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現在一番売れている文庫本〜 湊かなえ『告白』

告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)

告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)

最近は「傑作ミステリ」というと、叙述トリックの作品が多い。先日も、久しぶりに「映像化不可能」という惹き文句の帯を見たが、これは叙述トリックを評する常套句。ある意味、ネタばらしであるが、それも気にならないほど、量が多いのだろう。自分自身は、そういった「叙述トリック」作品は大好きだが、読み進めてから初めてわかるのが理想なので、量が多かったり、読む前からそうとわかっていたりすることには辟易する。
さて、この作品。『告白』というタイトルは、いかにもそれっぽく、読み始めれば、文体もぴったり。ということで、はじめは、やたらと叙述トリックなのかどうかばかりが気になったが、読み進めれば、徐々にそうでないことがわかる。そういう意味では、安易な展開ではなく、まさに『告白』という名にふさわしい作品だった。
別の視点から見ると、本屋大賞だ!どーん!という感じの大作では無いが、異様な迫力を持った作品。異様な迫力は、全編が(複数の人物の)告白調で語られ、小説内で起きた「事件」が少しも客観視して描かれないことにより生じる。そういう意味で、繰り返し扱われる「母と子」というテーマは、掘り下げられるわけでもなく、宙ぶらりんのまま、幕を閉じる。
ところで「映像化不可能」でないことは、映画が6月に公開されることからも分かるが、文庫版巻末の監督インタビューでもあるように、相当に難しい役である森口先生を任された松たか子の演技は見ものだ。第一章の、生徒に向けて延々と語り続けるシーンは、映画というよりは、ほとんどガラスの仮面の世界だと思う。これを観るだけのために、映画館に行ってもいいのではないかと思えるくらいだ。
(以下ネタばれあり)






良かったところを考えてみると、以下の3点を、告白調の文体が打ち消したことが大きかったと思う。

  • 「母と子」というテーマの追求(児童虐待を含む)
  • 叙述トリックを含めた)ミステリとしての完成度
  • 子を失った怒りからくる復讐譚の掘り下げ

いずれもメインに据えれば、そこそこ面白くなるが陳腐にもなる。それを特徴的な文体が全て覆い隠している。一人称の表現であれば迷いがある。告白調の語りには迷いがなく、登場人物それぞれが自分勝手に話を進めるため、神の視点が無い。故に、普遍的テーマの追求や、どんでん返しの爽快感、物語的カタルシスは得にくいのだろう。
ただ、一方で、構成は非常に綺麗で、6章構成の語り手は次の通り。

  • 森口先生
  • 美月
  • 直樹の母(直樹の姉の告白内で母の日記が読まれるかたち)
  • 直樹
  • 修哉
  • 森口先生

2〜4章は、殺される女性、殺される女性、殺す男性、殺す男性となっており、これを森口先生の1、6章が挟んでいる。また、森口先生は、娘を殺した相手の母親を殺すことで復讐を遂げようとしており、物語全体が対称形になっている。ただ、あまりそこにこだわり過ぎない感じがいい。少し前に読んだ我孫子武丸弥勒の掌』なんかは、「驚天動地の結末」なんて惹き文句だったが、結末の綺麗さ(対称性)にこだわり過ぎて、途中が物足りなかった。


ただし、違和感があった部分もある。
まず、森口先生の娘・愛美ちゃん殺人の動機。おそらく(本当にあった事件でも)真実は、こんなところなのだろう、とは思いながらも、殺人に関わった二人の動機があまりに身勝手で軽い。物語上の欠陥ではないが、何だかなあ、と思ってしまうし、現代が本当にこういう世の中だというのならば、純粋に怖い。
次は、物語上、一番よくわからないところだが、5章から6章にかけて、修哉のたくらみを、森口先生がホームページ上で知る部分。自分の読みが足りないのかもしれないが、同級生の多くが知っている個人ホームページで、事件後に読まれることを想定した「告白」をアップするだろうか?


などと、気になる点もあるが、ボリュームもちょうどよく、読みやすい作品だった。
ただし、本屋大賞を取るまでの面白さがあるか?という部分に疑問もあるので、選評も読んでみたい。
6月公開の映画もかなり気になる。

6.14追記

本を読んでから一カ月半が経ち、小説の内容について半ば忘れてしまう一方で、公開されたばかりの映画『告白』への絶賛の声を多く聴き、キング『デッド・ゾーン』を読むなど、物語から離れて再び考えてみると、少し感想が変わってきた部分もある。
上では、「母と子」のテーマについて掘り下げられていないとしているが、森口先生と直樹、修哉の3組の母子(家族)の描写には、日本の家族観のほつれの部分が現れているように思う。つまり、かつては完璧に機能していたものが、危ういかたちになっているという意味での家族観が。この本が絶賛されたのは、そういった現代日本を巧く表現できているからなのかもしれない。
(と、小説の内容を思い出しながら追記)