Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

38年差対決の結果は…?~『斜め屋敷の犯罪』(1982)VS『#柚莉愛とかくれんぼ』(2020)

島田荘司『斜め屋敷の犯罪』

自分の読んだ2016年発売の講談社文庫の「改訂完全版」の綾辻行人による巻末解説に詳しいが、『斜め屋敷の犯罪』は1982年11月に講談社ノベルスより刊行された。当時22歳(大学4年)だった綾辻行人は『占星術殺人事件』に続く島田荘司の傑作に衝撃を受けた。5年後に刊行の『十角館の殺人』から始まる「館」シリーズは、「異形建築もの」の先駆的傑作である『斜め屋敷』からの影響を免れないと、この解説で吐露している。
自分が新本格を読み始めたのは1990年頃のように思う。高校時代に、図書館で借りた「本の雑誌」でそのジャンルを知り、「新本格」作家を意識して最初に読んだのは、確か、島田荘司『異邦の騎士』だった。『斜め屋敷』を当時読んだかどうかは、例によって忘れてしまったが、自分にとって新本格の原点である島田荘司の著作を、原点に立ち戻る気持ちで読んでみたのだった。

北海道の最北端・宗谷岬に傾いて建つ館――通称「斜め屋敷」。雪降る聖夜にこの奇妙な館でパーティが開かれたが、翌日、密室状態の部屋で招待客の死体が発見された。人々が恐慌を来す中、さらに続く惨劇。御手洗潔は謎をどう解くのか!? 日本ミステリー界を変えた傑作が、大幅加筆の改訂完全版となって登場!

読み終えて思うのは、やはり「読者への挑戦」が間に入ってフェアだとかフェアじゃないとか言う話ができるのは、小学生時代に『エッケ探偵団』という推理クイズ図書を読んだときの気持ちが蘇り、ドキドキする。
しかも、この作品は、その「フェア」性を保つためか、殺人が行われた部屋の見取り図が豊富で、もうそれだけで大満足なのだ。


しかし、トリックが明らかになったときの感想は、やや想定外だった。
ひとことで言うと、初期の名探偵コナンっぽい。
密室殺人を可能にする物理トリックを突き詰めているので、殺人の動機等は後付けで、トリック自体は、糸が出てきたり氷が出てきたりとやたら細かい。
そして、大ネタは、(島田荘司作品における名探偵)御手洗潔が解決編で発する「ただそれだけのために、この家は傾けてあるのさ」というセリフの通り、準備が大がかり過ぎるもの。
しかも、自分にとっては、この大ネタは、石黒正数の傑作漫画『外天楼』のギャグパートで披露されたトリックを思い出させるもので、どうしても笑いを抑えきれない、という意味ではバカミスっぽさを感じてしまうものだった。


自分にとって、ミステリは「フェア」よりも「驚き」重視なので、本格よりも「邪道」を好む。しかも、新本格以降、ジャンルとして層の厚みが増し、叙述トリックすら当たり前になってきた近年のミステリを読み慣れていると、どうしても『斜め屋敷』には古さを感じてしまう。
ちょうど次に読む予定の本は、「邪道」の象徴のようなメフィスト賞受賞作でもあり、この満ち足りない部分は、きっとそちらで補うことができる。そう思いながら『斜め屋敷』を読み終えた。


もうひとつ感じた「古さ」は、女性登場人物の扱い。ひとことで言えば、以下の女性キャラクターの面々からは「男性優位」を感じてしまう。

  • いかにも「お嬢様」である流氷館(斜め屋敷)の主人である会長の一人娘
  • その主人と付き合いのある会社社長の秘書兼愛人
  • あとは、「その妻」たち

少なくとも、このミステリの中での女性キャラクターは「刺身のツマ」で、死体を見て悲鳴を上げる役回りか、男性キャラクターの恋愛対象としてしか存在意義がない。
この状況は、戦隊ヒーローの5人の中に一人、申し訳程度に女性戦士がいた頃の状況を思い起こさせるが、確認すると、女性戦士が2人になったのは1984年の超電子バイオマンから。また、男女雇用機会均等法は1985年に制定、1986年に施行とのことで、『斜め屋敷』の刊行された1982年の日本は、まだ「男性断然優位」な世の中(2020年も均等には程遠いが)だったのだろう。

真下みこと『#柚莉愛とかくれんぼ』

#柚莉愛とかくれんぼ

#柚莉愛とかくれんぼ

  • 作者:真下 みこと
  • 発売日: 2020/02/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

自分の好きな「邪道」の極みのようなメフィスト賞受賞作であり、女性作家による女性が主人公のミステリということで、まさに『斜め屋敷』の弱点を補って余りある「最先端」が堪能できるはず!と、読み始めたのが第61回メフィスト賞受賞作で2020年2月に発売されたばかりの真下みこと『#柚莉愛とかくれんぼ』。

超期待の新人
現役女子大生作家、衝撃デビュー!


第61回メフィスト賞受賞作
アイドルの炎上、ファンの暴走、ネット民の情報拡散ーー
今読むべきSNS狂騒曲(ミステリー)!


アイドルグループ「となりの☆SiSTERs」、僕の推しは青山柚莉愛(あおやまゆりあ)。
その柚莉愛が動画生配信中に血を吐いて倒れた。
マジか! 大丈夫なのか?
でも翌日、プロモーションのためのドッキリだったってネタばらしが……。
本気で心配した僕らを馬鹿にしやがって。ありえない、許さない!
SNSで柚莉愛を壊してやる!


タイトルにハッシュタグ(#)がついているよう、SNSを題材にしており、期待度は増した!
しかし、一言で感想を書くと「期待外れ」だった。
何が「期待」で何が「外れ」だったのかを3つ書く。


まず一つ目は、SNS。この小説は、Twitterでのやり取りが多数登場するが、SNS叙述トリックはとても相性が良い。有名どころだと朝井リョウ直木賞受賞作『何者』(2013年)がそうだし、湊かなえ『白ゆき姫殺人事件』(2009年本屋大賞)もあった。古くは、パソコン通信小説として、乗越たかおアポクリファ』(1991年)などもあったが、いずれもインターネットの匿名での人間関係と実際の人間関係のずれをうまく扱った小説だったように思う。
しかし、この小説で、それほどSNSを作劇上で効果的に使えているとは思わない。(肝心の叙述トリックも大味だ)
一点だけ、自然発生ではなく、故意に「炎上」を起こす方法が示されているという点は読みどころかもしれないが、逆に、SNS(特にTwitter)に疎い人がこれを読んですんなり理解できるのか疑問だ。
また、ネットを絡めた犯罪の怖さという点では、例えば『スマホを落としただけなのに』など、もっと実生活に絡めて「怖さ」が分かりやすい小説もあり、「炎上」自体は、実生活とは関係が薄くTwitter民のテクニカルな話題のようにも感じてしまう。


二つ目は、アイドル小説としての評価。講談社HPには「アイドル好きの書店員として断言しよう。これは今までに読んだ「アイドル小説」の中で最もリアリティに溢れた作品だ。」などという書店員の方の推薦文が載っているが、これが5年まえに出た本ならそのような誉め言葉はあり得るかもしれない。
アイドルを扱った小説は『最後にして最初のアイドル』(2018年:難解なSF)くらいしか知らないが、アイドルを扱った漫画(空想ではなく、実際のアイドルをイメージした作品)はとても多く、自分の知っている作品だけでも、例えば『さよならミニスカート』(2018年~)*1もそうだし、アニメ化した『推しが武道館いってくれたら死ぬ』(2015年~)もそうだ。
そもそも、昔と異なり、アイドル自体が、私生活の一部まで商売にしており、ほとんどがオープンになっているような状況で、何をもって「最もリアリティに溢れた作品」と推薦してしまえるのかと感じる。
自分には、ここで扱われる「炎上商法」も含めて、ネットニュースやアイドルファンの言動を追っかけるだけでも得られるような情報だけで、独自要素、つまり独自取材、もしくは作者自身のアイドルへの思い入れに溢れる小説であるように思えなかった。


このことは3つ目にそのまま繋がる。分量が少なすぎる、そして「過剰さ」が感じられないのだ。
分量が少ないことは読みやすさに繋がるが、その分、内容が軽くなってしまう。先ほど「独自の取材」が感じられないと書いたが、どこかで読んだことがあるようなコピペ感が強くなってしまう。
それだけではない。ここが、この小説で、自分が一番の問題に感じた部分だが、メフィスト賞なのに、「こだわり」が少ないと感じられる、「こだわり」が多ければ分量も多くなるはずだが、この話は、ほとんど寄り道がなく、最短距離を進む。
終わり方がバッドエンドであるところも、この小説の大きな特徴だと思うが、それすら最短距離で余韻がないため、嫌な気持ちにさえ浸れない。タイトルの意味づけも、付加要素によっては、もっと深みを増すことができたように思うが、それもない。


自分がミステリ(特にメフィスト賞作品)に求めるのは、最短距離とは正反対の「過剰さ」だと思う。突き抜けたバカミスである『○○○○○○○○殺人事件』や『NO推理、NO探偵?』は下らなさが只事ではなく、ミステリではないが『線は、僕を描く』でさえも、作者が書きたいことが文面から滲み出るようだった。
そういった過剰さ、こだわりが『#柚莉愛とかくれんぼ』にはとても薄い。
逆に、『斜め屋敷の犯罪』は、一瞬バカミスと思ってしまうほどの、こだわりに溢れていて、もっと言うと「こじらせ」を感じてしまい、話が自分に合う合わない以前に、作品が愛おしくなるような気持ちが生まれる。


とはいえ、『#柚莉愛とかくれんぼ』がとても読みやすかったのは事実。主要登場人物間の関係やお互いを思う感情の説明が巧いからこそ、あっという間に読み終えた、というところもあるのかもしれない。作者は女子大生ということで、まずは就職しながらの執筆、という形になるのかわからないが、次の作品には期待したいと思います。

参考(過去日記)

pocari.hatenablog.com
 →メフィスト賞受賞作は、これまで9冊読んでました。他に直木賞芥川賞の受賞作の感想も。
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com

*1:3巻がなかなか出ないなあと思っていたら、2019年6月以降、連載がストップしているという話は知りませんでした。