Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

キレない人も知っておきたい~田房永子『キレる私をやめたい』

『母がしんどい』の田房永子が今まで誰にも言えなかった深刻な悩み――それは“キレる"こと。
あなたも家族や彼氏にこんなことしてませんか?

・頭に血がのぼってヒステリーをおこす
・後先考えずに物を投げたり、破壊したりしてしまう
・泣き叫んでわめき散らしてしまう
・つかみかかったり、ビンタや肩パンチをしてしまう
・思わず子供を叩いてしまう
・イライラして暴言を吐いてしまう
・怒りが抑えきれず、裸足で外に飛び出したことがある

理性を取り戻したあとに毎回、自己嫌悪。
私って、本当にダメな人間なんだ…。
いいえ、違うんです。
あなたは傷つきすぎているから、キレてしまうのです。
キレることに苦しんでいた私が、穏やか生活を手に入れるまで――。

この本を読んで改めて思うのですが、田房永子さんは、漫画表現以上に文章が上手いと思います。
巻末で「おわりに」として2ページに渡って、この本を描くに至った経緯が書かれていますが、これがとても分かりやすいし、田房さんらしい視点に満ちていると思います。特に、子を産んで、我が子を殴るようになるのは絶対イヤと思っているのに、子どもへの暴力に対する世間のまなざしに違和感を覚える部分。

しかし実際、子育てを始めてみると、「母親が子どもに暴力を振るう」ことは、ゆるやかに許されているということを肌で実感するようになりました。(略)ある時は、著名な教育者の後援会に行くと「子どもに手を上げてしまうことで悩み過ぎないで。何をされても子どもはお母さんが大好きだから、大丈夫」とトンチのような言い回しで会場の母親たちを励ましていました。母親たちは目に涙を溜めてウンウン、とうなずいていました。
そうやって、具体的な対処法ではなく「そのくらい大丈夫」「子どもだってわかってくれる」という曖昧なフレーズで母親による子どもへの暴力を見逃すというのは、いまの育児の現実の一つであると断言していいと思います。

勿論、だから母親が悪いというわけではなく、父親の責任や公的扶助の仕組みが見逃されており、そういった歪みを子どもが被るようになっている社会が変なわけですが。
田房さんは、子どもに暴力は絶対に振るいたくないし、勿論夫への暴力も、すぐにキレることもやめたい。それなのに、誰もそれを「間違っているよ」と言ってくれない、対処法の本がない、という問題意識からこの本を出しています。実際、Amazon評では、その部分(誰も言ってくれる人がいなかった)に共感している人が多いようです。


一方で、この本の問題点は、対処法として挙げられているのが、ひとつの手法(ゲシュタルトセラピー)に限定されていることでしょう。巻末解説では、日本ゲシュタルト療法学会前副理事長の岡田法悦さんが対談形式で説明していますが、宣伝めいているので、これを嫌がる人が多いのは分かります。
ただ、類書が無い中で、田房さんが個人で探ってこの方法に辿り着いたという点や、カウンセリングを受けること自体を勧めているのではなく、「キレる私をやめたい」人向けに、どのような考え方をすればいいか、についてヒントが書いてあるのはいいと思いました。
特にセラピーの基本的な考え方として、人には「状況」と「心」があり、普段、人は「状況」同士で話をしているが、セラピーでは、相手の「心」に注目する、と言う話は、相談を受ける側としても使えるテクニックと言えるし、田房さん自身がそうしているように子育てでも有効な手段です。(基本のキなのかもしれませんが)
f:id:rararapocari:20190505075412j:plain

また、基本的には夫が常識的で優しい人として描かれており、田房さん自身の非常識度合いが際立つので、田房さんにイライラしてしまう部分もあります。
特に、自分が夫に暴力を振るっているのに、キレて、「夫に暴力を受けた」と警察に電話してしまうエピソードなどは、本だから読めるようなものの、知人からそういう相談を受けたらドン引きです。
ただ、『ママだって人間』のとき(夫は怪しい雰囲気)と異なり、『母がしんどい』のときの絵柄に寄せているのは、「夫に共感を、田房さん自身には反感を」という計算ずくでの描き方なのだと思います。
Amazonレビューで「ヒステリー女は子供を産むな」と書いている女性がいるなど拒否感を抱く人も多いのでしょうが、ここまでダメなところをさらけ出すことで、「自分だけじゃない」「自分はここまでじゃない」と救われる人がいる。それだけでもこの本の存在意義は大きいと思います。


最も重要なことは、田房さん夫婦がまさにそうですが、夫婦で協力して解決すべき問題だということです。その意味では、ひとつ前に読んだ『うつ病九段』など、他の病気にも共通して言えることです。田房さん×ゲシュタルトセラピーの組合せだから改善したのではなく、田房さん×田房さん夫だから改善したのかもしれません。

参考(田房永子さんの著書感想)

pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com


結局は当人が取り組まなくてはならない問題ではあったとしても、周りが傍観者を気取らず、適切な距離で支えていく必要がある。と思えば、「キレる」問題は「キレない」人も知っておくべきテーマだと思いました。