- 出版社/メーカー: 松竹
- 発売日: 2016/11/02
- メディア: Blu-ray
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ただ、他の映画よりもこの映画を優先させることになったきっかけは、何と言ってもこの本、服部昇大『邦画プレゼン女子高生 邦キチ! 映子さん』。
邦画プレゼン女子高生 邦キチ! 映子さん (ホーム社書籍扱コミックス)
- 作者: 服部昇大
- 出版社/メーカー: ホーム社
- 発売日: 2018/08/24
- メディア: コミック
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基本的に邦画、しかも「微妙な」邦画を女子高生が推しまくるこの漫画で一番観たいと思ったのが、この『クリーピー 偽りの隣人』。香川照之の怪演ばかりを語る内容でしたが、実際の映画の予告編も、まさに香川照之推しに徹していました(笑)。
さて、実際に見てみると冒頭の事件(後述)から1年後、引越し後に、お隣さんの挨拶で訪れる中で、最初から異彩を放つ隣人の西野(香川照之)。
ここは、香川照之が変過ぎて、やっぱりちょっと笑ってしまう部分で、西野が、竹内結子演じる高倉康子(西島秀俊の妻)に、
「康子さん…って呼んでいいですか?」
「ご主人と、僕と、どっちが魅力的ですか?」
「直感でいいんです。 言ってください。 正直に。魅力的なのは、どっちですか?」
と畳みかけるシーンは、こんなに仲良さそうな夫婦に、こんなに空気が読めない声掛けをする西野に、「馬鹿じゃないの?」「この人、大丈夫なのか」と心配になるほどでした。
この場面と、ほぼ同時に出てくるこの台詞は、予告編どころかポスターでも取り上げられていますが、主人公役の西島秀俊(高倉)が「奇妙な隣人」の娘から突然、
あの人、お父さんじゃありません!
全然知らない人です!
と言われるあたりが、この映画の真骨頂で転換点となります。
ちょうど2時間映画の半分を過ぎたこれ以降は、論理的にあり得ないし、空間的にもあり得ない、噓みたいな場面ばかりが展開する映画になります。何より、あんな住宅街の、しかも元は「他人の家」に、重い鉄の扉を引かなければ開かない地下室のような部屋があり、部屋の壁が(防音の意図か)芸術的なデザインで、それだけであり得ないのですが、香川照之に引き込まれている身としては、映画前半と違って、西野や西野邸を半笑いで見るような態度を取ることができません。
北九州監禁殺人事件の話は、宇多丸評でも出てきましたが、そういう異常な事件(家族をマインドコントロールして殺し合わせる)が実際に起きていることを考えると、一番不可解な西野澪(あの人、お父さんじゃありません!と言った少女)の言動なども、もしかしたらあるかも…と息を呑むように展開を観続けました。
そして高倉(西島秀俊)が西野と向き合い、説得を試みるクライマックスです。
ここは、冒頭で、拘留中に脱走を図った連続殺人犯を説得しようとして刺され、人質も犠牲になった冒頭のエピソードと対になるシーンで、通常の物語なら成長した主人公が乗り越えてみせる場面のはずですが、今回も西島秀俊は「してやられる」ことになります。しかも、夫婦の絆も破られて。
「そっちか!」と、ハッピーエンドを願っていた自分にとって第一の驚きでした。
そして西野は、次の家に向かいます。
高倉は放心状態で、物語を駆動する力を失っているように見えます。
例によって、車を途中降りて休憩しているときに、ふと、西野がマックス(犬)殺害を、高倉に任せようとしたとします。
そこで西野から受け取った拳銃で、高倉はマックスではなく西野を撃ちます。
これはかなり衝撃でした。
このまま西野が高笑いしてエンディングでも十分に落ちるのに、また元に戻すのか、と。
それが自分にとって第二の驚きでした。
高倉は、冒頭とクライマックス(西野邸)で2度失敗して、もう手持ちのカードはないはずなのに、ここで西野に逆転するのか、と。完全に屈服しているように見えた高倉がどうしてここで気力を取り戻すのかが分からなかったのです。
むしろ、撃たれた西野を見下ろして「ざまぁみろ!馬鹿だこいつ!」と笑う澪を上から高倉がさらに撃つ、というシーンを想像して、「それは怖い」と恐怖したのですが、それは起こらず。最後の最後になって、西野の行動原理の方が理解出来て、むしろよくわからないのは高倉だと思ってしまったのです。
また、夫婦が抱き合うシーンで終わるのも謎でした。西野邸のシーンで、高倉が西野を倒していれば、この映画は、夫婦の絆の修復をテーマに持つことができました。でも、西野邸で夫婦の関係は完全に壊れており、最後に抱き合うシーンを持ってきても誰も共感できないからです。
とはいえ、抱擁シーンでの康子(竹内結子)の絶叫が、そこら辺の訳の分からなさを代弁しているのかな、という感じはしました。
何も解決していない。
康子も安心していない。
高倉も安心していない。
観客も、むしろ映画を観る前よりも、世界に対して不安感が増している。
それが、あの絶叫に表れているのかもしれない。そう思うしかないのでした。
俳優
この映画はどこまで行っても香川照之の映画なのですが、他も良かったです。
西島秀俊は、下手にも聞こえる朴訥な演技で、とても合っていました。冒頭のシーンで、殺人犯を「サイコパスのサンプル」として貴重なので、拘留を一日伸ばしてインタビューさせてほしいと願うシーンや、「日野事件」の生き残りである川口春奈へのしつこい尋問、そしてラストシーンまで含めて、観客に信頼させてくれない難しい役に合った演技だと思いました。
澪役の藤野涼子も「あの人、お父さんじゃありません!」の場面ともう一つ以外は、心を見せず、淡々と西野に付き合う徹底ぶりで、こちらも怖いです。
竹内結子は、映画の中では一番「普通人」ぽいと思っていましたが、それでも西野に騙されてしまう。この事実は、どんな人も、つつかれたら相手に服従してしまうくらいの「心の闇」を抱えていて、ひとたびそこを攻撃されると、あっという間に墜ちて行ってしまうという怖さを感じました。
メインキャラクターの中では、もう一人の常識人・東出昌大も同様です。
香川照之は、どのシーンも怖いですが、やっぱりこれも予告編に入っている、西野邸での高倉との対峙シーンの「別に何も…」ですね。ポロシャツ・短パンで拳銃持ちながらこの台詞を言うのは香川照之しかできません。
ロケ地
宇多丸評でも触れられていましたが、ロケ地は気になりました。「日野事件」の現場は、背景に京王線が走っているのが見えるし、高倉・西野の住む場所の稲城も京王線沿いです。京王線ユーザーとしては気にならないわけがありません。
検索するとどちらも稲城付近とのこと。ランニングコースを少し外れれば走ってでも行ける場所なので、見に行ってみたい気もしますが、怖い気持ちになったら嫌なので、逆にあまり近くに行かないようにします(笑)*1
まとめ
著名な黒沢清監督の作品で、宇多丸評でも絶賛されていたので、期待値は高かったし、実際に見どころは沢山あったのですが、ラストの「分からなさ」が特に強いため、スッキリしない気持ちになりました。これはちょっと原作を読んでみたい作品ですね。
- 作者: 前川裕
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2014/03/12
- メディア: 文庫
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*1:勿論、ご近所に住んでいる方からすればいい迷惑でしょうし。