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木村裕一『きむら式童話のつくり方』

きむら式 童話のつくり方 (講談社現代新書)

きむら式 童話のつくり方 (講談社現代新書)

これはよかった。
こういう本のポイントは、内容の正確性よりも、いかに読者のやる気を引き出せるか、というところにある。わかりやすく書かれていたとしても、読んだ人に「自分にはちょっと無理」と思わせてしまったら失敗だ。
しかし、この本を読んだ自分は「童話でも書いてみるか」という気になった。その意味で、この本は大成功、それだけで傑作と言ってもいい。
ここでは、それも含めて良かった点を3つ挙げる

良い点(1)書く気にさせる

目次を見てもわかるように、序盤では、読者を持ち上げて「あなたもできますよ」という内容が目白押し。

・この本を読めば、明日から、すぐに童話作家になれる。そして、世界であなたしか書けない1冊を書くことができる。
・絶対書ける「方法」
・トレーニングルーム
・童話の「質」とはなにか
・「子供」
・「あらしのよるに」という実験
童話作家の条件
・ミリオンセラー作家になる方法
・童話哲学
・「エネルギー」と「方法」

特に、(目次にないが)前書き部分では「童話作家ほどオイシイ商売はない」「犠牲にするものがなくて、無理せず続けられて、当たればでかくて、長く続く。こんなにいい職業はない。」と言い切っているのが凄い。しかし、そういう過大な文句もうそ臭く聞こえないほど、上手に自論を展開している。
実際には、彼が23年間、子どものための造形教室をやっていたり、絵本作家になる前は、子供雑誌の付録をつくり仕事をやっていたり、彼自身が子どもを知る機会が非常に多かったということは、童話作家になるための条件として、非常に大きなポイントになっているはずだが、そのことは、後半に小出しにさせられ、序盤では巧妙に隠されている(笑)。
しかし、それでも読了後には、「童話、いいかも。」と思っている自分がいる、ということは、やはり文章力によるのだろうか。

良い点(2)網羅的である

新書全般に言えることだが、読もうとしていることが、本の中にどの程度、構造的に含まれているか、というのは、読後の満足度に大きく関係する要素である。*1
その点でも、この本はよく書けていると思う。
特に核になる2章「絶対書ける方法」、3章「トレーニングルーム」の中の小項目は以下の通りである。

絶対書ける「方法」
  ・発想
  ・テーマ
  ・設定
  ・構成
  ・文
  ・本当におもしろいか
  ・自分を追い込む場所
  ・我が子のために書く童話

レーニングルーム
  ・メモをとる
  ・動物にしてみる
  ・きっかけを発想に
  ・キャラ&プロット
  ・書く練習

「童話のつくり方」としての基本部分は、ここにおよそ含まれている。構成的にも、割と整っているのは、彼がこういった内容について講義をする機会も多いということからきているのであろう。
それぞれを紹介するのに、いくつかの名作童話(絵本)*2の例が挙げられているのも、(ひとりよがりの意見ではないことを論証してもらっているという点で)好感が持てる。
さらに、「キャラ&プロット」の中では、明日が締め切りという厳しいときのアイデアだしの裏技も紹介されている。
なお、このあとの章では絵本の「持ち込み」の点にも詳しくページが割かれている点で実践的でもある。

良い点(3)説得力のある実績

結局は、彼が成功しているからこそ説得力がある。
しかも一冊をバブル的に当てたのではなく、コンスタントに執筆を重ね300冊以上の著書がある、というのは、ここで紹介されている「童話のつくり方」が、ひとつの「技」として洗練されているものであることを示している。
ところで、著書の中でも最も売れた部類に入る『あらしのよるに』シリーズは、実は一冊も読んだことがない(映画も見たことがない)。しかし、この本の「理論」に圧倒されたあとでは、なるべく早く読んでみようという気になっている。*3

悪い点:ネタばれ

ただ、難癖をつけたくなる部分もある。
ニュー・シネマ・パラダイスのラストシーンを紹介し、詳しく解説している部分(33p)は、まだいいとしても、伏線の張り方についての説明の中で、鈴木光司『リング』のラストのネタを、そのまま書いている部分(43p)はいただけない。この項目のタイトルは「ネタばれさせない」(ここでは結末を悟られない伏線を張ろう、という意味)である。勘弁してほしい。
話はずれるが、映画版『リング』のポイントとなる「例のシーン」が、バラエティ番組など(CMもあったか)では、公然のネタになっているのは嘆かわしい。知らずに映画を見れば、かなりの恐怖が味わえるシーンなのに、知っていれば恐怖は半減どころか、笑いすら起きるかもしれない。
ひとつのネタを使いまわす(消費する)テレビ文化の悪い面が良く現れていると思う。

そのほかメモ

  • テーマは直接書かずに、ストーリーで「感じさせる」(p36)
  • ダメ要素のある主人公には感情移入しやすい(p39)
  • 「起承承承転結」のくり返し(p42)
  • 嬉しいこと悲しいことのコントラスト、メリハリ、ギャップ(p48)
  • 口調で話者がわかる書き方にすれば短く書ける(p56)
  • 自分が面白く思わなければ、人はまず面白いとは思わない(p62)
  • 和田誠『倫敦巴里』はパロディの手本(p93)
  • お子様ランチではなく、本物のステーキの味をちゃんと子どもにも与えるのが本来の童話(p118)

総評

図書館で借りて読んだが、手許にもっておきたい本である。
そして、自分も童話のミリオンセラー作家になるのである。

*1:同時期に読んだ日垣隆『すぐに稼げる文章術』は、決して網羅的ではない、という意味で満足度は低い。情報収集についてまとめた『知的ストレッチ入門』などと比べても重なる部分があまりないのは、彼の懐の深さを示しているのだろうが、逆に「小出しにされている」感じがする。そういう意味で、「エッセイ的」である。

*2:絵本は幼児向け、童話はそれより上で、幼年童話、中学年向け、高学年向けの区分がある。文字の量が異なる。(p97)

*3:そのため「あらしのよるに」裏話にあたる6章の部分はスルーした。