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ワンクリックの向こう側~ジェームズ・ブラッドワース『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

労働市場規制緩和や移民政策で先を行くイギリス社会は、 日本の明日(みらい)を映し出している ――ジャーナリスト・横田増生氏推薦
私たちには見えない〝底辺(向こう側)〟の真実

聞こえのいい「ギグ・エコノミー(単発の仕事)」の欺瞞
● アプリ提供者が儲ける「プラットフォーム資本主義」
アルゴリズムという「ビッグブラザー」 の出現
● 成果と行動が監視される中での〝自由な個人〟
● 労働者の基本権が与えられない「パートナー」
● 全員が〝対等な仲間〟と錯覚させる「アソシエイト」
● 〝明るさ〟〝楽しさ〟をアピールして現実を隠蔽

これは「異国の話」ではない
英国で〝最底辺〟の労働にジャーナリストが自ら就き、体験を赤裸々に報告。働いたのはアマゾンの倉庫、訪問介護、コールセンター、ウーバーのタクシー。私たちの何気ないワンクリックに翻弄される無力な労働者たちの現場から見えてきたのは、マルクスオーウェルが予言した資本主義、管理社会の極地である。グローバル企業による「ギグ・エコノミー」という名の搾取、移民労働者への現地人の不満、持つ者と持たざる者との一層の格差拡大は、我が国でもすでに始まっている現実だ。

昨年末に観て、結果としては2019年で一番印象に残った映画となった『家族を想うとき』の副読本として挙げられることの多い本。
翻訳の問題なのか、文化の違いの問題なのか、強くうなずきながら読む部分と、首を捻りながら読む部分が両方あり、途中は飛ばし読みをしてしまったが、内容は刺激的で、非常に勉強になることの多い本だった。

目次を追うだけでも、色々なキーワードが出てくる。

はじめに

  • 第1章 アマゾン
    • ルーマニア人労働者
    • 懲罰ポイント
    • 人間の否定
    • 炭鉱とともに繁栄を失った町
    • ワンクリックの向こう側
  • 第2章 訪問介護
    • 介護業界の群を抜く離職率
    • 観光客とホームレスの町
    • 介護は金のなる木
    • ディスカウント・ストアの急伸
    • 貧困層を狙うゲストハウス
  • 第3章 コールセンター
    • ウェールズ
    • 「楽しさ」というスローガン
    • 古き良き時代を生きた炭坑夫たち
    • 生産性至上主義
    • 世界を均質化する資本
  • 第4章 ウーバー
    • ギグ・エコノミーという搾取
    • 単純な採用試験
    • 「自由」の欺瞞
    • 価格競争で失われる尊厳
    • 労働者の権利と自主性
  • エピローグ

これらのキーワードについて、備忘録的なメモを整理するだけでも大量になってしまうので、以下の3点に絞って本文を引用しつつ思うところを簡単にをまとめた。

  • 生産性と評価
  • 古き良き時代とグローバル
  • 貧困と時間

生産性と評価

映画でも父親が勤務中に身に着けていたが、アマゾンの倉庫では、携帯端末によって逐次行動を管理される。(しかもこの端末が高額…)
労働者は、ミーティングのたびに「アイドル・タイム(怠けている時間)がいかに忌むべきことか」についてライン・マネージャーから指導されるが、そこにはトイレに行くといった些細な行為も含まれ、生産性のためには、生理現象さえ犠牲にしなくてはならない労働状況にある。また、遅刻などに対して与えられる懲罰ポイントが貯まるとクビにされるという仕組みも厳しい。(それも映画にあった…)
ウーバーでは、乗客とドライバーがお互いを1~5の星で評価する評価システムがあり、評価が低い状態が続くと、ウーバー・アプリの使用が禁止される。
ウーバーを利用する側からすると安心な仕組みではあるが、ドライバー側からすれば、数名の厄介な客による低評価で職を失いかねず、ギャンブルのようなところがある。


確かに度を越した怠け者を除外するには、アマゾンやウーバーの評価システムは効果的だろう。
一般企業でも生産性を上げるための評価の導入に熱心だが、それによって、こぼれ落ちてしまうものも多いように思える。ある程度の「あそび」があることが、いわゆる「働き甲斐」を支えているし、評価が大きな影響力を持つと、日々不安を抱えながら働く必要が出てくる。アマゾンの倉庫での状況は、その究極の形を目にした気分だ。

古き良き時代と移民問題

第1章で舞台となるルージリーは、かつて炭鉱の町として栄えていた。ここでの労働党の地方議員の言葉が印象的だ。

40年前、この町にはいい仕事があって、町全体が活き活きとしていた。それに比べたら、いまはひどい状況だ。当時は毎晩、クラブはどこも客でいっぱいで、パブもいつも混み合っていた。町じゅうに人があふれ、どこも活気に満ちていた。いまはまったく別世界になってしまった。若者たちはむかしの町の姿をまったく知らない。経験したことがないんだから、仕方のない話さ。だからといって、それが正しいということにはならない。この状態が正しいはずがない。(P81)

かつての炭鉱の町での現在の最大の雇用主はアマゾンとスーパーマーケット大手のテスコだ。
しかし、アマゾンのひどい労働環境では地元民は誰も働きたがらず、そこで働く人の多くはルーマニア人だった。
本の中では、現在の東欧がどのような状況かについて詳しく触れられているわけではないが、アマゾンで働くルーマニア人の言葉からすると、食べるのにも困る状況のようだ。

ここで動物のように働くこともできます。4日間働けば、240ポンドを手にできる。ここでは、ぼくはただのつまらない人間です。でもルーマニアに戻ったら、ぼくは食事代もないつまらない人間になるんです(p39)

そのような覚悟で移民たちが働くことは、イギリス人の職を奪う(奪うというより残り物をカバーしているのだが)だけではなく、労働環境をどんどん悪化させることに繋がる。

介護の世界でもアマゾンと同じような状況が生まれていることがわかった。多くの介護事業者は、イギリス人労働者には期待できない恐ろしいほどのレベルの服従を東欧人労働者からは得られることを知っていた。私が話を聞いたほかの会社のイギリス人介護士たちによると、東欧からの従順な移民-お金に困り、会社の言いなりになってじっと我慢する人々-に仕事を奪われるという脅威が、介護業界にはつねに蔓延しているという。会社側もその状況を利用し、それとなくイギリス人スタッフに脅しをかけてくることもあった。p143

このような状況の中で、例えば、自分のことに限らず知人や家族が職にありつけない状態にありながら、あずかり知らぬところで移民が大勢働いていることを知ったら、移民を恨めしく思う気持ちが強くなるのはよくわかる。イギリスの世論が、EU離脱に賛成票を多く投じたのは、このような背景があって故のことなのだと理解した。

貧困と時間

また、EUや移民、ひいては地球温暖化のような、規模の大きな問題を理解するのにはある程度の時間をかける必要がある。
この本では、富裕層を除いたイギリス人を、優雅に暮らす「中流階級」と、低賃金労働にあえぐ「労働者階級」に分類しているが、労働者階級には、そもそも時間がないのが大きな問題だ。

中流階級の生活を特徴づける「迅速さと効率」という概念は、多くの労働者階級の家庭には存在しない。貧困はあの手この手で労働者から時間を奪いとろうとする。例えば労働者は、バスや大家が来るのをひたすら待たなくてはいけない。突然、残業を言い渡される。…p87

「時間」は『家族を想うとき』の物語の核となる部分だ。映画の夫婦は、家族のためを想って稼ぎ、稼ぐために時間を使い、ミスを補うためにまた金を使ったにもかかわらず、結局、どの程度が「家族のため」に使われているのかもよくわからない。明らかに非効率な生活を強いられてしまう。
そんな生活をしながら、生活改善よりも広い範囲のことに目を向け、勉強する時間を取ることなどは出来ない。不安定な生活をする国民が増えれば、政治における「国民主権」は、ときに国をどんどん悪い方向に向けて行ってしまうことに繋がってしまうだろう。

次に読む本(継続して勉強していくために)

例えばコンビニフランチャイズの「個人事業主」が、営業時間などについてオーナーと争うニュースを目にすると、日本でもこの本で起きているのと同様の問題がそこかしこに見られることが分かる。
ましてや今やコンビニのアルバイトは外国人留学生なしにはやっていけない状態にあり、「移民」問題も、小規模ながら似た状況にあるとも言えるだろう。
インターネットの発達で、快適さ、便利さが増していく現代社会で、快適で便利な生活は何によって支えてられているのか。時間に少しでも余裕があるのであれば、そこに思いを至らせる必要がある。*1
グレタさんのように、悪い影響を与えるのであれば「便利な暮らし」さえどんどん手放していく、そういう覚悟は今の自分にはないが、ワンクリックの向こう側に常に目を向け、今後も継続して問題について考えて行きたい。
なお、この本では、ルージリーのような地方都市の衰退の一方で、ロンドンへの人口集中による住環境の悪化についても扱われる(第4章のウーバーの舞台はロンドン)。ちょうど『パラサイト 半地下の家族』で扱われていたのも、こういった富者と貧者が隣り合う地域で暮らす社会だった。
これ以外にもサッチャーやイギリスにおけるリベラルなどイギリス政治の話題、ルーマニアポーランドなどの移民についてなど、面白い話題もたくさんあった。EU離脱問題にも興味があるので、もう少しイギリス政治や歴史についても勉強した上で、改めて読み直してみたい。

労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱 (光文社新書)

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分解するイギリス: 民主主義モデルの漂流 (ちくま新書 1262)

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潜入ルポ amazon帝国

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*1:そこに目を向けるように、やや上から目線で警告する映画が『アス』だと思う。