Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

小6の娘は楽しんでいたけど…~原恵一監督『バースデーワンダーランド』


映画『バースデー・ワンダーランド』90秒予告【HD】2019年4月26日(金)公開


最初にまず結論を書くが、今回の映画は楽しめなかった。
あまり予備知識を仕入れないまま見に行き、全体像が掴みづらかった。直前に15キロランニングをして、おにぎり1つを食べつつ劇場に滑り込んだ、等、さまざまな要因が考えられるが、前半では少しウトウトしてしまったことが大きい。
楽しめなかった理由を、そこではなく、映画の見せ方の部分に無理矢理、見出してみよう、というズルい考えが今回の文章となる。
したがって、映画を面白く感じた人は読まない方が良いと思う。
なお、小6の娘は大変楽しんで見てくれたようで良かった。


異世界に入り込んで問題を解決して戻って来る話という、ざっくりとした括りでは、劇場版ドラえもんに似た設定と言える。
しかし、ドラえもんと比較するとどうしても粗が目立ってしまう。劇場版ドラえもんの話の展開パターンを5段階に分けて考えてみる。

  1. 異世界への迷入、仲間との出会い
  2. 異世界での問題確認(不安、恐怖)
  3. 異世界での問題解決
  4. 異世界からの脱出、仲間との別れ


1.の段階は導入部となる。バースデーワンダーランドは、原題の通り、地下室の扉が異世界の入り口となっているが、この時点では、ドラえもんと大きな違いはない。しかし、冒頭のシーンで、アカネが小学生なのにiPhoneのメッセージ機能(LINE?)を使って、友だちと連絡を取り合っているのは、自分にとってはちょっと嫌だった。また、それなりに背もあるので、パジャマ姿の彼女が小学生に見えず、混乱した。(ランドセルを背負った姿は、高校生のアカネが昔を思い出しているのか、と勘違いした)


2.の段階は、解決すべき課題、倒すべき相手が明確になる部分。ここで主人公が感じる「不安」や「恐怖」にどの程度感情移入できるから重要となる。ドラえもん映画では、しばしば、この段階で、のび太が元の世界に引き返すことが出来るようになっている。それでも、のび太は、異世界に住む人々を見捨てることは出来ず「覚悟」を決めて、異世界に飛び込んでいく。この世界を救うのはのび太にしかできないのだから…。
ここが、バースデーワンダーランドに圧倒的に欠けている部分だと思う。第一、アカネが何故「緑の風の女神」として選ばれたのか、アカネにしか出来ないことが何なのか?がよくわからない。主人公の「覚悟」も見えないから感情移入もしにくい。どこにフォーカスを当てて、何を楽しみに待って映画を観ればいいのかが分からない。


3.の段階は、バースデーワンダーランドが美しく精彩に富んだ映像で、観客を楽しませたかった部分で、自分も好きなシーンは多いが、2が弱かったため、全体的にぼんやりしてしまった気がする。ドラえもん映画であれば、このときに異世界の住人との触れ合いのエピソードが多々あるが、それが少なかったことも、映像とは逆に、物語が精彩を欠いた理由かもしれない。


4.の段階は、通常、劇中で最もカタルシスを得られる部分だが、これまたバースデーワンダーランドが失敗している部分と言える。ここで解決した問題はいくつかあるが、そのどこにもカタルシスを得られない。

  • 行方不明だった王子が見つかる。
  • 「しずく切り」という儀式が成功する。
  • これらの過程で主人公が重要な役割を果たす。

なぜカタルシスが得られないのかと言えば、2の「恐怖」や「不安」が不明確なため、それらの解決もまた不明確だからである。
特に、今回、前半で悪の象徴だったザン・グとドロポが悪さをする理由がよくわからなかったので、彼らの正体が王子と魔法使いだったことが分かっても「へー、そうなのか」くらいにしか心が動かなかった。
そんな風にして突如登場した王子が、魅力的に感じられるはずもなく、初対面のアカネと共同作業で「しずく切り」をする展開も感情に入れ具合が分からない。(そもそも、ザン・グの時点で、顔の醜さを嘆いていた王子が、本来の美しさを取り戻して正気に戻るのは、「結局見た目かよ」という反感しか生まない)
さらに、「しずく切り」自体が、どうなれば失敗でどうなれば成功なのかもわからないまま見ているので、どちらの結果が出ても、どう反応すればいいのか分からない。
アカネは、「前のめりのイカリ」というアイテムを渡すことで、王子に手助けするが、これを渡すのがアカネでなければいけない理由もよく分からなかった。
というように、様々なことが積み重なり、「クライマックスで絶対に泣く」という松岡茉優がのお墨付きとは裏腹に、何処で泣けばいいのかが分からないまま、すべてが過ぎていった。


最後に5.の段階。自分がドラえもん映画で一番好きな場面かもしれない。しかし、バースデーワンダーランドでは、この「別れ」の部分はかなりあっさりしていて、ここも涙の出番なし。
だけでなく、向こうの世界での1日はこちらの世界で1時間、前回「緑の風の女神」が来たのは600年前(こちらの世界で25年前)という重要なことが最後にヒポクラテスから明かされる。ということは、アカネの母が、いわば「先代」だったことが判明するのだが、ここにもあまりフォーカスされない。冒頭で感じた、アカネの母への違和感(この家だけあまりにカラフルな花が咲き誇っていることや、突然ブランコを漕ぎだす母親の少女趣味っぽい感じ)は、彼女が、一度向こうの世界に行っていることが理由なのだが「あ!そうだったのか!!」という気づきによる喜びは全くない。


ということで、金魚に乗って池の中を進むシーンや、ラストのサカサトンガリの街の風景は大好きなのだが、物語として惹かれるものが少なかった。
やはり2の部分でかなり寝てしまっていたのかもしれないのでちょっと反省。
松岡茉優と杏の声優起用について問題に感じている人も多いようだが、そこが映画の面白さに影響しているのかどうかは自分にはわからなかった。
映画鑑賞の際に、「どこにフォーカスを当てればいいか」ということは、実はかなり重要なポイントで、映画のせいなのか自分のせいなのかにかかわらず、それが曖昧であれば、映画を楽しめないということを痛感した映画体験になった。


なお、川沿いの景色は多摩川左岸の二子玉川付近だろうか。
川沿いにあるイタリアンレストランも久しぶりに行ってみたい。


原作はこちら↓

新装版 地下室からのふしぎな旅 (講談社青い鳥文庫)

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