Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

世代を問わず激しくオススメ〜慎武宏『祖国と母国とフットボール』

川崎フロンターレチョン・テセベガルタ仙台のキャプテン、リャン・ヨンギなど、日本で生まれ、日本で育ちながら“在日朝鮮人”として生きる宿命の彼ら。祖国である北朝鮮や韓国ではよそ者扱いされ、母国・日本でも疎外感を感じてしまう…。親と兄が韓国のパスポートなのに、サッカーでは北朝鮮籍のパスポートを取得したチョン・テセは、韓国に自由に出入りすることはできない。
母国である日本の国籍を取得し、北京五輪で日本代表として活躍した李忠成(り・ただなり=旧名イ・チュンソン)は、同じく韓国籍である親や兄と違う生き方を選んだ。
祖父毋たちの国と生まれた国の狭間で悩み、苦しみ、葛藤しながら探し続ける“自分”という存在。彼らにとって、国家、家族、応援してくれる人たちetc・・・それらすべてと自分を繋げる唯一の絆は「サッカー」だった。


この本を読むきっかけは、アジア杯の優勝を決めた李忠成の決勝ゴール。
あそこまで「美しい」という表現が似合うプレーボレーシュートは珍しい、と思った。


その印象が強烈だったからだろう。自転車ロードレースについて書かれた小説『サクリファイス』も「美しさ」というキーワードで括って読んでいた。自然と、物語のキモである、“主要登場人物の驚くべき決断”についても「美しい」という言葉とともに理解をした。
そして、一般人の生活の中からは窺い知れない世界、境地に至っているからこそ、プロスポーツ選手は「美しい」のだ、と自分の中で結論づけたのだった。


しかし、それは誤りだった。と、今は思う。
李忠成が美しいのは、自分について「考え抜いている」からだ。

  • 僕は僕が選んだ自分の運命に最後まで立ち向かわなきゃいけない(P306)
  • 僕はスターじゃなくて道になりたい。だって、星は消えてなくなってしまうけど、道はいつまでも残るじゃないですか。李忠成という道を、しっかりと残したい。それが僕の運命だと思っていますから(P316)

この本に登場するサッカー選手や指導者は、皆、自分が何を残していけるかに非常に意識的だ。
それは、勿論、在日社会自体に、(日本に失われたと言われて久しい)強烈なコミュニティの力があることも理由の一つだが、何度も登場するアイデンティティという言葉とも関係がある。本の中では、アイデンティティを説明するのに、「帰属意識」「自己証明」という言葉が使われることが多い。
在日の人達が、自分とは何者か?に常に意識的である*1からこそ、「自己同一性」などという一般的な訳語より「意識」という言葉の入った「帰属意識」がピッタリ来るのだろうと思う。一方、心理的にも常時強い負荷がかかる、この状況下で、自己の存在を証明して行かなければならないという強い意志が「自己証明」としてのアイデンティティを形成している。


しかし、そういったアイデンティティの問題は、誰もが抱える「べき」問題である。
国籍など、目に見えるかたちで壁にぶつかることが無い故に、考えずに過ごしている部分があるが、それは、結局、自分の人生が社会の中でどう役立つか、ということに直結する問題なのだ。NHKが繰り返し放送する「無縁社会」が高視聴率を稼ぐのも、自らのアイデンティティ帰属意識)を明言できずに不安を感じる日本人が増えているからなのではないかと思う。

  • いろいろ言われているけど、チュンソンは「国籍や民族を捨てた」のではなく、「サッカーを選んだ」と思うんだよね。この国でサッカー人として生きて行くことを選んだのだと(金錘成P311 ※チュンソンは李忠成のことを指す)

「オレの母国は日本じゃない。日本の中にもうひとつの国があるんですよ。それが“在日”という国。」と誇りを持って語る語る鄭大世鄭大世は2011年に入り『ザイニチ魂!』という本を著している。)のような人物がメインに据えられて紹介される中、最終章の李忠成だけは、敢えて(「裏切り者」と指をさされることも多い)日本帰化という道を取った。
自己を証明するのは国籍ではなく、サッカー人である自分のプレーだという、李忠成の悩んだ末の決断こそが、まさに、この本の副題である「ザイニチ・サッカー・アイデンティティ」なのだろうと思う。


話を戻す。
プロスポーツ選手が美しいのは、ひとつのことを考え抜いて考え続けた結果が、眼に見えるかたちで現われるからなんだと思う。そして、見ず知らずの多くの人々に夢を与えられる特別な職業であることに自覚的で、誇りを持っているからだ。
しかし考え抜くという過程は、決してプロスポーツ選手だけが才能として持っているものでもなんでもない。考え抜くことは誰にでもできることだ。影響範囲は小さいが、周囲に夢を与え、自らに誇りを持って生きている、尊敬すべき人は、これまでの人生の中でも数多く存在する。


つまり、

  • 目標を持って運命を選択すること。
  • 常に自分を信じ続け、努力を怠らないこと。
  • そして、周りの人たちに感謝し、恩を返そうとすること。

そういう基本的なことを、スポーツというプリズムで、七色に輝かせてくれるから、プロスポーツ選手は美しいのだ。
年齢とは無関係*2に、自分は周りに何を返せるのか、自分は何を証明して生きていけるのか、そういうことを考えさせてくれた、ここ数年で一番と言えるほど感動した本だった。
そして、この本を読んで、李忠成のブログを読み直したら、また涙が出てきた。

初戦のヨルダン戦以降試合に出る機会が無い中、自分含めベンチ選手に対す
チームスタッフの何気ない気使い…とても勇気とモチベーションを保つことが
できました。 それがあって、試合に出れない日も自分を信じ続け毎日挫け
ずサッカーに向き合い取り組んだ結果、アジアの頂点を決する試合で決勝点を
あげることができたと思います。
チームスタッフ陣の皆さんの力が僕の力になりました。ありがとう。。


そういった中、ベンチからのスタートだったけれど、拮抗した試合の経過につ
れ、『俺がヒーローになるんだ!』と、自分に言い聞かせながら常に自分を信じ
続けピッチに入りました。


『ヒーローになるんだ!』と。。。

*1:この部分は、本を読むまで具体のイメージが無かったが、李忠成帰化前に参加したU-20韓国代表合宿で仲間と認められなかったエピソードや、帰化=裏切りというイメージ、同じ在日の中でも韓国籍朝鮮籍の区別があるという事実等を知ると、自らの帰属について意識せざるを得ないのだろうと思う。

*2:この本は、在日コリアン3世の著者・慎武宏さんが自分のことを語った部分も多く、それが本全体の説得力というか魅力を支えています。その涙なくしては読めないあとがきからも、自分が何をできるのかは、年齢とは無関係ということを強く思いました。