Yondaful Days!

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実在しない男達が繰り広げる世界〜よしながふみ『こどもの体温/彼は花園で夢を見る』

こどもの体温/彼は花園で夢を見る (白泉社文庫 よ 4-7)

こどもの体温/彼は花園で夢を見る (白泉社文庫 よ 4-7)

よしながふみの作品は、SFである、と言ってみる。
「絵」に重点を置いて書かれた巻末解説で、安彦良和は「よしながさんの描く男達は、皆、じつにいい!」「男を理解なさっている」と、自分が苦手としている異性の描写について、“そうあってほしいという願望を超えてリアルに描かれている”と絶賛している。


分かる。分かるのだが、よしなが作品を読むたびに思うのは、「こんな男いないよ」(笑)
実在しない生物が、作品内でルールの中では、十分なリアリティを持って生き生きと描かれると言う意味で、やっぱり彼女の作品はSFだ。いやいや、見たことないものに喩えるのはどうかと思うが、宝塚なのか。
高い鼻に尖ったアゴ、細身の長身に長い指、どう動いても絵になる姿勢は、漫画だからそういうものなのだと割り切ることもできる。しかし、彼らがつくる、常に美味しそうな料理に代表される、手際の良さと、気の利いた蘊蓄、核心をつく台詞回し、緊張をはらんだ男同士の会話は、他の少女漫画以上に芝居がかっており、憧れを感じてしまう。何度もリハーサルを重ねた人生のように。
だから、よしながふみ作品というのは、読み始めた時点で、既にその世界に取り込まれている。どんな話でも、よしなが流の読後感を味わえる。


今回読んだのは単行本2冊をまとめた文庫版。

こどもの体温

近頃の
若い子は


大人びていて でも世間知らず
秘密が多くて でも無責任


何だ
僕達が子供だった頃と
同じじゃないか

「こどもの体温」は、ある(美形の)父子家庭を中心に、男女の恋愛や親子愛、友情など、人と人との信頼・繋がりについて綴った作品。
中一の息子から突然
「お父さん… どうしよう
 俺、クラスの子を妊娠させたかも知れない」
と相談される冒頭のシーンは衝撃的だが、連作短編のどれもが日常に近い低い温度で進行する、という、雰囲気は『フラワー・オブ・ライフ』っぽい物語。

彼は花園で夢を見る

私が彼女を疑ったその時に
愛は終わっていたのだ
私は
生涯で二度だけ
本当の恋をした…

砂漠近くにある城に住む男爵と、お抱えの楽師、彼らを巡る人間模様。こちらは、舞台が現代でも日本でもなく、少し長期に渡る出会いと別れが描かれているという点で、むしろ『大奥』に雰囲気は近いかもしれない。
生涯でたった二度の本当の恋、二度とも直後に相手を失った男爵が、やはり辛い境遇を歩んできた楽師ファルハットから慰められるシーンは切ない。

「ファルハット、別れるかもしれぬと思うと、愛する事自体が恐ろしくなってしまう時はないか?」
「僕はもう慣れました…(略)
 …男爵様は慣れる事ができない方なんですね。
 でもそんな男爵様が僕はいとしく思える」

やっぱり、よしながふみの漫画の中だからこそ、生きてくる台詞だなあ、と書き写しながら思うのでした(笑)

よしながふみ24年組

上の文章を書いて少ししてから、よしなが漫画の独特な雰囲気について面白い考察を読んだ。それは、『大奥公式ガイドブック』に寄稿された福田里香*1の「よしながふみ24年組〜少女まんが昇日録」というコラム。

映画&原作「大奥」公式ガイドブック

映画&原作「大奥」公式ガイドブック


この中で、福田里香は、よしながふみの漫画と、1970年代に台頭した「24年組」と呼ばれるまんが家との共通点を指摘する。いわく

  • 女性作家
  • 主人公の主観で話が進む手法(を24年組が編み出した)
  • 短編、中編に傑作を持つ
  • 少年を主人公に据えた作品を描いた
  • 少年愛をモチーフにした作品を描いた
  • 耽美という概念をまんがに植え込んだ
  • ジェンダーの揺らぎをテーマにした作品が多い
  • SFまんがの傑作を描いた
  • それまでの少女まんがのステロタイプから視点を180度変えて、多彩なテーマ性を持ちこんだ

コラムは、よく言われるように少女まんがの黄金期は70年代ではなく、2010年代に突入した今こそが少女まんがの黄金期の始まりであり、ゼロ年代の偉大な一歩がよしながふみであると結んでいる。
24年組の代表として挙げられているのは、萩尾望都竹宮恵子大島弓子山岸涼子木原敏江坂田靖子らで、この辺の漫画はあまり読んでいないので、逆によしながふみが独特と感じられるのかもしれない。唯一読んでいる山岸涼子から考えると、成程と思う部分はある。
萩尾望都なんかは近年も話題作を描いているので、是非読んでみよう。

*1:フード理論で知られるお菓子研究家