Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

『君の膵臓を食べたい』『仮面病棟』の2冊がイマイチだったのは何故なのか

たまたま読んだベストセラー2冊が、読みやすいし、面白さは分かるにもかかわらず、熱中出来なかった理由を考えてみました。

知念実希人『仮面病棟』

『仮面病棟』は、少し前に観た映画『クリーピー 偽りの隣人』以上に、調布市民の自分にとってゆかりのある作品だった。
舞台はお隣の狛江市で、冒頭で事件が起きたのは調布市のコンビニ。そもそも作者が慈恵医大(調布と狛江の境付近にもキャンパスがある)出身の現役の医師。
これらの情報は、読み始めるまで知らなかったが、その舞台が馴染みのある場所かどうかは、物語を追う上では自分にとっては気になる情報だ。ワクワクしながら読み進めた。
あらすじは以下の通り。

怒濤のどんでん返し、一気読み注意!!
強盗犯により密室と化す病院。息詰まる心理戦の幕が開く!

療養型病院にピエロの仮面をかぶった強盗犯が籠城し、自らが撃った女の治療を要求した。
先輩医師の代わりに当直バイトを務める外科医・速水秀悟は、事件に巻き込まれる。
秀悟は女を治療し、脱出を試みるうち、病院に隠された秘密を知る――。
そして「彼女だけは救いたい……」と心に誓う。
閉ざされた病院でくり広げられる究極の心理戦。迎える衝撃の結末とは。

作家・評論家の法月綸太郎が「閉鎖状況の謎に挑戦してほしい」「クリアでエッジの立った解決と苦い読後感」と語る注目作。
現役医師が描く<本格ミステリー×医療サスペンス>。
人気急上昇の新鋭ミステリー作家、初の文庫書き下ろし!!
Amazonあらすじ)

あらすじに並ぶ「どんでん返し」「衝撃の結末」の言葉が胡散臭く見えるが、それを差し引いても面白そう!
ところが、実際に読んでみると、内容については不満がある。


解説で法月綸太郎が「クローズドサークル」ものとして評価しているが、確かにその通り。ただ、本格ミステリ作家が「本格」ミステリを評価するポイントは、「フェアかどうか」に重きが置かれ、単にエンタメとして本を読みたい読者とは視点が異なるように思う。エンタメ好きとしては、たとえ少しアンフェアであっても、物語に熱中出来て、最後に素敵に驚かせてくれればそれでいい。その点で『仮面病棟』は上手く行っていないのではないか、と思ってしまった。
以下ネタバレありのもう少し詳しい感想。


(最初から核の部分のネタバレをしてしまうが) 自分が一番「これはどうか…」と思うのは、ヒロイン役となって、主人公の医師・速水とほとんどの行動を共にする女性・愛美の序盤のセリフ。
撃たれた傷口を縫合してくれた恩人だといえ、出会ってすぐに、しかもこの異常事態の下で、十以上も歳の離れた医師・速水に対して…

「それじゃあ、お言葉に甘えて秀悟さんって呼ばせてもらいますね。私のことは愛美って呼んでください」

…。
こんなこと言わない。
この時点で読者として彼女に共感を持てないし、ずっと「怪しい」という視点で見てしまう。実際、こんな風に言うのは、隣の家に住む奥さんに突然「康子さんって呼んでいいですか?」と言い出す『クリーピー』の香川照之くらいしかいない。
もし彼女が、香川照之ほどの変人には見えない美女だったとしても、たぶらかされている可能性を疑うべきだろう。素直に受け入れる主人公・速水はどこまでお人好しなのか。
この台詞が、「彼女は怪しいですよ」という、作者の親切心からの読者に向けたサインだったという可能性は無くはないが、そうだとしたらミステリに重要な資質が欠けているように思う。
手品を披露するときに、最初からタネそのものに目が行くように振る舞うだろうか。タネから遠い場所へ自然に目が行くように振る舞うのが上手な手品師だろう。
この一言があるだけで、彼女に共感できないのは勿論、彼女のことを怪しいと思わない主人公とも共感できなくなる。そして何よりネタバレしてしまう。
ものすごい破壊力を持った一言だと思う。


犯人の動機に社会問題的な要素も入っていて自分が好きなタイプのミステリだし、本自体はとても読みやすく、中だるみがない。ただ、中だるみもないが、名場面も無いように感じる。
それは、最初から最後まで主人公とヒロインに共感し切れないからだ。
新本格ミステリは人間が描けていない」というのは新本格ブームのときによく言われたことだが、自分の感じたことは結局そういうことかもしれない。

住野よる『君の膵臓を食べたい』

ある日、高校生の僕は病院で一冊の文庫本を拾う。タイトルは「共病文庫」。
それは、クラスメイトである山内桜良が密かに綴っていた日記帳だった。
そこには、彼女の余命が膵臓の病気により、もういくばくもないと書かれていて――。
読後、きっとこのタイトルに涙する。(Amazonあらすじ)


対して、住野よる『君の膵臓を食べたい』。
この大ベストセラーを読みたいと思ったのは、やっぱりタイトルの意味を知りたいから。それに尽きる。
とにかく上手いタイトル、というだけでなく、ペンネームとの組合せで効果が倍増している。正直に言えば、 住野よる『君の膵臓を食べたい』に勝てる作者名&タイトルは綿矢りさ蹴りたい背中』くらいだろうと思う。*1
以下、ネタバレアリのやや詳しい感想。


それではタイトルだけで言えば傑作だとして内容はどうだったのか。
まずタイトルの意味についてだが、作中で「君の膵臓を食べたい」という言葉について言及があったのは3度で、それぞれ次のような意図があった。

  • 冒頭で、主人公の僕に向かって、(膵臓の病気で余命短い)彼女の方から「君の膵臓を食べたい」と言われ、その意味について「昔の人は、どこか悪いところがあると、他の動物のその部分を食べたんだって」と説明を受ける。
  • 終盤に「僕」が、彼女のような理想的な人間になりたい、という意味を込めて「君の爪の垢を煎じて飲みたい」とメールを打とうとして消し、「君の膵臓を食べたい」と書いている。
  • そして「彼女」が死んでしまって出てきた遺書に載っていた「君の膵臓を食べたい」は、「僕」と同じ意図で書かれていた。(一番泣けるシーン)


冒頭でタイトルの意味が出てくるから「もっと引っ張れよ」と思っていたら、ラストで泣かせるキーワードに、ちゃんとなっていて、そこは上手い。この内容でこのタイトルというのは納得だ。
しかも、この「難病もの」というありきたりなシチュエーションの小説で、ヒロインを病気で死なせない、というのは、意表を突くアイデアで、その点には驚いた。


自分が好きになれなかった一番の理由は『仮面病棟』と同じで、主人公に共感を持てないこと。彼女の死後にこそ、自ら他人に向かってコミュニケーションを積極的に取るようになり、成長したが、それまでの彼は、クラスの人気者が目をつけるほどの存在だっただろうか。彼女が魅力的に描かれれば描かれるほど、「何でこいつに」という嫉妬の念ばかりが浮かんでしまう。


そして、読んだ人はご存知の通り、この小説にはひとつ大きな特徴があって、それは、主人公の名前が伏せられていること。
「僕」視点のこの物語では、ヒロインは、ほとんどの場面で「君」と呼ばれるが、友達から呼ばれるシーンでは「桜良」という呼称が使われる。
しかし、「僕」が他人から呼ばれる場合は、名字を呼ばれているはずなのに、その名は徹底的に伏せられる。

  • 「【仲のいいクラスメイト 】 くんは女の子に興味あるの?」p56
  • 「【仲良し 】 くんも必殺技つくれば?」p83

等々、「僕」が相手からどう思われているのかが【】で囲んで表記される、それがこの小説の中でのルールだ。「僕」からも説明がある。

  • それよりも、彼が僕を【目立たないクラスメイト】とは違うものとして呼んだように聴こえたのが、気にかかった。例えば、【許せない相手】とか。ひとまず理由は分からないけど、そういうことにしておく。p159

読者としては、なんでこんな風に名前を隠したままにして話を進めるのだろう、という当然の疑問が湧く。


そして、これまで伏せられた名前について、最後の最後、桜良の死後に彼女の母親から名前を問われる場面で、突如、「正解」が出てくる。

「そうだ、下の名前はなんていうの?」
お母さんの何気ない質問に、僕はきちんと振り返り、答えた。
「春樹です。志賀春樹、といいます」
p261

名字も名前も有名作家と同じ名前であるというヒント (p80) も与えられていたこともあり、なるほど、と思ったが、同時に「それで?」と思ってしまった。ということは、この小説の核の部分に感動できなかった…。


その核の部分についてここには詳しくは書かないが、何故最後になって主人公の名前が出てくるのかには、ちゃんとした理由があった。
自己と他人を関連付け切り分ける一番基本的な言葉である「名前」。それを主人公は、ヒロインに対しても全く使わず「君」と呼んでいた。そして自分に対する呼び名さえ、「名前」を受け取っていなかった。簡単に言えば、他者と関わることのスタート地点が「名前」だったのだ。
物語を素直に読んでいれば、最後になって「僕」が、自分の世界に引きこもらずに外に出てきたことが分かる。
しかし、そもそも、主人公に反感を持ちながら読み進めている自分としては、そこに素直に気がつかなかったし、気が付いたとしても心は動かない。
こいつ(主人公)をマイナスからゼロにするためだけに、桜良さんが亡くなるのはあまりに理不尽とすら思ってしまう。
ということで、非常に読みやすい本で、仕掛けもあるにも関わらず、全く乗り切れない作品でもあったのでした。

主人公に共感できない小説はダメなのか

さて、この2冊を好きになれなかった、熱中出来なかった理由として「主人公に共感できない」ということを挙げた。それでは、主人公に共感できない本には、すべてダメか、といえば、そういうことはない。
例えば、村田沙耶香の作品は、大概主人公が変な考え方をする人で、ついていけない部分がある。
また、桜庭一樹『私の男』みたいに、主人公に全く共感できないながらも深く心に残っている作品もある。
つまり、熱中出来ない理由として「主人公に共感できない」というのは、誰かに説明するためでなく、自分の中の整理としてもNGであると思う。
それではなぜ…(続く)

⇒解答編:働くすべての人に薦めたい〜碧野圭『書店ガール』(1)〜(4)
 …『仮面病棟』と『君の膵臓を食べたい』に決定的に欠けていたものが、『書店ガール』には満ち満ちていた、という話です。

*1:住野よるは、この後の作品のタイトルも魅力的で 『か「」く「」し「」ご「」と「』 なんかも、ややセーフかアウト(やり過ぎ)か微妙なラインではあるが上手い