Yondaful Days!

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ORIGINAL LOVE『bless You!』全曲感想(6)いつも手をふり

bless You! (完全生産限定盤)

bless You! (完全生産限定盤)

  • アーティスト:ORIGINAL LOVE
  • 発売日: 2019/02/13
  • メディア: CD


今回のアルバム「グッディガール」で共演しているPUNPEEは、自分のラジオ番組で『bless You!』について語る際に、アルバムの中心にある曲として「いつも手をふり」を取り上げていました。確かに、ギターとハーモニカの演奏のみの「いつも手をふり」は、そのシンプルさ故に、聴く人を惹きつける力があります。
実際、今回はインタビューのたびに田島自身が語っているように、 『bless You!』というアルバムの最後のピースとして「いつも手をふり」が重要な役割を果たし、そしてこの曲の背後には母との別れがあったようです。

自分の母親が亡くなって、それまでの人生賛歌のイメージがガラッと変わったんです。『風の歌の聴け』に入ってる「フィエスタ」も人生賛歌かもしれないけど、あの頃よりも理解が深まっているいし、このタイミングで自分なりのゴスペルソングを書かざるを得なかったというか。すべての命、すべての死を祝福したいという願いを込めましたね。
母親が亡くなって人生賛歌のイメージがガラッと変わった - Real Sound|リアルサウンド


インタビューでは続けて、何が「変わった」のか、どの部分で「理解が深まった」のか、アルバムタイトルの意味と重なる「すべての命、すべての死を祝福したい」という願いの裏にどのような経験があるのか、が語られています。

母が入院しているときもよく見舞いに行ってたんですが、病院で生活している方々を見て、思うところもありまして。力の強い人、偉大だとされている人こそが人間の歴史だという風潮に対して腹が立ってきたし、そんなのは嘘っぱちだと思ったんです。そうじゃない人がほとんどだし、すべての人が一緒なんだろうなと。昔のゴスペルソングには、そういう内容のものもあるんですよね。
母親が亡くなって人生賛歌のイメージがガラッと変わった - Real Sound|リアルサウンド

以前読んだときには気がつかなかったのですが、改めて読むと、「すべての命、すべての死を祝福したい」 と願うアルバムテーマを決定づけたのでは、母の死だけでなく、病院でのそのほかの方々の生活ということなのでしょう。


ただし、「いつも手をふり」について言えば、母への想いがストレートに表現されている歌詞になっています。「何か返そうとしたけど足りなかった/もらったものが多すぎて返せなかった」の部分などは、友人や恋人というより、親に対する感謝(親孝行)の気持ちそのままのように思えます。


しかし、こういう聴かれ方は、アーティスト自身は好まないのかもしれません。
少し話が飛びますが、テレビブロスのコラムで、漫画家の久保ミツロウが、「感情のレイヤーかけすぎ問題」について語っていました。例えば、 そのアーティストが好き、という気持ちが強すぎて、作品の評価は抜きにして応援を続ける 場合や、 アーティストの死後に、亡くなった悲壮感をもとにその人の作品を見返す場合は、作品を鑑賞する際に「感情のレイヤー」をかけすぎて正当な評価が出来ていないのではないか、という話です。

ボヘミアン・ラプソディ』はそこまで振り切ってるわけじゃないとは思うけど、それでも何かの病気でアーティストが死んで、その自伝を描こうというときに、その人の伝えたかったものがその病気越しにしか見えない感じになってしまうのが、なんだか嫌で。(略)感情のレイヤーを1回取ってみて、その人の本当にやりたいことは何だったのかをちゃんと意識しないと…と思ってるんです。
(TVBros.2019年6月号「久保みねヒャダこじらせブロス」)


アルバムに関するインタビュー記事を読んでしまうと、「いつも手をふり」を聴いて、田島の母親の姿を思い浮かべてしまいます。しかし、時が経てば、「感情のレイヤー」は徐々に薄れて、この曲をもっとシンプルに受けとめることが出来るようになると思います。


ちょうど、これに関して、とても良い記事がありました。小鉄昇一郎さんによる弾き語りツアーのレポート(music review site Mikiki)です。
この中では、特に印象に残った曲として「太陽を背に」が取り上げられています。

個人的に印象に残った曲が“太陽を背に”だった。田島はMCで、ブルースやラグタイムのリズム構造や楽器の変遷については語っても、その精神性やテーマについては語らなかった。しかし〈さあ太陽を背に働きに行こう/きっと記録に残らない者たちが働いて/いまここに町があるんだ〉と歌うこの曲は、どの時代、どこの国にもいるであろう、ただ日々を生きる労働者たちのことを歌う、まさにブルースの精神のど真ん中を行く清々しい佳作だ。そのスピリッツは敢えて言葉にせず、実際の作品に託す。そんな心意気を感じ取った。
労働者をテーマにした歌はオリジナル・ラブの過去のアルバムにもある。99年リリースの隠れた傑作『L』収録の“大車輪”だ。しかし〈日替わりランチ巡り 誰よりも急いで食べ/取り替えがきくような命に縛りつけられ〉と歌う“大車輪”に描かれるカリカチュアライズされた労働者像と“太陽を背に”のリリックには、根底にある眼差しに大きな変化が感じられるだろう(しかし“大車輪”は“大車輪”でまた名曲でもある。モーター音のサンプル・ループが6連符でビートをひねる、オリジナル・ラブ流のインダストリアル・ロックだ)。
何よりも、両足のパーカッション(フット・スタンプとタンバリン)、そしてギターと歌を身一つで汗をかきかき演じる田島貴男の姿は、アーティストやクリエイターと言うよりは正しく〈エンターテイナー〉。誤解を恐れずに言えば奉仕的な、ひとつの職業としての音楽家、その誇りとサービス精神に満ち溢れた〈働く男の姿〉そのものであった。
オリジナル・ラブ田島貴男が弾き語りツアーで見せた〈働く男〉としての姿 | Mikiki

超名文です。
ここで、「大車輪」を出すあたり、オリジナル・ラブが好きなことが何より伝わってくるし、「隠れた傑作」という控えめな言葉で大傑作『L』を褒めているのも嬉しい。そして、両者の間には「 根底にある眼差しに大きな変化が感じられる」というのも、まさにその通りです。
そして、その音楽が、 〈働く男〉としての田島貴男から発せられたものであったというまとめは、ちょっと出来過ぎな感じもしますが、ライブの感動をとてもうまく伝えています。
自分も最終日の東京公演を観に行きましたが、「太陽を背に」にはとても感動しました。これまでとは違った聴こえ方が、そこにはあったように感じたのです。


それは何故か。
ファンはよく御存知の通り、もともと「太陽を背に」は、2013年発売の『エレクトリックセクシー』の中の一曲で、田島自身も参加した震災後の復興活動(具体的にはスコップ団というボランティアチーム)にインスパイアされて作られた曲なので、どうしても、そのイメージが離れない曲でした。久保ミツロウ風に言えば「感情のレイヤー」が強い楽曲だったのです。
それからだいぶ日が経ったことによって「感情のレイヤー」を意識せずに楽曲を受け入れることが出来るようになった、というのが、「太陽を背に」がこれまでと違って聴こえた理由として考えられます。


そして、もう一点は、このライブにおいて「太陽を背に」が「いつも手をふり」の直後に歌われているということも大きかったのではないか。そんな気がしています。
この2つは、身近にいる人や、目の前で頑張っている「ふつうの人」に向けて歌った曲であることが共通しています。*1その「ふつうの人」は、家族であり、友人であり、そして、知人でも友人でも何でもない人(誰かにとって大切な人)達なのです。
自分以外の人の誰もが「かけがえのない」人生を生きていること、それを感じさせる楽曲が『bless You!』には詰まっているし、「太陽を背に」は、その延長上にあったとも言えます。
ということで、 『bless You!』は、過去楽曲まで影響する名盤だと思います。
そして、小鉄昇一郎さんのレポート、素晴らしいですね。アルバム評もコンパクトながら名文でした。小鉄さんの文章の締めの文をここでも引用させていただきます。

〈いつの日よりも 今の君が一番いとおしい〉とは、オリジナル・ラブの名曲“朝日の当たる道”の印象的な歌詞だが、常に変化と前進を続けてきたオリジナル・ラブの、そこかしこに過去の歩みを感じさせながらも、フレッシュさを失わない円熟の新作『bless You!』。これまでのファン、そして、これから過去のディスコグラフィに触れる楽しみがある幸運な若いファンに向けて、田島貴男が送るエール(bless You!)のような一枚だ。
オリジナル・ラブ 『bless You!』 最初から〈オトナ〉だった男の〈円熟〉 | Mikiki

*1:また、「いつも手をふり」「太陽を背に」はどちらも9曲目であることが共通しています。