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満足度200%のドイツミステリー~セバスチャン・フィツェック『乗客ナンバー23の消失』

乗客ナンバー23の消失

乗客ナンバー23の消失

事件解決のためなら手段を選ばぬ囮捜査官マルティンのもとに、5年前に豪華客船「海のサルタン号」船上から忽然と姿を消した妻子にまつわる秘密を明かすという連絡が届いた。相手がマルティンを呼びだしたのは、因縁の客船。そこでは2か月に船から姿を消した少女が忽然として出現。さらなる事件が次々に起きていた。

ニューヨークへ向かう客船の中で走り出す複数のプロット――。船の奥底に監禁された女と、彼女を詰問する謎の人物。娘の忌まわしい秘密を知って恐慌を来たす女性客。何者かとともに不穏な計画を進める娘。船室のメイドを拷問する船員と、それを目撃した泥棒。船の売却を進める船主と、船の買い手である中米の男も乗船しており、マルティンを呼びだした富豪の老女は「この船には恐ろしい秘密が隠されているのよ……」とささやく。

この客船の中で何が起きているのか? からみあう嘘と裏切りと策謀――真相はめくらましの向こうにある! そしてあなたが「一件落着?」と思ってから、ドイツ・ミステリー界最大のベストセラー作家が腕によりをかけて仕掛けた意外な真相のつるべ打ちが開始される!

面白い。
内容紹介の言葉通り、最終盤の「意外な真相のつるべ打ち」がたまらないミステリー。


物語は、いくつかの話を軸に展開する ので、最初は掴みにくかったが、そこに乗っかることが出来さえすれば、あとはノンストップ。
ブレーキの利かないトロッコ列車に乗せられたように、次々とイベントが生じて、最後まで進んでしまう。
そして、惹き文句の通り 「一件落着?」と思ってから、さらに展開するのが、よくできたエンタメ小説になっている。
特に良かったのが、「悪い奴」が「余らない」こと。先日の劇場版名探偵コナン(紺青の拳)の不満点は、黒幕は捕えたけど、一番悪い奴が報いを受けていない…と感じられたことだったが、この小説では、「悪い奴」数名が、すべて罰を受けることになり、エンタメ小説として満点だと思う。
以下ネタバレ。



最近、小説や映画を観る際に自分が意識しているのは、読者のフォーカス。つまり、読者が「クライマックス」だと感じるキーポイント(物語を引っ張る鍵)が事前にしっかり示せているか?それがいつ来るのか?全部解決しているか?
この物語のキーポイントはいくつかあるが大きいのは以下の4つ。

  1. 5年前に豪華客船 <海のスルタン> に乗っていたマルティンの妻と息子は、何故消えてしまったのか?
  2. 母娘で<海のスルタン>に乗船したユーリアの娘リザは、何処に行ってしまったのか?自殺してしまうのか?
  3. 8週間行方不明だったが船内で見つかったアヌークは何処にいたのか?その母親ナオミ・ラマ―は無事なのか?
  4. <井戸>の底に監禁されていたナオミ・ラマ―がノートPCでやり取りをしている相手は誰なのか?

このうち、2、3、4が解決しても(したように見えても)、1の真相がすぐに明らかにならない。そこのタイムラグがマルティンの気持ちとリンクしていてとても良い。
そう、 2、3、4の真相(犯人は、親子虐待の「親」を消す目的で船に誘い込んだ)が分かった時点で、読者には、マルティンの妻と息子の間に性的虐待があったことは明確なのだが、マルティンは、すぐにはそれを受け入れられない。
そして、 1~4すべての真相がわかったあと、船を降りてしばらく経ってから真犯人を思いつくという流れ(しかも、それが、読者にヒントを与えた上でのトリック)もやはり読者が想定していたフォーカスの「ずらし」があり、そこにグッと来る。
それだけでなく、ユーリアとリザの母娘を対立させ、悲劇を生む原因となったダメ男トムへの鉄槌をくだす流れと、マルティンの息子ティムが無事だったことが最後の最後にわかるオチ。また、ボーナストラック的に、船主の悪だくみが暴かれるのも素晴らしい。
そう考えると、この小説の面白さは以下のように説明できる。

  • 読者が気持ちを盛り上げやすいように、何にフォーカスしたらいいのか、が事前に示される「問題・伏線の提示」(これは通常の物語では当然なのだが、映画『バースデー・ワンダーランド』のような例外がある)
  • 読者がフォーカスしたポイントで期待通りに盛り上げ、その説明が腑に落ちる「納得感」
  • 読者がフォーカスしたポイントがなかなか訪れない「焦らし」
  • 読者がフォーカスしたポイントが一度解決したと見せかけて、さらにオチを用意する「どんでん返し」
  • 読者がフォーカスした複数のポイントすべてが解決する「伏線回収の見事さ」

これらがすべての点で満点を取れているのがこの小説だと思う。


エンタメ小説の面白さは、よくできたRPGと同じで、広大なマップの中を迷わせることなく、複数のイベントをタイミングよくクリアし、最後に「意外な真相」が用意された上で、明るい気持ちになれるエンディングを迎える、そこにこそあるのだと思った。
海外小説は苦手なのだが、この人の小説は、そもそもタイトルが面白そうだし、他の作品にもどんどん手を出していきたい。
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