Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

重い内容の漢字二文字タイトル対決!〜伊岡瞬『代償』VS葉真中顕『絶叫』

期せずして漢字二字タイトルのミステリーを2冊続けて読んだ。どちらもAmazonでのレビュー数が80以上の人気作。
共通点はタイトルとレビュー数だけでなく、2冊とも、主人公の子供時代から物語が始まり、その半生を追うことで、特殊な人間関係や、事件が起きてしまった理由が分かる構成になっていること。
以前、面白いと思える小説の重要ポイントとして「実在感」、つまり、登場人物の感情変化や発言・行動が実在するように思えるかどうかを挙げたが、そこが丁寧に描かれており、どちらも「絵空事」感がなく、現実と地続きの内容と感じられた。

伊岡瞬『代償』

代償 (角川文庫)

代償 (角川文庫)

平凡な家庭で育った小学生の圭輔は、ある不幸な事故をきっかけに、遠縁で同学年の達也と暮らすことに。運命は一転、過酷な思春期を送った圭輔は、長じて弁護士となるが、逮捕された達也から依頼が舞い込む。「私は無実の罪で逮捕されました。どうか、お願いです。私の弁護をしていただけないでしょうか」。裁判を弄ぶ達也、巧妙に仕組まれた罠。追いつめられた圭輔は、この悪に対峙できるのか?衝撃と断罪のサスペンスミステリ。

1冊目の『代償』は、先に読み終えたよう太(中3)に聞くと「読後感が最悪…ではなく、最初からずっと胸糞悪い小説」という感想だったが、読み終えてみるとまさにその通り。
この展開の元祖が何なのかは知らないが、前半の小中学校時代は、『ジョジョの奇妙な冒険』第1部で、ジョースター家がディオ父子に侵食されていく、あのパターンで辛い。(大好きな展開…笑)
そして後半、周囲の手助けもあり何とか達也親子から逃れて大学を卒業した主人公・圭輔は弁護士になり、達也が圭輔に弁護を依頼する、という、圭輔の側に圧倒的に有利な展開。にもかかわらず、『羊たちの沈黙』のレクター教授さながら留置所の中から事態を掌握する達也は、小学生時代と変わらず圭輔を上から見下す態度で、胸糞悪さは健在。(裁判官裁判の法廷で、突如、挙げた証拠の突飛のなさ、下品さが達也ならでは、と感じられるところは、それまでの積み重ねがあってこそ。)
ここまで人の心を操るのが得意な悪人の造形は難しいように思うが、この小説での実在感、納得感はすごい。
それにしても、やはり愛する人が傷つけられる展開は本当に嫌だ。だからこそ、達也に対する憎悪は強くなり、その分、物語にぐいぐいと引き込まれていく。
なお、huluでドラマ化された際の圭輔役は小栗旬、達也役は高橋努。達也役はやや思っていたのとは印象が違うが、どのように演じたのか気になる。
https://www.hulu.jp/static/daisho/sp/


ということで初めて読んで大当たりだった伊岡瞬。次は、同じく漢字二字タイトルの『悪寒』を読む予定。

悪寒 (集英社文庫)

悪寒 (集英社文庫)


葉真中顕『絶叫』

絶叫 (光文社文庫)

絶叫 (光文社文庫)

マンションで孤独死体となって発見された女性の名は、鈴木陽子。刑事の綾乃は彼女の足跡を追うほどにその壮絶な半生を知る。平凡な人生を送るはずが、無縁社会ブラック企業、そしてより深い闇の世界へ…。辿り着いた先に待ち受ける予測不能の真実とは!?ミステリー、社会派サスペンス、エンタテインメント。小説の魅力を存分に注ぎ込み、さらなる高みに到達した衝撃作!

こちらも初めて読む葉真中顕。600ページという分厚さに見合った圧巻のミステリー。
裏表紙には、無縁社会ブラック企業とあるが、主に取り上げている社会的なテーマとして、生活保護ビジネス、偽装結婚孤独死と、現代日本の社会問題てんこ盛りの内容。
しかも、解説で水無下気流さんが指摘するように、主人公・陽子の人生を辿りながら、女性の生き方、もっと言えば「女の幸せ」の問題に深く切り込む。生保レディや風俗嬢の職業エピソードは、ややデフォルメ感も強いが、おひとり様ブームや婚活ブームなど、女性をめぐる社会の流行と、それに対する陽子の思考はとてもリアルに感じた。
自分は、葉真中顕(はまなかあき)という名前もから考えても、絶対に作者は女性だろうと思っていたが、1976年生まれの男性で、むしろその女性理解の深さに嫉妬する。


さて、自分にとっての、この物語のもう1つの特徴は同時代感、同世代感。
主人公は1973年生まれで自分と1つ違いということもあり、就職氷河期阪神淡路の震災、オウム事件、東日本の震災など、さまざまな事件を同じくらいの年齢で経験していることから、他人事に思えない。
また、登場人物に言わせるサヨク批判、ネトウヨ批判も的を射ており、この辺りも同時代を生きている感じがある。


というように、社会派ミステリーとして申し分の無い内容で、序盤から別々に捜査が進んでいた『江戸川NPO法人代表理事殺害事件』と『一都二県連続不審死事件』の2つの事件が終盤で繋がる構成もよく出来ている。
しかし、それだけでは無く、ミステリーの核となる謎解き部分も読ませ、ここに自分は最も心を動かされた。
話の運びは、綾乃のシーンは3人称、陽子のシーンは何と2人称というトリッキーな文体で進む。つまり、陽子の経験は全て「陽子、あなたは、〜したのでした。」というような書き振りで語られ、読者はどうしても、この語り手が誰か気になる。
結局、語り手については全605ページ中574ページ以降に明かされていくことになり、『絶叫』というタイトルに込められた意味も含め、ラストでの、この着地が素晴らしく、必然性が高い。
ミステリーとしての満足度で言えば、ここ数年でも1、2を争う内容だった。葉真中顕さんの他の作品も読んでみたい。(お、『絶叫』もドラマ化されてるのですね。陽子は尾野真千子、綾乃は小西真奈美小西真奈美はちょっと違う感じもするけど、こちらも面白そう。)

連続ドラマW 絶叫 DVD-BOX

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凍てつく太陽

凍てつく太陽


なお、水無田気流さんの解説は、何か他の文庫本でも見た覚えがあるが、話の筋がコンパクトに整理され、かつ、納得感のある深読みがなされていて素晴らしかった。次にどこかの文庫の巻末で出会うときが楽しみです。