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世界の終わりと懐かしい日々〜那須正幹『The End of the World』

The End of the World

The End of the World

先日、同じ作者の『ぼくらは海へ』を扱ったときに、コメント欄で、友人atnbに紹介を受けた本。4編からなる短編集。
とても読みやすい。
Amazon乙一を思い起こさせると書いている人がいたが、確かにその通りかもしれない。特に、叙述が特殊な「約束」や、終末を描き、投げっ放しな「The End of the World」なんかは、乙一の短編集に入っていても違和感が無い。


4つの短編は、綺麗にオチがつく話も、そうでない話もあるが、いずれも共通しているのは、物語を牽引する「大きな矢印」が明確なこと。*1

  • 「The End of the World」:自分達以外に生き残っている人はいるのか?
  • まぼろしの町」:幼児のぼくをおぶってくれたお兄さんは誰だったのか?
  • 「約束」:話者は誰なのか?6年前の幼稚園で何があったのか?
  • 「ガラスのライオン」:中州に埋めた「宝」はどこに行ってしまったのか?


いずれも、物語がこれからどう展開するか?というよりは、探し物を見つけに行く話で、「大きな矢印」は、過去に向かっている。
勿論、1984年発表時の短編集のタイトルが「6年目のクラス会」ということを考えても、物語が過去を指向しているのは明らかだし、「The End of the World」は、未来そのものが期限付き、「約束」に至っては、既に“未来”は終わっているという設定なのだ。
とすると、共通するテーマを持った短編集のタイトルを「The End of the World」にしたのは、作者が伝えたいメッセージが表題作に込められているからなのだろう。それは、世界の終わりがそこに迫っていても、人間は人との関わり合いの中に希望を見つけるということなのだろうか。


ラストの「ガラスのライオン」は、昔大切にしていたものが、持ち主が変わっても大切にされていることを知り、少し嬉しくなる話。『鋼の錬金術師』『祖国と母国とフットボール』でもグッと来た部分だが、他人との関わり合いの中で生きたこれまでの人生(過去)の中で、自分が何を受け取り何を残して来たか、ということが問われている気がした。


なお、Amazon評で見ると、島本理生「リトル・バイ・リトル」、恩田陸「Q&A」の中で言及があると言う。こちらも気になる。

リトル・バイ・リトル (講談社文庫)

リトル・バイ・リトル (講談社文庫)

Q&A (幻冬舎文庫)

Q&A (幻冬舎文庫)

*1:平野啓一郎『小説の読み方』では、主語と述語から成る「小さな矢印」と、その連なりから出来る「大きな矢印」で小説の進行方向を捉える読み方が紹介されている。今回、これを意識している。