Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

俵万智『短歌をよむ』

短歌をよむ (岩波新書)

短歌をよむ (岩波新書)

俵万智*1の真面目な性格がよく見える本。
3章立てで、短歌の基礎知識を学ぶ1章「短歌を読む」、俵万智の短歌の作り方を示す2章「短歌を詠む」、そして、短歌全体の流れと自らの今後を展望する3章「短歌を考える」から成る。

S音のちから

1章では、枕詞、序詞、掛詞、本歌取りなどの技法の説明も勉強になるが、五七五七七の音・リズムに焦点を当てた冒頭の文章が面白かった。後述する「サラダ記念日」もそうなっているのだが、全体を爽やかで清清しいものにする「S音」については、特に説明に力が入る。例えばこの歌。

 多摩川にさらす手作りさらさらになにそこの児のここだかなしき(『万葉集』東歌)

「S音のちから」を強く感じる歌であるということが非常によくわかる。
岡村靖幸の初期の楽曲を歌って感じる「爽やか感」は、詞の内容以上に、こうした「S音」や「撥音(ん)」の連なりから生まれる音のリズムに強く関係していると常々感じていたが、それが裏付けられたかたちだ。(かたちか?)たとえば、連発される「青春」という詞自体、「S音」を既に二つ含むが、それ以外でも歌って気持ちいい部分には「S音」が上手に配置されている。

愛犬ルーと散歩すりゃ ストロベリーパイ(Vegetable)

ねえ 三週間 ハネムーンのふりをして旅に出よう(だいすき)

そんなに言うなら 今から実際ここで
アイシャドーが剥がれるぐらいに泣き続けてよ
サイダーのようです 愛がこぼれ流れるさまは(19(nineteen))

「サラダ記念日」誕生秘話

2章がこの本のキモだと思うが、俵万智自身の歌の推敲過程が披露されるという贅沢な内容。
例えばサラダ記念日は、本当は「からあげ記念日」だったという話。創作メモから完成形までを辿ると・・・。

  1. カレー味のからあげ君がおいしいと言った記念日六月七日*2
  2. 「カレー味がいいね」と君が言ったから今日はからあげ記念日とする
  3. 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

日付とメニューは「S音」重視で、事実からは変更されていることがよくわかる。
それ以外にも、多くの作品が辿った過程を見ることができ、読者としては非常に得した気分だ。本人公認のブートレグ(スタジオ録音流出)みたいな感じか。
また、句会への参加を通して、短歌と俳句の世界の違いについて語られる部分も面白い。いわく俳句にには瞬発力が必要だとのこと。作品を事前に用意してくる歌会と、当日につくる句会では、まったく状況が異なるのだ。俳句向けの特殊な語彙(季語に関連するもの)についても触れられていたが、想像以上に両者は異なるもののようだ。

素人の時代

3章は、正岡子規の『歌よみに与ふる書』などを引きながら、「素人性」について語られる。ここで話題になっているのは「歌はやればやるほど下手になる」という命題についてだ。技巧に走ると心がおろそかになるというような書き方もされていた。
青春時代に強い輝きを見せたあと、短歌をつくらなくなってしまった歌人たちにスポットを当てる前半部については、あとがきでも触れられていたが、「短歌を続けていくこと」についての俵万智の自問自答の様子がわかる。
芸術家としてレベルの高い悩みだとはいえ、それこそ素人の自分が読んでもよくわかったし、いろいろな分野で伸び悩むベテランについても連想させた。短歌という分野だけでなく、普遍性を持ったテーマ設定のように思われ、とても興味深く読んだ。

まとめ

やはり短歌は面白い。
俵万智にも興味が沸いたし、ためになった一冊だ。
図書館で借りた本だったが、勉強になる部分が多かったので購入して繰り返し読みたい。
通常は、歌人は「歌集」というかたちで本を出すのかもしれないが、自分にとっては、本書のように解説のついた歌集の方がとっつきががいいなあ。

*1:1962年生まれなので出版時は31歳。穂村弘も1962年生まれ。

*2:注:「からあげくん」ではなく「きみ」と読むのがただしいと思われる