- 作者: 近藤史恵
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2007/08
- メディア: 単行本
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ただ、あの人を勝たせるために走る。それが、僕のすべてだ―。
二転三転する真相、リフレインし重きを増す主題、押し寄せる感動!自転車ロードレースの世界を舞台に描く、青春ミステリの逸品。
読み進めること自体が楽しく、あっという間の読書に浸れる、素晴らしい小説。
本を読むことはこんなに楽しいことなんだと思える久しぶりの体験。
「押し寄せる感動!」の惹き文句は伊達じゃない!
「逸品」の名にふさわしい傑作。*1
極上の読書体験の大きな要因である「リズム」は、題材が自転車というところから生まれている。
同じ駆け引きを伴うレースでも車やバイクであれば、身体的なリズム感覚からは遠ざかる。マラソンであれば、風を切るようなスピード感が減少する。
主人公が下り坂を得意とする設定も手伝って、本を読みながら、目の前の景色が脇から後ろに流れて行くような感覚に襲われる。それは対象としているスポーツが自転車だからだ。ペダルが刻む一定のリズムと太股への負荷、程度の差は大きいだろうが、最近ほとんど自転車に乗らない自分でも容易に思い浮かべることができる。
だからこそ、合間のエピソードを挟みながらも、全編に渡りレース中の心理描写、駆け引きの様子が続く、この物語は、非常にテンポよく読めるのだ。
一方で、この作品の主題「犠牲(サクリファイス)」は、自分の手の届く範囲には無いと感じる。プロスポーツの世界にしか存在しない。
僕らは、物事を理解するために、自分に引き寄せて考える。組織のために自分が犠牲になる、という経験は、30を過ぎれば何度もあるだろう。しかし、プロスポーツ選手の持つ、勝利への哲学と美意識は、一般の人では計り知れないものがある。境地というよりは、神の領域に入ってしまう。それこそがこの話のキモだ。
『サクリファイス』は「青春ミステリ」とも評されるが、ホワイダニットの枠組みの中で、一般社会の範疇の外にあるプロスポーツ選手の生き方、内面を、丁寧に深く掘り下げながら、「真相」に迫る物語である。*2
プロスポーツから得られる感動は、そういった競技者たちの、余計なものを削ぎ落とし、勝利や自らの美意識に全てを捧げて生きる「美しさ」に触れることができるからではないか、と思った。(今読んでいるスポーツドキュメンタリーが、さらにその思いを強くしています)
そして、自転車ロードレースそのものに強く興味を持った一作だった。
文庫版と続編
今回読んだのは、図書館で借りた単行本。先日の角田光代ショックがあったので、文庫版の解説(誰?)は是非読んでみたい。そして、続編『エデン』。今度は、自転車競技自体についての知識を蓄えてから読みたい!
- 作者: 近藤史恵
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/03
- メディア: 単行本
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もうひとつの「サクリファイス」
最近読んだ『鋼の錬金術師』(ハガレン)は、まさしく、サクリファイスの物語でした。ハガレンでは、それを等価交換という言葉で説明するのですが、全27巻のストーリーを通して、このテーマを語り切り、最後に主人公のエルリック兄弟に出させた「答え」は素晴らしいものでした。
激しくオススメです。
痛みを伴わない教訓には意義がない
人は何かの犠牲なしに何も得る事などできないのだから
しかしそれを乗り越え自分のものにした時……
人は何にも代えがたい
鋼の心を手に入れるだろう
- 作者: 荒川弘
- 出版社/メーカー: スクウェア・エニックス
- 発売日: 2010/11/22
- メディア: コミック
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*1:スゴ本dainさんの紹介記事をきっかけに読みました!ありがとうございます!
*2:とはいえ、物語自体は、そんな七面倒くさいテーマを扱いつつ、きわめて前向きに終わっているところが良いところ!