Yondaful Days!

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動く落とし穴の恐怖〜『クルマを捨てて歩く!』

クルマを捨てて歩く! (講談社プラスアルファ新書)

クルマを捨てて歩く! (講談社プラスアルファ新書)

環境問題には少なからず興味がある。
しかし、だからこそ、地に足のつかないガチガチのエコ論者には、嫌悪感を覚える。
そんなタイプの人が少なからずいると思う。自分もその一人だ。
そんなわけで、この本のシンプルなタイトルを見ての印象は、それがすべてではないが「多分、都内在住のエコな人が寝言言ってるんだろ。クルマ無しで生活できない地域もあるんだよ。けっ!」という悪態ぎみのものが心の奥にはあった。しかし、本を読んでみて、そんな自分を反省する気になった。
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目次はこんな感じ。

序 章 クルマを捨てると気持ちがよくなる理由
第1章 クルマを捨てると時間が増える
第2章 クルマを捨てるとお金が増える
第3章 クルマを捨てて歩くと体力がつく
第4章 クルマを捨てると人間関係がよくなる
第5章 歩く楽しさを実感する方法
第6章 子どもはクルマなしで育てたい
第7章 クルマを捨てると環境がよくなる
第8章 今すぐできるクルマ追放作戦
第9章 クルマを捨てる決心の固め方

作者は、丸っきりクルマ社会であるはずの北海道在住(帯広畜産大学教授*1)で、勤務先には徒歩で25分、買物は、リュックを背負って週二回大型スーパーへ。そんな生活を続けて30年近くになるという。
そう書くと、「趣味の範疇」と言いたくなる人もいると思うが、本全体を読むと、十分地に足の着いた議論になっている印象だ。何より、通常の生活者の立場(反論)をよく分かった上で、クルマ派の意見を「乗らない」派に傾かせるだけの説得力があると思う。
目次からは、クルマを捨てるメリットが多く書いてあるが、ほとんどの問題の核にあるのが、クルマが、歩行者(特に子ども)にとって非常に危険なものであるということ。このことを冒頭で以下のようにたとえている。

今あなたが道を歩いていて、向こうから時速60kmでクルマが走ってきたとします。あのクルマにぶつかったら、どんな衝撃を受けるでしょうか。それはまさに、14mの穴に落ちたときとほぼ同じ衝撃なのです!(略)
どこの道にもあふれるほど走っているクルマというもの、あれが深さ十数メートルの「動く落とし穴」なのだと考えてみてください。なんという恐怖でしょう。(P25)

このたとえは非常に上手いと思う。
自分も常に、電車や車に対して同じような思いを持っているからだ。特に電車は、通過電車が10cm横を通り過ぎるほどの近距離で、平然とホーム端を渡っている人を見ているだけで、怖くなってしまう。ただし、電車は、基本的にはレールを外れない。
しかし、クルマは、運転手の判断ミスで、いくらでも(電車でいえば)「ホーム」へ突っ込んでくるのだからタチが悪い。通園中・通学中の子どもの列に車が突っ込むニュースもときどき耳にする。
さらに、運転中は些細なこと(前のクルマが遅いなど)がストレスになってしまうこともあり、通常よりも判断力が落ちる。こういった感覚は自分にもほとんど当てはまり、作者が怖くて運転できない、と考える気持ちはよくわかる。僕らは「動く落とし穴」を背負って走っているのだから。
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さて、目次を見てもわかるように、本書の構成は、七章までが、クルマを捨てるメリット、第八章が、クルマを捨てさせる、もしくは交通事故死をなくすための具体的な方法の提案になっている。

  • 子どもの遊び場近くの通り抜け道路へのクルマ止め設置(小樽では役所と警察への働きかけから実現)
  • ジグザグ道路(道の両側に凹凸をつけて蛇行させる)の整備(大阪市阿倍野区などで実施)
  • ハンプ(道路の出っ張り)の設置
  • 車道・歩道の区別を無くし、道路全体を歩行者優先道路とする(ボンエルフ:上の手法二つを含む⇒諸外国で実施)
  • 駐車場など出入りの多い箇所で、クルマの「宰領」(出入りするクルマの安全を管理する役目を持った人間)をつけることを義務付け。
  • 一車線けずって自転車道を増やす
  • 交差点にハンプをつける。もしくは横断歩道部を、歩道と同じ高さにする(クルマにとってはハンプ=段差ができることになる)
  • 交差点への「クルマ遮断機」の設置
  • 運転免許取得試験の難易度を上げる(関連死亡者数から見ると、医師の国家試験並みに難しくすることが必要)

勿論、非現実的なものもあるが、海外で既に実施済みのものもあり、真似できる部分も多いはずだ。
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第九章では、再度、読者にクルマを捨てるための働きかけをしており、再び説得させられた気分になる。
Amazon評を見ると、実際に、クルマを捨てた人もいるようだが、我が家の場合は、そこまでの決心はつかないでいる。「自分もこれを読んだのがきっかけでクルマを捨てました!」となれば、収まりがいいが、書評のまとまりだけのために、クルマを捨てるわけにはいかないのだ。
ただし、ガソリン価格の高騰もあり、最近はクルマの利用を控えるようになった。ようたと一緒に出かけるのも、可能な限り公共交通機関を使うようになった。やっぱりその方が気楽だし、足元の自然にも目が向く。また、運動にもなる。
クルマを捨てて歩く!
とは行かなかったが、今の自分としては
クルマを捨てるのは保留して、歩く!
という感じだ。
クルマ利用者にとっては、クルマを使うことのデメリットに目を向けるきっかけとして、非常によい本だった。

*1:畜産大学の教授だが、専攻は哲学・倫理学・社会思想史