は自らの命と引き換えに、子を産む。
阿倍内麻呂は、その子を阿倍毘賣(毛人の妻)の子として育てたいと申し出て、のちの蘇我入鹿となる。


膳臣(かしわでのおみ)の養女・美郎女(みのいらつめ)を新しく妻に娶ったという噂を聞きつけた毛人は、斑鳩に赴き、彼女が「気狂い」であることよりも、その目が間人媛に似ていることにショックを受ける。
一方、王子は、美郎女に対して遣隋使の構想と、隋にあてる書の内容を語って本編は終了する。

隋へあてる書の出だしはこうだ


日出処の天子
書を日没処の天子へいたす…


日出処の天子というのはこの国のことだ
どうだ いい表現だろう

*1:この部分は、額田部女王に話した内容が何なのか、ちょっと読み取れなかった。大王ではなく「為政者」になりたい王子の本心について喋ったことは間違いないだろうと思うが、大姫の件とは直接つながらない