Yondaful Days!

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読書会に行ってきました!~チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』

82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)

82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)


10連休初日は『82年生まれ、キム・ジヨン』の読書会に参加してきました。
Session-22でもアトロク *1 でも特集が組まれて気になっていたところ、最後に背中を押してくれたのは、この読書会だったので、主催の友人には大感謝です。
読書会についての感想ですが、2時間超の時間を、この本と関連の話題や本について色んな意見を聞くことが出来て理解も深まり、記憶にも残り、とても良かったと思います。6人というのもちょうど良いくらいの人数で、7人以上だったらこの時間ではきつかっただろうし、4人、3人と少なくなればなるほど、色んな人の意見を聞くという目的が達成できなかったでしょう。


さて、感想ですが、この本は構成(精神科医による手記)も変わっていますが、何より物語本体が変わっています。
通常、物語のフックとなるような事件やイベントは極力抑えられ、主人公であるジヨンの半生を描くことに徹した内容になっているのです。また、小説内には、OECD加盟国内での男女の賃金格差の数値(p118)など、統計数値が頻繁に登場しますが、韓国で女性が置かれた状況について、このような数値が示されるだけだったら、これほど多くの人に届くものにはなっていなかったでしょう。
これに加えて、あとがきで、主人公ジヨンの名前は1982年生まれの女性に最も多いものが選ばれたということを知り、この小説自体が、以前知ったペルソナという手法に似ていると思いました。
ペルソナはマーケティングの手法で、従来用いられていたターゲットマーケティングとは異なる手法です。

ターゲットマーケティングは、今でもMBAで教えられている基本的なマーケティング・プロセスである「STP-4P」の前提となるマーケティンの考え方です。市場全体を狙うのではなく、自社のマーケティングを効率的に展開しやすいターゲットを選び費用対効果を高めるという点がポイントです。

それに対してペルソナマーケティングとは、そのターゲットの中でも特に買ってほしい顧客イメージを極力具体的に記述し、彼/彼女に訴求するようにマーケティングを考えるものです。

有名な例ではカルビーの「ジャガビー」開発の際のペルソナ設定があります。このケースでは、カルビーはそれまでありがちだった「20~30代の独身女性」といったぼんやりしたターゲティングではなく、「27歳、独身で、東京の文京区に住んでいる女性。いまヨガと水泳に凝っている」というペルソナを設定し、

・彼女ならどんな商品を欲しがるだろうか?
・どんな雑誌を読んでいるだろうか?
・どんなタレントが好きだろうか?
・いつもどういう買い物の仕方をしているだろうか?

などと肉付けをし、彼女が望む商品開発、売り方を考案し、ヒットにつなげました。
ペルソナマーケティングとは?ターゲットマーケティングとの違いは? | GLOBIS 知見録

つまり、通常の小説のツボである、イベントや物語の展開、伏線回収などには力を入れず、どこまで実在の女性に迫って物語を語れるか、に全力を注いで勝負している作品であると感じたのです。
実際、韓国での大ヒットの要因は、読者の「共感」を呼ぶ内容だったことが要因なのは間違いありません。なお、韓国のフェミニズム文学が欧米のそれよりも読みやすいことについては、韓国が日本と同じ「家父長制」の国だからだという話を、Session-22(アトロク?)で訳者の斎藤真理子さんが話されていました。


日常に徹していることは、(物語を楽しむ場合に重視する)「驚き」が不足することに繋がり、自分にとっては不満もありました。実際、女性の生きづらさを扱った作品に意識的に触れてきたここ数年の自分からすると、小説内で提示された男女差別は、ジヨンの母親世代に「大っぴらに行われた」女児の堕胎*2の件以外には、日本に似ている部分が多く、あまり「驚き」を感じなかったのです。むしろ、韓国が男女別姓であるという部分に、むしろ日本よりも先進的なのでは?と思ったくらいです。*3
ただし、まさにそんな自分に釘を刺すように、この小説のラストは、フェミニスト気取りの男性の足元をすくうような毒に満ちていて、そこには恥ずかしさを感じました。
口では判ったようなことを言いながら、行動が伴わない。いや、伴わないのではなく、むしろフェミニズムに逆行するような発言をしてしまう。そういう部分は自分にもきっとあるだろうと思います。
作中での登場人物の呼称に、ひとつの仕掛けがあることが、解説内で明かされますが、ラストだけでなく、静かに淡々と語られる物語の後ろには、作者の強い思いが流れていることが 解説(伊東順子さん)を読むと分かります。


なお、最近の韓国でのフェミニズム運動の概観がわかるこの解説で、伊東順子さんは、東京医大での入試差別事件について触れ、「韓国なら即座に二万人の集会が開かれているだろう」と語っていますが、日韓での政治活動へのコミットの仕方の違いを痛感しました。
また、これも解説にしか書かれていませんが、韓国における女性嫌悪の要因として、男性だけに兵役が課されているということの大きさは、きっと大きいのだろうと思います。そこから日本を眺めてみれば、日本でのフェミニズム運動は、韓国よりもよほどスムーズに進むはずなのに…とも思ってしまいます。


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読書会では、各個人の体験にまつわる話がやはり一番心に残りましたが、それ以外では「信頼できない語り手」の話からカウンセリングの手法についての話を面白く聞きました。
この本の冒頭では、キム・ジヨンに、最近起きている「異常な症状」として解離性同一性(多重人格)障害の症状(のようなもの)が描かれます。そこで現れた人格の一つに、夫のデヒョン氏の昔の彼女がいて、彼女が喋る内容は、デヒョンしか知り得ないものでした。一種オカルト的なそのエピソードがラストまで回収されないことに、ほとんどの人が気になるようで、自分も、夫婦二人の話を精神科医がまとめたことから生じたのだろうなと思っていました。
このあと、話は「黒子のバスケ脅迫事件」などにも広がったのですが、『82年生まれ、キム・ジヨン』が、そういった曖昧な部分を残していることも、この小説の魅力の一つだということで意見が一致しました。


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上野千鶴子さんの東大入学式の祝辞の件で、日本での女性嫌悪というよりは「フェミニズム嫌悪」を目の当たりにして、改めて政治的な「分断」の状況に嫌気がさしていました。少し前の自分は、意見が対立していても議論を重ねることによって相互理解を深めることが出来ると思っていたのですが、最近は「相互理解」は、 お互いにエネルギーが500%くらい無いと成り立たない相当に高いハードルであるという思いを強め、むしろ、これからも分断が進んでいくような気すらしています。
ただ、そんな中でも、小説なら、この分断を少し和らげることが出来るのではないか、という気にさせてくれた本でした。
また、自分にとっては初めて読んだ韓国文学ということもあり、お隣の国を知るために、もっと多くの韓国文学に触れてみたいので、そのきっかけとしても良い本でした。
改めて読書会の機会を作ってくださった友人に感謝です。

参考

読書会で 関連図書として挙げた本について。

pocari.hatenablog.com

益田ミリの「すーちゃん」シリーズは、男女問わず、生きづらさにポイントを置いた漫画ですが、やはり女性の側の視点であることに惹かれました。上の文章中で、ここ数年は「 女性の生きづらさを扱った作品に意識的に触れてきた」と書きましたが、自分の中にそういった流れが出来たのは、この辺からなのかもしれません。


pocari.hatenablog.com

自分が村田沙耶香を好きなのは、感性が独特で、男の自分には思いもつかない発想や表現が多く登場するからです。
特に性を扱った作品にそれが顕著で、『しろいろの街の、その骨の体温の』や『消滅世界』は、読後に、書きたいことが多過ぎて、結局感想を書かないままに終わっています。
村田沙耶香の小説が好きな人は、上野千鶴子の東大入学式祝辞を「クソフェミ」の一言で片づけたりはしないと思います。


pocari.hatenablog.com
田房永子のエッセイ漫画は、とにかく最初は入りづらかったです。
最近は、ろくでなし子ですら大丈夫になってきましたが、こういった本を読むにつれ、自分が女性に対して自分の理想の「女性らしさ」を押しつけていたことを思い知らされました。
上に挙げた本は、最近『他人のセックスを見ながら考えた』というタイトルでちくま文庫で文庫化されましたが、「何でこのタイトル?」と思いつつも、密着型理髪店、パンチラ喫茶、おっぱいパブなど、さまざまな形態の風俗店のレポートとなっているこの本は男が読んで「気づかされる」ことの多い内容だと思います。

これから読む本・見る映画

フィフティ・ピープル (となりの国のものがたり)

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エミール〈上〉 (岩波文庫)

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あなたの人生の科学(上)誕生・成長・出会い (ハヤカワ文庫NF)

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お嬢さん 通常版 [DVD]

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*1: Session-22は荻上チキ、アトロクはafter 6 junctionというライムスター宇多丸のラジオ番組です。週末の長時間ランのお供は大体この2つの番組です。

*2:90年代の初めには性比のアンバランスが頂点に達しており、3番目以降の子どもの出生比率は、男児が女児の2倍以上だったとのこと

*3:調べると、それは誤解で、儒教的な理由から夫婦別姓とのこと。子の名字が父方の姓になるのがほとんどであることを考えると、むしろ問題もある