Yondaful Days!

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水嶋ヒロに読ませたい100の苦悩〜荒川弘『鋼の錬金術師』

鋼の錬金術師(1) (ガンガンコミックス)

鋼の錬金術師(1) (ガンガンコミックス)

錬金術師が言う通り この世の理が等価交換で表せるのなら
新しく生まれて来る世代が 幸福を享受できるように
その代価として我々は屍を背負い 血の河を渡るのです
リザ・ホークアイ、15巻)

全巻読破シリーズ第三弾*1の『鋼の錬金術師』。
現在、全27巻中15巻まで。

物語のキーワードは、「等価交換」。
錬金術は、無から有を生み出すわけではなく、新しいものを創り出すには、元となる材料が必要であることを端的に示した言葉だ。
そして、冒頭に挙げたホークアイの言葉のように、作中の人物も、比喩的に「等価交換」を口にする。何かを得ようとするときに、すぐに「犠牲」に目が向くその思考は、少年漫画*2としてはあり得ないほど、夢のない、現実的すぎるものだ。
自らの肉体を取り戻そうと錬金術の探究を続けるエルリック兄弟(主人公)は、誰かを犠牲にしてまでそれを得たくないという気持ちが強い。一方で、ホークアイのようにひたすら自己犠牲の精神を貫こうとする人物もいる。
僅か数年前に起きたイシュヴァール殲滅戦という大虐殺が、登場するキャラクター全てに影を落としている。そして、今も軍が支配しているアメストリスは、平和とは程遠い国だ。
そんな世界に暮らしていれば、とても物事の明るい面ばかりを見ることができない。過去の出来事に対しても、いつまでも後ろめたさが消えない。そんな空気感を「等価交換」という言葉は、巧く映し出しており、そして実際の人生の現実的な側面なのだ。
余談になるが、この話が凄いのは、基本的に暗いトーンの話のはずなのに、ギャグがふんだんに盛り込まれているところ。そして、さっきまでキャッキャとふざけていた仲間にとんでもない事態が発生したり、突然命を落としたりするので、逆に緊張感がある。散りばめたギャグが緊張感を損なわせた『KAGEROU』水嶋ヒロに読ませてあげたい。「深い苦悩」を描き出すことに成功しているのは、『KAGEROU』なのか?『鋼の錬金術師』なのか?

肉体と魂を分かつものとは何か? 人を人たらしめているものは何か?深い苦悩を抱え、主人公は終末の場所へと向かう。


繰り返しになるが、『鋼の錬金術師』は、基本的に「万能」路線の『ワンピース』(そして、何度も引き合いに出す『デルフィニア戦記』)よりも、リアリティがある。むしろ僕らの日常生活に近いとさえ言える。
たとえば、少し前に流行った「しないことリスト」。結局、何か新しいことをやるためには、これまで何となく続けてきたことは、やめる必要がある、という「等価交換」の原則そのものだ。*3等価交換を無視したポジティブ・シンキングは、無根拠のカラ元気なのだろう。


何かを失って得て・・・を繰り返す物語は、まだ最終巻まで道半ばにして、既に救いが見えない展開になっているが、主人公のエルリック兄弟や準主役のマスタングのポジティブな精神力を自分も見習いつつ、今後の展開に期待したい。

理想を語れよ、ヒューズ
士官学校のあの頃のように
理想を語れなくなったら人間の進化は止まるぞ
ロイ・マスタング、15巻)

*1:第一弾は『ワンピース』、第二弾は『デルフィニア戦記』でした。

*2:でも、掲載誌は、『ひぐらしのなく頃に』の載っていたガンガンなので、暗い話も違和感ないのかも。

*3:民主党政権は、もう少し「等価交換」を前面に押し出して説明すべきだ。政策のマイナス面も説明してこそ政治が成立するのではないか。