Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

日韓関係への希望と失望と~浅羽祐樹『したたかな韓国』


今年は、映画『主戦場』を観たこともあり、日韓関係に関しては、慰安婦問題を中心にこれまで以上に関心を持ってニュースに触れています。
自分のスタンスを簡単に説明すると、基本的には、今の現政権の要人に目立つ「色々と過去の歴史をなかったことにしたい人たち」に強く反発を感じ、ネット上でよく見られる、やたらと隣国を貶すような文言には常に嫌悪感を持っています。
しかし、一方で、2015年の日韓合意の破棄や徴用工問題、レーダー照射問題など、 文在寅が大統領になって以降の韓国側の姿勢には、「これはついていけない」と感じていました。
したがって、現在の最悪の日韓関係をもたらした 半導体素材に関する輸出管理の見直し や、ホワイト国除外などの措置は、大賛成とまでは行かないまでも、「いたしかたない」と思っていました。(ただし、これらは報復措置ではなく、「安全保障上の懸念」が理由である必要があると思います。)


ところが、 国民の9割以上が韓国のホワイト国からの除外に賛成 などという記事を見てしまうと、 自分の頭で考えて、この結論に至っているのだろうか。 『新聞記者』で見られるような、政府側の恣意的な報道介入によって、自分の考えは操作されているものなのではないか?という疑問が浮かんできてしまったのでした。


例えば、これも長い間、日韓関係の間で重要問題となっている「竹島」の話。
これについては、自分が学生時代にはほとんど知らないような話だったため、何となく、「日本固有の領土」に、韓国側が最近になって言いがかりをつけているのでは?と思い込んでいたのです。
慰安婦問題については、(以前に比べれば)経緯も含めて ある程度の段階までは 理解出来たと思っているので、今度は竹島の問題も少し勉強してみたいと思いました。そんなときに、友人に浅羽祐樹さんのこの本を薦めてもらったのです。


本を読んだあとで改めて確認すると、いつも聴いているラジオ番組「荻上チキのsession22」で日韓関係にコメントする専門家として、本を読む前に声で浅羽さんを知っていることが分かりました。
『知りたくなる韓国』という本を書いている方なので、「親韓」の人なのかと思ったら、session22では、現在の「最悪の日韓関係」については文在寅に対してかなり厳しいコメントをされており、やはり自分の感覚は、それほど間違ってはいなかったと少し安心しました。
ごく最近の浅羽さんの意見は文春オンラインにわかりやすいインタビュー記事があります。これについては最後に触れます。
bunshun.jp
bunshun.jp


功利主義的なアプローチ

今回、本を読んでみて浅羽さんの印象を一言で表すなら功利主義的という言い方になるでしょうか。学者というと真実を追求する人というイメージがありましたが、政治学者というのはまた別ということでしょう。
そのことは、この本の「はじめに」の部分に表れています。

竹島領有権紛争にせよ、慰安婦問題にせよ、日韓両国がどのようにアプローチするのか、国際社会が注目している。日韓関係はもはや、単なる二国間関係ではなく、いかに国際社会にアピールできるか、について双方があらかじめ意識して臨まなければならない。一言でいえば<ゲーム>の局面が変わったのだ。(略)
個別のゲームで勝敗を競うことよりも、そもそも、どのゲームを戦うのかというメタ・ゲームにおける選択が決定的に重要である。勝てるゲームで戦い、負けることがわかりきっているゲームでは戦わないことこそが、最大の必勝法だ。ジャッジ(審判や勝負の判定)の存在を意識することも欠かせない。ゲーム自体がとっくの昔に変わってしまっているのに、いつまでも前のままのやり方では勝てるはずもなく、笑い者になってしまう。


この本の出版は2013年。2013年に大統領に就任した朴槿恵への期待を込めて書かれているので、2019年現在からみると、情報が古いですが、session22での発言や、文春オンラインの記事を読むにつけ、上に書いたような浅羽さんのスタンスは変わらないと思います。
この本のメインの主張を、簡単に整理すると、以下のようになります。

  • 説得力のある論理をつくりあげ、相手だけではなく、国際社会にもアピールするためには「悪魔の代弁人」をたてて臨むことが必要である
  • すなわち、相手と交渉する前に、耳に聴こえの良い天使のささやきではなく、あえて疑問や反論、批判を提示し、論理を鍛え上げておくことをしなければ勝負事には勝てない
  • そういった準備を「したたかな韓国」は着々と進めている

竹島領有権紛争

本書では、「悪魔の代弁人」をたてて 自分の弱点にも目を向ける「したたかな韓国」の具体例として第3章で、竹島領有権紛争が俎上にのぼっています。
ここでは、韓国で2009年に出版された『独島イン・ザ・ハーグ』という法廷小説が取り上げられています。この小説の中では、「独島」の領有権をめぐって日韓が法廷論争を繰り広げ、その中で、両者の論点が整理されており、作者の若い裁判官は、独島法律諮問官という新しいポストに登用されたといいます。この作者の任官直前のインタビューでの言葉が印象的です。

必ず模擬裁判を準備してみる計画である。私が日本側弁護人を引き受け、模擬準備書面を作成してみるつもりだ。自分自身の論理を打ち破ることができれば成功ではないか。独島に建物を百棟建てるより、その方が重要だと思っている。p122

すなわち、竹島の問題については、韓国側は「悪魔の代弁人」を立てて着々と準備が整っているというのです。


備忘録替わりに、竹島問題の基本的な考え方を列挙します。

  • 韓国にとっての「独島」は日本にとっての尖閣諸島と同じ(有効に支配しており、領有権の問題がそもそも存在しない)
  • 韓国は1900年に大韓帝国勅令41号によって、それまで無人島だった「独島」を含む島々を「鬱陵島竹島、石島」として領有権を取得。このうち「石島」が「独島」にあたる
  • 【これに対する反論】しかし、それまで「独島」を実効支配していたと言いながら勅令41号に「独島」という名称が登場しないことから、これが「独島」を指していたかどうかは疑わしい
  • 日本は江戸時代の初期から竹島を利用し、遅くとも17世紀半ばに領有権を確立していた。その後、1905年の閣議決定により竹島島根県編入し、領有の意思を再確認した。
  • 【これに対する反論】上記理論の「その後」の期間(17世紀半ば~1905年)には、1877年に「太政官指令」があり、これは日本が竹島を含む島々の領有権を手放したことを意味する。(ただし、このときの島も具体的な場所が定まっているものではない)
  • また、韓国側は、日本政府による 1905年の竹島島根県への編入措置は「日本による韓国侵略の最初の犠牲」と認識している。

ということで、竹島をめぐる争いは、1900年前後の史実をひもとく必要があり、かなり古い問題であることが分かりました。
すなわち、近年に急に出て来た問題という誤った認識は自分の不勉強が原因で、韓国人の独島(竹島)への思い入れは、とても強いと感じました。
さらに、歴史的事実として、どちらの領土と判断するのは難しい中で、自らが不利なシナリオを想定して論争への準備を進めている韓国に勝つのは相当に難しいのではないか、という感想を持ちました。

慰安婦問題について

慰安婦問題については、4章に取り上げられていますが、ここでは、左派、右派で論争になる「何が歴史的事実として正しいか」には、あまりこだわっていないのが特徴的です。
まず、総論からすれば、慰安婦問題については、「戦時における女性の普遍的な人権問題」として韓国の主張が国際社会でそのまま受け入れられていることから、日本は「ゲームの進め方」を考え直す必要がある、というのが浅羽さんの基本的なスタンスだと受け取りました。*1
しかし、最も興味深かったのは、日韓の埋められない考え方の差についての説明でした。
日本の基本的立場は「請求権の問題は日韓請求権協定(1965年の国交正常化の際に締結)ですでに解決済み」というものですが、韓国側は、1965年時点では慰安婦問題は想定されておらず適用の範囲外であり、さらには「法以前に、国民の情緒、感情の問題」としているというのです。
この 「法以前に、国民の情緒、感情の問題」というのは、2011年の日韓首脳会談(日本の首相は野田佳彦)後の李明博大統領の言葉で、これについては、さらに「国民情緒法」という概念(?)を使って説明が加えられています。

韓国には、憲法よりも上位にあるとみなされる<法ならぬ法>が存在する。それが「国民情緒法」である。(略)
(韓国で圧倒的なシェアを誇るNAVERの※括弧内追記)オンライン辞書では、「国民情緒法」について次のように説明している。

国民情緒にそぐわない行為を法に見立てている。実定法ではない不文律。世論に基づく感性の法で、メディアの影響を多く受ける。世論に依存し法規範無視の風潮を生むという問題もある。

(略)
近年、世論に迎合的な政治はどの国でも強くなっているが、国民情緒に流されて実定法を明らかに無視したり、法の遡及適用を行ったりすることはまずありえない。(が、韓国では、国民情緒法が、それを可能にする ※括弧内追記 )
このように、世論に依存する法規範無視の風潮が生まれると、安定した社会的関係が成立しなくなってしまうのが、「国民情緒法」の一番の問題である。それは、国内でも、外国との関係においても、まったく同じである。p160


2013年に大統領に就任した朴槿恵は、韓国社会が抱える法規範無視という問題について正しく認識しており、法の支配を徹底するというアプローチで国政に臨みました。つまり、自らの弱点を知った上で、国際社会に訴えようという姿勢に、韓国の「したたかさ」を見たのが、この『したたかな韓国』のひとつの大きな柱だったのです。*2


浅羽さんが期待を持って迎えた朴槿恵政権は、慰安婦問題については、2015年の日韓合意で、あの安倍さんに 「心からおわびと反省の気持ちを表明」させるという、なかなかハードルの高いことをやってのけます。*3
しかし、結局、朴槿恵政権も自らの失態が招いたとはいえ、「国民情緒」によって辞任・逮捕に追い込まれることになります。
その後生まれた文在寅政権についての浅羽さんの認識は、先に紹介した文春オンラインの記事に以下のように書かれています。

文大統領は、2016年10月~17年3月に起きた、朴槿恵前大統領を弾劾・罷免した「ろうそく革命」の結果として誕生した大統領です。よって、17年の大統領就任当初から、保守派の政権下で積み重なった弊害を否定する「積弊清算」を歴史的使命と自任しています。

それは、朴槿恵政権が結んだ2015年の日韓「慰安婦」合意は誤りで、その父・朴正熙元大統領が行った日韓国交正常化も「誤った過去清算」だったという前提に基づいています。そのため、「日帝強占(日本帝国主義による強制占領)」をきちんと清算しなかった保守派こそが、文大統領からすれば最も断罪すべき存在です。

つまり、文大統領は植民地期に日本に協力した「親日派」を断罪した。それだけでなく、その「親日派」の清算に失敗した保守派は真っ当な政治勢力ではないと言うのです。つまり、進歩派の文大統領にとっての対日外交というのは、韓国国内の「保守派=親日派」叩きの延長線上なのです。


『したたかな韓国』の中では、2007年のハンナラ党内の予備選挙李明博に負けた朴槿恵が、与党内にいながら与党内野党として、セヌリ党への改名など様々な手続きを踏み、同じ与党の李明博大統領への不満も力に変えて大統領に就任したことが描かれていますが、2012年の大統領選で朴槿恵に負けたのが、文在寅であることが面白いです。
トランプ大統領は、オバマケアやイラン政策など、とにかくオバマと逆のことをやりたかがるのが目立ちますが、韓国では、それが5年周期で起き続けているというイメージでしょうか。


さらに、同じく文春オンラインの記事で、浅羽さんは、文政権との向き合い方で注意すべき点として、「正しい歴史」「間違った歴史」という概念を紹介しています。

では、特異な「歴史」観を有する韓国に、日本はどのように向き合えばよいのでしょうか。
留意すべきは、韓国の「正しい歴史」「間違った歴史」という概念です。

日本では、「事実として起こったこと」が実証主義的な歴史だと認識します。好むと好まざるとにかかわらず、史料に基づき、過去を再構成します。

それが韓国では「道徳的に正しい事」「本来あるべきこと」が「正しい歴史」とされるのです。その一方で、「道徳的に劣っている事」「歩むべきではなかった道」は「間違った歴史」となります。

例えば、1910年に日本の植民地になったことは厳然たる事実ですが、「間違った歴史」とされる。一方、他国には全く承認されていない、1919年に上海で建立が宣言された大韓民国臨時政府こそが「正しい歴史」。日本の植民地支配に屈してしまったのも「間違った歴史」ですし、それを「正す」ことができなかった65年の国交正常化も「そもそも無効」というわけです。

文在寅は「革命家」であると言いましたが、この部分に彼の特性が色濃く表れています。この価値観は進歩派の政権に多い傾向があります。特に文在寅政権は「正義に見合った国」を標榜し、「間違った歴史」は「正さなければならない」という姿勢で、国内政治だけでなく対外政策にも臨んでいます。

ちょっと、この考え方にはついていけないと思うのと同時に、日本国内でも 「本来あるべきこと」を「正しい歴史」とする人たちがたくさんいるのに思い当たります。
浅羽さんがこのことに触れずに話を進めているのは、(その後の文章の烈しさを見ても)、今の文政権に同調できるところの少なさを示していると思います。
文章の締めが「 まず、<友人>であることを諦めることから、新たな日韓関係が築けるのではないでしょうか」と「諦め」を前提としているところに、読者としても、かなりの不安を覚えるのも確かです。


ただ、一日本人としては、 「道徳的に劣っている事」「歩むべきではなかった道」についても、自国の歴史として認め、国際的にも正当性をアピールできる論理で外交を進めるべく、隣国の韓国についてももっと知っておく必要があるという気持ちを新たにしました。*4
ということで、こういうニュースが溢れる中で、関連する本を読むのはとても勉強になると感じた一冊でした。

次に読みたい本

次に読みたいのは、やはり浅羽さんも執筆している『知りたくなる韓国』(4人による共著)です。また、『韓国化する日本、日本化する日本』も読みたいですが、これも2015年の本で朴槿恵政権を語るには中途半端。『しなやかな韓国』を読んだからには、どこかで朴槿恵政権の総括について書かれた文章が読みたいですね。

知りたくなる韓国

知りたくなる韓国

韓国化する日本、日本化する韓国

韓国化する日本、日本化する韓国



そして、韓国を非難する文章を読んでそのままブーメランとして帰ってきた「過去の歴史をなかったことにしたい人たち」の本です。実は『九月、東京の路上で』を未読なので、こちらも今年中には読みたいです。

TRICK トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち

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九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響

九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響

*1:いわゆる「河野談話」は、国際的な受け入れられ方を見るにつけ、ゲームの勝ち方としても正解だったと感じます。

*2:『したたかな韓国』の第4章では、国民情緒法の問題に加えて、国民によって選出されていないが、憲法に反する法律を無効にする違憲審査を行う「憲法裁判所」の力についても触れています。当初、「親日」だった李明博大統領が2011年に豹変した理由は、憲法裁判所の判決に理由があるというのです。が、ここでは、これについては省略しました

*3:色々と問題のある合意であることは認識しているつもりです。しかし、自分の安倍さん観では、毎年8/15の式辞でアジア列国に対する言葉を一切口にしない安倍さんが 「心からおわびと反省の気持ちを表明」 したのは、凄いことだと思います。

*4:例えば、憲法裁判所の元所長の発言として、「国民情緒法」の空気が生まれる、つまり法を軽視する土壌として、「法治が重要視されない儒教思想、35年間に及ぶ日本の植民地支配や解放以後も民主的とは必ずしもいえなかった政府によって、法が悪用される歴史があったため」ということが紹介されています。こういった歴史は、大きく日本が関わってきた歴史でもあり、日本人としてしっかり勉強しておく必要があるでしょう。