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「介護」と「自立」について考える~酒井穣『ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由』

ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由

ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由

  • 作者:酒井 穣
  • 発売日: 2018/01/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


10年以上ぶりくらい久しぶりにディスカバー21の本を読んだ。
ビジネス書は本当に読みやすい。
分量が少ない上に目次や構成が練られているので、読み直しも圧倒的に楽だ。
故に、そもそも書いてあることが似通っていたり、結局のところ、個人の成功譚に後付けでスキルやライフハックを絡めて語られているだけの本も多いだろう。
しかし、この本は、20年以上に渡って母親の介護に取り組んできた著者が語るからこその、考え抜かれた重要なエキスが詰まっており、思い付きで書き捨てられた凡百のビジネス書とは異なると感じた。


本書の目次は以下の通り。

第1章 介護離職につながる3つの誤解 
誤解1 介護離職をしてもなんとかなる
     再就職できず、再就職できても年収は半減しかねない
     節約のために親と同居すると介護離婚するリスクが高まる
    「親の貯蓄があるから大丈夫」は間違い
誤解2 介護離職をすれば負担が減る
     介護離職をしたら介護の負担は逆に増します
     虐待してしまう可能性が高まります
     自分がすべての介護をすれば家族は幸せなのか?
誤解3 子供が親の介護をすることがベスト
     身体介護をしなければ仕事と両立できる可能性が高まる
     親の介護に専念することは「親孝行」ではない?
     親の介護を言い訳に理不尽から逃げてはいないか?
コラム 育児と介護はぜんぜん違う!


第2章 介護離職を避けるための具体的な方法
 方法1 介護職(介護のプロ)に人脈を作る
     介護の負担を減らすには、介護サービスに関する知識が必要
     不都合な真実と向き合う必要がある
     とにかく1人、優秀な介護のプロに出会う
 方法2 家族会に参加する
     家族会という奇跡的な成功事例がある
     セルフヘルプ・グループにおける「わかちあい」
     特に男性には家族会に参加してもらいたい
 方法3 職場の支援制度と仕事環境の改善に参加する
     企業は介護離職を恐れはじめている
     介護と両立しやすい仕事の特徴を知り、評価・改善に関わる
     法定の介護休業制度があっても長期の休みはとらない
 コラム 介護離職の決断を相談しているか?


第3章 介護を自分の人生の一部として肯定するために

 指針1 介護とはなにかを問い続ける
     「生きていてよかった」と感じられる瞬間の創造
     中核症状と周辺症状の違いを理解し、周辺症状に挑む
     社会福祉の理想であるノーマライゼーションに参加する
 指針2 親と自分についての理解を深める
     認知症を覚悟しておく必要がある
     親には名前があり、その名前での人生がある
     目標のある人生を歩むということ
 指針3 人生に選択肢がある状態を維持する
     介護離職をするしか選択肢がないと考える場合
     高齢者福祉の3原則(アナセンの3原則)
     シーシュポスの神話

 コラム 介護によって管理職への道をあきらめるとき 

目次がわかりやす過ぎて、これ以上、本の内容を付け加える必要もない気がするが、いくつかポイントを書いておく。


まず、「はじめに」に、「自立」という言葉について、この本の土台となる最も基本的な考え方が示されている。「介護とは自立支援である」といわれるように、「介護」を考えることは「自立」について考えることになるのだ。

自立とは、誰にも頼ることなく生きられる状態のことではありません。これが人間を不幸にする決定的な誤解です。真の自立とは、その人が依存する先が複数に分散されており、ただ一つの依存先に隷属(奴隷化)している状態から自由であることです。
(略)
依存先が複数に分散されてはじめて、人間はより自分らしく生きることが可能となります。
(略)
つまり人間の幸福は、依存先が複数あることと密接に関係しているのです。

すなわち、優れた介護においては、特定の人への過度な依存が避けられており、要介護者であっても何かに隷属することなく幸福を追求する自由が残されるという。
逆に、介護離職をすることは、介護する側の選択肢を極端に狭くすることにつながり、どちらも幸福から離れてしまうということになる。
1章、2章は、介護離職をせずに、介護する側される側のどちらもが、さまざまな選択肢を残すことができる方法について具体的に説明する章となる。
重要なのは3章だ。「介護を自分の人生の一部として肯定するために 」とタイトルをつけられた3章は、20年以上介護に携わってきた当事者が考え続けた重みを感じる内容だった。

酒井さんは介護とは何かについてこう書いている。

私は、このAさんの実話に触れて、介護とは、相手が「生きていてよかった」と感じられる瞬間の創造だと考えるようになりました。それに成功したとき、介護する私自身がとても幸せな気持ちになることにも気がつきました。(略)

いかなる病気であっても、そこには中核症状と周辺症状があります。中核症状とは、その病気そのものが生み出す症状です。周辺症状とは、その病気の症状と、置かれている環境の相互作用によって二次的に生み出される症状です。(略)

いかに優れた介護であっても、中核症状にアプローチすることは困難です。そこは、医師や医療系の専門職の仕事になります。しかし介護には、周辺症状をコントロールするという大事な命題が残されているのです。(略)

優れた介護では、周辺症状が上手におさえられ、要介護者は、中核症状による苦しみはあっても、自分なりの幸福を追い求めることが可能となります。
p133-137

この一連の流れで、「はじめに」の冒頭に引用されたネルソン・マンデラの言葉の意味がよく分かるようになる。

自由であるということは、単に、自分を縛り付ける鎖を捨て去ることではない。自由であるということは、他者の自由を尊重し、それを推し進めるような生き方をすることだ。 ネルソン・マンデラ


幸いなことに、我が家は、夫婦ともに両親が健在で、介護を要する状態にはない。しかし、本の冒頭にも書かれている通り、何の前触れもなく突然、介護が必要な状況が生まれる可能性がある。
また、家族に限らず、職場や知人と広げていけば実際に介護に携わる人はいくらでもいる。
これを機会に、もう少し介護についても勉強して、合わせて人生についても思索を深めるようにしていきたいと思った本だった。

「生きる」ということがきちんとできている人は少ない。ほとんどの人は、ただ「存在」しているにすぎない。 オスカー・ワイルド


なお、ダニング=クルーガー効果*1やリンゲルマン効果*2など、ビジネス用語がたくさん出てくるのもサービス精神満載で嬉しい。
酒井さんは、他にもベストセラーとなっているようなビジネス書を書かれているので、こちらも読んでみたい。 

新版 はじめての課長の教科書

新版 はじめての課長の教科書

  • 作者:酒井穣
  • 発売日: 2014/03/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
自己啓発をやめて哲学をはじめよう

自己啓発をやめて哲学をはじめよう

  • 作者:酒井穣
  • 発売日: 2019/03/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

*1:自分自身を客観的に観察する力が養われていない人が、自分のことを現実よりも高く評価してしまう心理的なバイアス。「介護は、それがはじまってからネットで調べればいい」という考えには、ダニング=クルーガー効果が働いている可能性が非常に高い。インターネットは、知識のない人に対して、知識を授けるツールではなく、知らなければ正しく検索することもできず、知識のない人は検索の結果として質の低い知識しか得られないという、むしろ知識の格差を広げるようなツールになっている。

*2:特定の目標を共有する集団のサイズは、それが大きくなるにつれて、集団の構成員1人当たりの能力発揮が劇的に低下する。親族の多い家族において、介護は「関わりたくない」ことなので、どんどん身を引いて、結局介護離職した一人がその役目を負うことになる。