Yondaful Days!

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冷静な視点で辿る物語〜吉野朔実『記憶の技法』

記憶の技法 (小学館文庫 (よE-19))

記憶の技法 (小学館文庫 (よE-19))

吉野朔美は、「本の雑誌」に書評エッセイを載せていたので、十何年も前から名前は知っていたが、今回、初めて漫画を読んだ。


修学旅行用のパスポート申請のために取り寄せた戸籍謄本。そこに見つけた矛盾から、少女は、同級生の少年とともに、自分のルーツを巡って夜行列車に乗り込む。自分の記憶喪失癖はいつから始まったのか?大好きな両親は、本当の両親ではないのか?博多の街で辿りついた真相は…?という「記憶の技法」ほか短編6つが収録された文庫漫画。

吉野朔実さんのまんがには、衝動と冷静が同時に存在する。そのことによって、えもいわれぬ興奮がおこる。吉野さんの作品でしか味わえない、この興奮。やたらと明るく健全な青春像の押し付けや、被害妄想的な陰鬱さなどの枷を、理性とセンスでふりくりことができる自在な視線は、的確で、リアルで、シニカルで、清々しくて、血が騒ぐ。(巻末解説:東直子


巻末解説の通り、その視線は冷静。女子高生が主人公の表題作も、友達同士のキャッキャした会話は脇役で、あくまで主人公の辿る思考が物語のベースになる。だから、「記憶の技法」の筋書きは、結構よくあるストーリーのように見えても、完全に吉野朔実風の物語になっている。
“人の記憶は内的時系列と外的時系列が一つの脳に封じ込められて、つじつまをあわせている。だから、同じ出来事でも人によって違う意味を持って記憶される。”と、解説で触れられるように、記憶というのは、親や他人からの思い出話や言い聞かせでつくられたものもあるし、自分の思い込みでいくらでも“間違える”ことが可能だ。だから、この物語は“真相”よりも“記憶”を題材にしている。
悲惨な記憶と、幸福の記憶、その両方をあくまで冷静に見つける主人公の視点、そして、“帰る場所の記憶がない”ことからくる寂しさに焦点が当たるラストは、作者・吉野朔実独自の世界観(つまり他の人からは、このように見えない)がとてもよく出ているのだと思う。今後、幾つかの長編に挑戦するつもりだが、とても楽しみな作家です。
これとか↓

少年は荒野をめざす 1 (集英社文庫(コミック版))

少年は荒野をめざす 1 (集英社文庫(コミック版))


なお、東直子さんは、穂村弘関連で短歌を追っかけていたとき、何度も目にした名前。単著も是非読んでみたい。

とりつくしま (単行本)

とりつくしま (単行本)


やっぱり、穂村弘との共著も魅力↓

回転ドアは、順番に (ちくま文庫)

回転ドアは、順番に (ちくま文庫)