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好印象な「メフィスト賞」受賞作〜井上真偽『恋と禁忌の述語論理』

恋と禁忌の述語論理 (講談社ノベルス)

恋と禁忌の述語論理 (講談社ノベルス)


個人的な「メフィスト」賞祭り、第3弾。
何しろ連続して読んだうち前の2作が『六枚のとんかつ』『○○○○○○○○殺人事件』だったので、今回、「真っ当なミステリ」を読んだ感がすごい。


まずは、最大の特徴である「述語論理」については置いておいて、ストーリーから。

真実は、演算できる。

大学生の詠彦は、天才数理論理学者の叔母、硯さんを訪ねる。独身でアラサー美女の彼女に、名探偵が解決したはずの、殺人事件の真相を証明してもらうために……。
詠彦が次々と持ち込む事件――「手料理は殺意か祝福か?」「『幽霊の証明』で絞殺犯を特定できるか?」「双子の『どちらが』殺したのか?」――と、個性豊かすぎる名探偵たち。「すべての人間の思索活動の頂点に立つ」という数理論理学で、硯さんはすべての謎を、証明できるのか!?


今回は、全くあらすじを見ずに読み始めたので、最初の話で「美人名探偵」2人が対決する展開に胸が熱くなった。これは遠隔で対決した2人の素人探偵が最後に直接対決するのか…。
しかし、それは誤解で、あらすじにも書かれているよう、詠彦が持ち込んだ解決済みの3つの事件について、硯さんが推理の穴を見つけてひっくり返す話だが、名探偵3人は全く別人。ただ、(それぞれに得意技のある)名探偵をクッションに置くことで、硯さんの持つ「述語論理」というアビリティの凄さが引き立っている。


この本の良いところは、3つある。


まず表紙。
タイトル、作者名とその表記、そしてイラストに描かれる詠彦と硯さん、事件のポイントを示したアイテム(実は最重要アイテムも入っている)。全体的に色のバランスが取れているし、詠彦と硯さんも、机に置かれた麦茶も本で読んだイメージに近い。
井上真偽(まぎ)という名前も、音を考えると浮いているが、文字で見ると落ち着いているし、ミステリにぴったりの作者名だ。


次に述語論理の出し方。
たとえば「数学ガール」は、実際に数学を学ぼうとする人に足掛かりとなる本だが、この本では数理論理学を学ぶことはできない。むしろ、論理学の細かい部分は理解しなくてもストレスなく読めるので、物語上必須なものではない。
しかし、わざわざ「述語論理」を噛ませてあることによって、他人の推理を検証する際に、自然とポイント整理がされることになるため、結果的に推理小説として読みやすくなっている。
正直、苦手な2段組で、読み切れるか心配だったが、述語論理を重視した構成によりストーリーの複雑さはなく、また登場人物が親しみやすかったため、飽きることなく読むことができた。


そして最後にネタバレ要因。


(以下ネタバレします)



この本では3つの事件がレッスン1、レッスン2、レッスン3として示されたあと、最後に「進級試験」という章がある。このつくりは、やっぱり上手い。
「進級試験」においても、詠彦は、硯さんに、実際にあった殺人事件の相談事をし始める。しかし、事件の舞台は、名探偵が異能力を持つ3話目にも増して非現実的で、硯さんがいうように「横溝正史」的。
少し戻れば、レッスン3でも、詠彦は硯さんに「もしかして詠彦くんは人の死を呼び寄せる例のアレ…『死神体質』なのかな?」と突っ込まれている。
さらに、レッスン2でも、この章の探偵役である中尊寺先輩の性別に関連して、詠彦は硯さんに「何で…何で私に叙述トリックを使う必要があるの!!」と言われている。


つまり、作中で何度も詠彦の相談がフィクションである可能性が指摘されている。(ただし、詠彦の言によれば、基本的には実在の人物と実際に会った事件を元にしているとのこと)
こういった丁寧な伏線のあとで、語りだした詠彦に硯さんのカウンターパンチが決まった瞬間は本当に驚いたし、痛快だった。

お願いだから、完全犯罪なんて目論まないで。他人のために殺人の計画を練るなんて、詠彦くんが考えている以上に罪が重いことなんだよ……?


そして最後に、おまけのように数理論理学から導かれる恋の話。
このあたりも上手い。隙が無い。
最近読んだメフィスト賞3作の中では勿論のこと、ここ数年でも上位にくるくらい「好印象なミステリ」だった。そう、「好印象」という言葉がぴったりかもしれない。ミステリ的な驚きは唯一無二というわけではないが、ストーリーとのバランスが良く、また恋愛要素もほどよく組み込んである。
誰にでも薦めたい佳作でした。(『○○○○○○○殺人事件』と『六枚のとんかつ』は薦める人を選んでしまう作品です…)