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吉田太郎『世界がキューバ医療を手本にするわけ』


世界がキューバ医療を手本にするわけ

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書評/ルポルタージュ

本が好き!さんからの献本です。ありがとうございます。
キューバといえば、カストロ政権の社会主義国という以外は、「野球の強い国」「村上龍」くらいのイメージしかなく、本書のタイトルを見て、「なぜ医療?」という疑問符が浮かんだ。*1
手本にされる国というだけあって、国としてしっかりとした医療システムを整備しているのだろう、という予断のもと、本書を読み進めた。
しかし、キューバ医療の現場の説明は、タイトルからの印象を、いい意味でも悪い意味でも裏切ってくれた。

勿論、他国が手本とする部分は、目次にしたがって並べれば、以下のようなものがあるといえるのかもしれない。

  • ファミリー・ドクター制度を柱としたプライマリ・ケア(予防医療)
  • 高い技術(特産品を利用した医薬品、ワクチン開発、バイテクなど)に裏打ちされた高度医療
  • 近代医療と代替医療の統合(鍼麻酔を多用)
  • ITを積極的に利用した情報公開
  • 国際援助活動や留学生の多数受入れ等の医療外交

ところが、これらの中には、財政難と言われる日本では勿論、他国でも、そのまま真似の出来ないものも多い。
そこにはキューバという国の特殊事情がある。

たかだか人口1100万人にすぎない小国が、世界を股にかけた医療援助活動をこれまで展開できたのは、バックにソ連という親分がいたからだった。だが、そのソ連は消滅し、もはやない。わずか数年前までは、経済危機で青息吐息だったはずなのに、いったいキューバに何が起こったのだろうか。なぜ再びキューバは国際舞台に舞い戻ってこられたのだろうか。種を明かせば、ベネズエラという新たなパトロンができたからにほかならない。P183

世界第五位の産油国であるベネズエラと組んでいるからこそ、ある程度、お金のことを気にせずに自由に立ち回れているという裏事情があるわけだ。
ということで、共産主義国であることも含めて、だいぶバックが異なるため、その医療政策を手放しに称賛出来ない。ここで、冒頭に戻るが、自分が当初期待していたものは、そこにはなかった。しかし、あまり予想していなかった部分で驚かされた。
自分にとって、キューバ医療の素晴らしさは、そのシステムではなく、「思想」にあった。
それについては、本書で紹介されている関係者の弁を辿るだけでおなかいっぱいになるほどだ。
バイテク開発についてのキューバの特徴を語るカストロの言葉↓

資本主義では、すべての研究センターは、互いに戦いあっている。だが、我が国ではどの研究センターも互いに協力しあっている。資本主義では、どの病院も競争し、互いに戦いあっているし、同じことが意思でもいえる。だが、我が国では、どの病院も互いに密接に恊働している。医師も科学者も誰もが互いに協力している。こうした例外的な状態が、科学を発展させているのだ。他のいかなる制度も科学者の間でかような団結や協力を求められない。社会主義ほど科学技術を進展させることができる制度がほかにあろうか。P81

多くの時間や資金、労力を割いてまで国内では根絶されたコレラのワクチン開発に力を注ぐ理由について、熱帯医学研究所のグスタポ・クリ所長のコメント↓

この研究所ができたときに訪れたフィデルは『われわれの原則は人類の幸せのために働くことにある。ここはキューバのためだけの研究所ではない。全人類のための研究所なのだ』と語ったのです。私は、世界のために働くことにとても充実感を覚えています。P91

フロリダのマイアミで代替医療に取り組む鍼灸師の言葉↓

キューバには、本当の医療があります。なぜなら、ここでは病気を治すことがビジネスにはなっていないからです。P126

パキスタンの震災後に故郷に戻ったパキスタン出身の作家タリク・アリ氏の言葉↓

キューバの医師たちの行動は、歴史に深く刻まれることでしょう。わが同胞の多くは、いま、愛について新たな言葉を学びました。それは、キューバです。P147

開発途上国の医師を養成することを目的として設立されたラテンアメリカ医科大学(授業料は無料というだけでなく、「敵」であるはずの米国の学生も受け入れている)について、米国のアブダル・アリム・ムハマド医師の言葉↓

こんなことをしてキューバは何か得るものがあるのでしょうか。いいえ、何も得ません。キューバ人たちは本当に人類のことを気にかけています。人間は医療を受けるに値し、その権利を持つ。人間的くらしや自由を手にし、幸せを求めるい値する存在だと本気で信じ込んでいるのです。P169

小説家から1997年に文化省大臣となったアベル・プリエトの言葉↓

グローバル化のもたらす深刻な問題は、全世界の文化水準の低下です。例えば、他国では自国の偉大な作家やミュージシャンを知らないのに、マイケル・ジャクソンの私生活には精通しています。そして、メディアの操作で、この世で幸せを生み出せるのはモノを買うことだけだと思わされています。
車を手にできれば幸せで、それを新車に買いかえられるならば、もっと幸せだと、消費能力と幸せとが関連付けられています。ですから、暮らしの質は、精神的、文化的な次元にあるとの思想を促進し、心や文化で人生がもっと豊かになるようにしなければなりません。P199

高齢者大学の設立について文化の大切さを説くキューバの老人医療の専門家セルマン医師の言葉↓

なぜ、文化が大切かというと、それが、ストレスの解消につながるからです。最もストレスがかかることは、人と人とが対立していることです、ですが、キューバでは皆が助け合っています。(略)他国の政府は利益のことだけを考えますが、キューバは世界の人々、皆のことを考えます。ですから、海外に医師を派遣するのだし、120歳クラブも世界に対して提唱しているのです。P213

大学学生連盟会長のカルロス・ラヘ(25歳)の言葉↓

人民を導く人々は、いつも模範となるよう心がけなければならない。権威とは厳格な生活ぶりと労働への献身からもたらされる。(略)
われわれは今、モノの消費ではなく、思想や信念に基づくことで大多数の人民からの支持を維持しなければならない。P233

勉強不足で、ゲバラカストロについて、これまでほとんど無知だったため、こういった言葉の数々には、なかなか驚かされた。
勿論、独裁政治の中でトップに立つ人が名君主であったからこそ、医療をはじめ国全体としてもうまく行っている部分はある。そして、トップが変われば*2、国のあり方が大きく変わるというリスクは常に抱えているのだろう。また、その政治体制ゆえ、下の階層の生活が外の国からは見えにくい部分はあるかもしれない。
しかし、「爪の垢を煎じて・・・」ではないが、日本にも、もう少し、上でカルロス・ラヘ君がいうような「人民を導く人々」が出て来てもいいのではないか?政治家が悪いのかマスコミが悪いのかよくわからないが・・・。
と、キューバと日本の違いに思いをはせながら読み終えた本でした。
次は、このへんかな?

現代思想2008年5月臨時増刊号 総特集=フィデル・カストロ

現代思想2008年5月臨時増刊号 総特集=フィデル・カストロ

*1:米国医療の衰退を批判するマイケル・ムーア監督の映画「SiCKO」(シッコ)で、見習うべき国のひとつとして取り上げられていることで注目を浴びていることについては、映画を未見のため知らなかった。

*2:フィデル・カストロは今年2月に引退、後継は弟のラウル・カストロだが、77歳という高齢。