Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

もっと驚かせてほしかったのに〜米澤穂信『インシテミル』

元々は、上映中の映画の原作ということで、森絵都『カラフル』を買おうと思っていた。ところが、文庫棚にコーナーを設けて延々と流されている映画予告編が、なかなか興味を引くもので、かつ、帯に「このミス1位」と記されていたので、勢いのある本作品を購入することになった。(文庫版の装丁もいい)

インシテミル (文春文庫)

インシテミル (文春文庫)

読んだ感想をそのまま言えば「残念。」の一言。
上がり過ぎた期待値と、自分がミステリに求めるものとのずれ、そして物語上の瑕疵が重なって、とにかく残念だった。
以下、ネタばれを避けながら前半部を、そして完全ネタばれで後半部を書く。

(1)上がり過ぎた期待値

前エントリでも書いたとおり、最近では、「脱出ゲームDERO」や「逃走中」等のテレビ番組だけでなく、素人参加のイベントが開かれるほど、ゲーム要素を持った閉鎖空間からの脱出劇や賞金争奪戦型エンタテインメントは発展してきていると言える。
映画でいえば、『インシテミル』の映画予告編で惹き文句の中にも挙げられている『デスノート』(2006)、『カイジ』(2009)、『ライアーゲーム』(2010)(全て原作漫画は本書発表よりも前から連載。)など類似要素を持った話は多く、いずれも好評を博していることを考えると、同ジャンルの作品というだけで、かなりハードルが上がっていることになる。*1

映画はいずれも未見で、ライアーゲームは原作も未読なのだが、これらの作品を見る限り、ポイントは、ゲームを構成するルールがよく出来ていることと、そして読者が気づけないルールの盲点を突いて主人公達が壁を乗り越える部分であると思う。


この点、『インシテミル』は、「このミス1位」という太鼓判があるから大丈夫だろうと考えたのだったが、あとでよく見ると、この帯は、やや誇大広告で、実際には、『インシテミル』は、2008年度「このミス10位」で、2010年は、米澤穂信が著作を4位と10位に入れて、作家別1位(帯に小さく表示)を取っていたというものだった。
しかし、昨年も、道尾秀介『向日葵の咲かない夏』文庫版で同様に「2009年このミス1位(小さく作家別)」という帯がつけられており、同作がかなり納得感の高い作品だったことを考えると自分の選択は誤りではなかったはずだった。


なお、ベストセラー小説の映画化と言う共通点を持つ『ゴールデンスランバー』の映画が、かなりよく出来ていたことも大きく、複数要因が重なり、期待度がかなり高まってしまっていた。
ところが、『インシテミル』は、それに応えてくれなかったのだった。

(2)自分がミステリに求めるもの

そもそも、自分がミステリに求めるものは、理屈よりも驚きなので、反則技を駆使されてでも驚かされたい。
雪山の山荘や「館」物は使い古された舞台なので、筋のみで驚かせることは難しい。と考えると、自然に、叙述トリックのような反則エッセンスを期待してしまった部分がある。
しかし、実際に評価の高かった「このミス」評などは未確認だが、『インシテミル』が評価されているのは、その「正統性」の部分のようだ。確かに、この作品は、物語終盤で主人公に生じる大変な事態までの場面で、犯人探しに必要な情報は出揃っており、読者に対して、非常にフェアな作品ではある。むしろあそこに「読者への挑戦」をつけても良かったくらいだと思う。
しかし、それは自分がミステリに求めるものとは少し違う。

材料が揃ったタイミングから、しばらく、主人公がクローズドサークルという舞台設定に言及し、自分達に起きた出来事を俯瞰しながらミステリ評論をやるシーン(新本格の作品群でもお決まりのパターン)が続く。ここは、高まった緊張を解き、一息つける部分であったが、逆に、その後の「超展開」を期待してしまった部分がある。*2

(3)物語上の問題

(ここから完全ネタばれ)










納得が行かない最も大きな部分は、関水が必要とした「十億円」について、説明がかなり不足していること。
関水自身の台詞では「あたしが、ここで10億稼がないと……。みんな、死んじゃう。何人も、何人も……」とのことだが、状況が浮かばない。まだ、映画版の関水(石原さとみ)の「病気の子どもの医療費を」の方が理解しやすい。


まあ、子どもの病気治療のためでも、メキシコ湾の原油流出を止めるためでも、何か納得できる理由があったとしよう。それにしても、9億5000万が手に入るのに、5000万足りないから、1.2倍のボーナスを求めて死ぬという関水の選択と、それを読み切る結城の推理は、これも納得が行かなすぎる。

第一に、「必要なお金」として、ちょうど10億円が絶対に必要なこと、という状況としてどのようなものがあるのか想像できない。
また、彼女はアルバイトに応募した時点で10億円が手に入るとは夢にも思わなかっただろう。募集要件に書かれたことから計算できる1800万円+αの計算だったはずだ。つまり時間的な切迫感は無い。
普通ならば、予想外に当初想定していたよりも9億多く手に入るのだから、あとはFX的なこと?をやって、5000万(原資の約5.55%)を稼げばいいと考えるのが普通だろう。


そして、報酬のボーナスの倍率に差があることについて特に根拠が示されていないために、最後のオチ(10億円)のために恣意的に設定されたとしか思えないのは非常に残念。トリックの為のルール設定。*3
故に、結城が推理を進めるシーンで結城と岩井の二人が計算を進めて行くシーンは、ドキドキを生むというより、しらけてしまう。


あと気になった部分は、些細なことだが、安東の凶器「紐」が、他と比べて、やや貧弱すぎること。(自分は、安東の凶器が偽物であると思っていた。)
さらに、物語途中で、全く無関係な12人が呼ばれたのではなく、恣意的に、繋がりのある人が呼ばれた可能性が示唆されるも、特にストーリーに無関係だったこと。
インシテミル」という魅力的なタイトルが、物語の内容と直接はリンクしていないこと。
また、ヒロイン須和名が、ほとんどストーリーの本筋部分に絡まないこと。最後に、自らの一族が行おうとする興行の下見だったという目的が明らかにされるが、それほど「驚き」がない。というか、「実験」が金持ちの道楽であることは明らかなのだから、須和名か関水が、興行のバックグラウンドの人物と関係している等の展開は読者が望む範囲だと思う。

まとめ

全体的に、ほとんど突っかかるところ無く、すんなり読める話で、トリック等も理解しやすい。しかし、驚きが不足しているし、物語の根本部分がよく分からない。また、いくらでも面白い話が作れる設定であるはずなのに、十分に生かされていない気がしてしまう。
ただ、作者の米澤穂信氏は、いろいろなタイプの作品を著しているようなので、他の作品も是非読んでみたい。

*1:勿論、ここら辺の元祖は、解説でも示されているように『バトルロワイヤル』、さらに言えば、キング『死のロングウォーク』(1979)『バトルランナー』(1982)あたりになるようだ。ちなみに、日本語が凄いと話題の山田悠介リアル鬼ごっこ』(2001)は、未読。よくけなされている作品だけど、読んで評価したい。

*2:それほど多くないミステリ読書体験からすると、 麻耶雄嵩とかは、何だか全然意味がわからないまま驚きの世界に突入する「超展開」があった。

*3:映画では、ルールをシンプルにするためかボーナスの倍率は一定となっているので、目標金額等が変更になっているのだろう。ということでオチまで変わっていることを期待したい。