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逆に言えば、それまでほとんど本についての知識が無かった。
「職業・学問」+「ガール」という名称の本は、『数学ガール』だけしか読んだことはなかったが、最近でいうと『論理ガール』、また、テレビドラマにもなった『水族館ガール』など、いくつかの作品が出ていることを知っていた。また、『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズなど、本に関わる物語で、職業ものではなくミステリなどのエンタメよりのものがあることも知っていた。
共通するのは、主人公が高校生〜20代半ばまでの女性で、ラノベ的カバーイラスト、そして何より著者が男性。
ここからは偏見になるが、専門知識を持った男性著者が、皆から好かれるタイプの理想的な少女像を創作して、彼女経由でその知識を披露する。そのような内容が、こういったタイプの本なのかと思っていた。
しかし、『書店ガール』は予想を大きく裏切る内容で、本当に驚いた。
まず、メイン主人公の西岡理子は40歳独身の副店長。冒頭シーンは、失恋直後に、嫌いな部下(女性)の結婚式2次会に参加してトラブルを起こす内容。『書店ガール』というタイトルの本の主人公だから「私は2年目書店員。仕事にも恋愛にも全力投球!」だろうという推測はことごとく外れる。
そして、第二の主人公の小幡亜紀27歳は、まさにその結婚式の新婦で、主人公の西岡理子とは犬猿の仲。それどころか、コネ入社で、結婚式2次会には書店の全員に招待状を出したのに、管理職クラスしか参加してもらえないなど、それほど皆から好かれるタイプではない。さらには、新婚旅行から夫とのすれ違いが目立つ…。
これのどこが「書店ガール」なのか…*2
まず、この時点で、著者が男性ではあり得ないだろうという思いから碧野圭さんが女性であることを確認した。
2人のメインキャラクターの確執を書くには、しかも結婚観も絡めて書くには男性には荷が重すぎる。
しかし、書店員の奮闘を描く本編とは無関係のプライベートの部分を、リアリティを持って読ませる、という点が、この『書店ガール』の最大の強みであるように思う。
ひとつ前に書いた本の感想で『仮面病棟』と『君の膵臓を食べたい』が面白く読めなかった理由として、主人公に共感できなかったことを挙げたが、今思えば、それが理由ではない。自分は、『書店ガール』の2人の主人公のどちらにも、最初100頁を過ぎるあたりまでは共感できなかったし、応援できなかった。つまり、あの2作に入り込めなかった理由は、「共感」ではなく「実在感」であるように思う。登場人物の感情変化や発言・行動が実在するように思えるかどうかという観点で、『仮面病棟』『君の膵臓を食べたい』の2作に、自分は直感的にNGを出したのだった。そんな人間は、そんな考え方や言動をする人間は「実在しない」と。*3
『書店ガール』を読み進めると、西岡理子や小幡亜紀のように発言・行動し、皆から好かれたり嫌われたりする女性は確かに周囲にいると感じる。それどころか、むしろ、自分の周りにいる女性たちが、こんな風に考えながら生きているのかもしれない、と思わせる。そして、主人公たちの人生と同じ世界に自分も暮らし、同じような悩みを抱えている。それが、この小説の「実在感」だと思う。
また、さまざまな人の立場が描かれることで、自分に引き寄せるだけでなく、知り合いの誰かに引き寄せて、人の暮らしを、仕事を考えることができる。女性と男性だけではない。この小説の中では、産休明け社員とそれ以外、正社員と契約社員、地方と東京、大手チェーンと小規模書店など、様々な対立軸が存在する。同じ書店員でも、立場の違いで、様々な考え方の違いやわだかまりがある。
さらに、本が売れなくなる中で、書店が何をするべきか、という共通したテーマを持ちながら、書店を街を盛り上げようと登場人物たちが奮闘する。
どんな人生にも、小説のようなドラマがある。人が死ななくても、殺人事件が起きなくても、日々、そのようなドラマの中で自分たちが生きている。そんな自分や、誰かの人生を肯定したくなる、そんな魅力が詰まっている小説だと思う。
以下、好きなエピソードと巻ごとのポイントを各巻の解説と合わせて書き出していく。
1巻
ペガサス書房吉祥寺店の店長を命じられた理子だが、吉祥寺店はビルの改装工事と合わせて半年後には閉店となる。吉祥寺店存続のために、亜紀が企画した知り合いの漫画家のフェアや吉祥寺を舞台にした作品フェア、サポーター会議など、書店員たちが一体となって奮闘するのがこの1巻。
理子が、大学受験時に進路に悩んだときに、近所の本屋で薦められた『キッチン』に救われたエピソードが良かった。
なにより、ここが自分の仕事の原点だ。この店があったから、自分は書店員になろうと思ったのだ。『キッチン』という本に出会ったことで、自分の気持ちが救われた。自分もおじさんみたいに必要な人に必要とされる本を手渡す、そんな仕事がしたいと思ったのだ。p254
解説の北上次郎も、同様に、「リアル書店」の良さについて理子が述懐した部分を引用している。
そうだ、亜紀の言うとおりだ。電子書籍は本ではない。データだ。本とは別のものだ。本屋はお客様や営業の人や書店員、いろいろな人間がいて、直接会って話したり、ときにはぶつかりあって何かが生まれる。本という物を媒介に人と人とが繋がっていく。それが書店だ。私が好きな書店というものだ。
理子や亜紀の奮闘むなしく、ペガサス書店吉祥寺店は閉店してしまうけれど、ラストでは、理子には別の書店の店長にヘッドハンティングされる話が出てくる。
2巻
旧態依然としたペガサス書房から離れ、理子、そして、亜紀らが働くのは、福岡から進出してきた新興堂書店。
この巻の見どころについては、高倉美恵さん(元書店員・ライター)の解説がわかりやすい。
(亜紀と伸光が旅行先の盛岡で立ち寄った一箱古本市、福岡の書店が集まって企画しているブックオカ等)この『書店ガール2』は、現在の書店と、本をめぐる人々の現場のあらゆる事が、ぎゅうううっと詰まった一冊になっているのです。
それを可能にしているのが、碧野さんの現場取材だという。実際細かいエピソードや、フェアなどの企画の案出しも含めて、実際の「現場」感が伝わる描写が多い。碧野さんのブログ「めざせ!書店訪問100店舗」には、そんな現場取材の粋が詰まっている。
そしてもう一つは登場人物の「成長」。理子はこういうキャラ、亜紀はこういうキャラ、という図式的な固定要素はなく、登場人物たちが成長していく様子が上手に描かれていると思う。成長度合いも絶妙で、ご都合主義ではなく、そこがまた良い。ここも解説の高倉さんが指摘するところ。
理子は、同じ商業施設の店長仲間とも良い関係を築いていて、小売り全般について、いろいろ語り合います。前作の最初の頃の、亜紀に偏見を持って辛く当たっていた頭の固い理子から比べたら、なんと成長したことでしょう。
(旅先の一箱古本市で、最初に手掛けた)コミックを売っていた少年との会話によって、編集者として見失っていた大事な何かを取り戻すのでした。今回一番成長したのは、この伸光さんかもしれません。同僚に足をすくわれて、閑職にやられて腐っている伸光が、もう一度前を向いて歩きだします。
なお、この巻では、理子の恋愛(未遂?相手は福岡から単身赴任で来ている副店長の田代)や、亜紀の妊娠をめぐるアレコレもあって、そちらも見どころ。なお、吉祥寺の複数書店が合同で手掛けたフェア「50年後にも残したい本」の選書はなかなか魅力的で、ブックガイドとしても使いたい。
副題の「最強のふたり」も最高。
3巻
3巻では、理子は、エリア・マネージャーに昇格し、新たに傘下に加わった仙台の櫂文堂書店の面倒も見ており、その延長で震災から2年半経った被災地の現状が詳しく語られる。
自分は、この巻の中では、被災地のために「東京」の書店が何を出来るかを真剣に考える理子をとても応援したい気持ちになった。そして、その思いは新興堂書店吉祥寺店の3月の震災フェアに結実する。ここでの選書もブックガイドとして使いたい。
解説の島田潤一郎さん(夏葉社代表)は文章も上手く、『書店ガール』の良さをコンパクトに解説している。
働いている人間がだれしもぶつかるような理不尽なトラブルや、うまくいかない人間関係、納得できない言葉や、業務命令、それだけでなく、主人公たちをとりまく家庭環境をも丁寧に描写しながら、働く女性たちの成長を魅力的に描く。
(略)
仕事は喜びややりがいだけではない。それよりも、失望や、苛立ち、迷いのほうが多い。けれど、そうしたマイナスな状況からこそ、希望が生まれる。
なお、この巻では、亜紀は、仕事と育児の両立に四苦八苦し、好きな文芸を離れ経済書担当としても苦戦している。「昔の亜紀」を思い起こさせるような新人バイト・愛菜が少しずつ出番を増やす。
4巻
4巻の解説は、渡辺麻友・稲森いづみ主演のテレビドラマ「戦う!書店ガール」プロデューサーの山下有為さん。山下さんが書く通り、主役が交代する。
『書店ガール4』では、理子と亜紀は伝説とも呼べるような存在へとステップアップし、彼女らの書店員としてのDNAを受け継ぐ愛菜と彩加が、書店で働くということを通して、やはりリアルな悩みに直面している。
この巻の主人公は、今から就職活動を始める大学3年生の高梨愛菜。そして、契約社員として新興堂書店とは別の書店で働く24歳の宮崎彩加。これこそ看板に偽りなしの「書店ガール」がついに登場、という感じだ。
愛菜は、就職活動をどうするかで悩む。一方の彩加は、正社員となるのに合わせて命じられた取手のエキナカの新店舗の店長を引き受けるか、沼津の伯母の書店を手伝うか、で悩む。副題の「パンと就活」の「パン」は沼津で伯母の書店の改装に力を貸すパン屋を指すが、地方の商店街の在り方も4巻のテーマとなっている。
愛菜が妙齢の女性から依頼されたタイトルのわからない本探しのエピソードが好きで、足に怪我をした少女の成長物語いうヒントを頼りに見つけ出した『少女ポリアンナ』が誤りで、そこから『すてきなケティ』に辿りつき、喜んでもらう。こんなエピソードは、本の売り上げには全く貢献しないながらも、書店員の喜びのひとつなんだろうなと思う。
恒例のフェアは、愛菜がバイトを辞め、就活に集中するタイミングで持ちかけた『就活を考える』。これもやっぱりブックガイドとして使いたいなと思うのだった。