- 作者: 奥田英朗
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2006/03/10
- メディア: 文庫
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どっちが患者なのか? トンデモ精神科医伊良部の元を訪れた悩める者たちはその稚気に驚き、呆れ…。水泳中毒、ケータイ中毒、ヘンなビョーキの人々を描いた連作短篇集。 (Amazon内容紹介)
『災害ストレス』の次に読んだこの小説こそ、まさに「ストレス」にどう対処するかという内容。5つある短編の語り手は、それぞれ別の症状のある5人の患者。彼らが訪れる医師は伊良部一郎という変人で、読んでいるうちに、患者も読み手も精神的に楽になっていくという、心のクスリ的な本。
伊良部の変人ぶりがこの本のキモだが、先日読んだ『腰痛探検記』にも実在する変人医者が出てきたので、それほど突飛な感じはしない。程度の差こそあれ、多分こういう医者は実在するのだろう。
伊良部の何が変かといえば…
- 治療内容と特に関係なく、自己の快楽のために、来た患者には毎回注射を打つ注射フェチ。
- 患者に感化されやすく、プール通い、ケータイメールから俳優オーディションまで、次々に新しいことを始める。
- 患者の治療目的ではなく、個人的興味・関心から、違法行為(家屋侵入、ガラス割り、タイヤのボルト外し)を勧める。
- 患者の不安を倍増させる(「いてもたっても」では、たばこの火の始末が気になる強迫神経症の患者に、ガスの元栓のしめわすれや漏電などの火事につながる可能性を指摘)
また、どう見ても40代にしか見えない30代の色白デブでマザコンということもあり、外見や日々の言動も変わり者感がある。
伊良部の治療方針の特徴だが、カウンセリングでの治療に否定的で、初めて来院した患者はかなり戸惑うことになる。(というか、そもそも、治療しない笑)
- 生い立ちがどうだとか、性格がどうだとか、そういうやつでしょ。生い立ちも性格も治らないんだから、聞いてもしょうがないじゃん。(P241)
- ストレスなんてのは、人生についてまわるものであって、元来あるものをなくそうなんてのはむだな努力なの。それより別のことに目を向けた方がいいわけ。(P12)
伊良部が、治療もカウンセリングもほとんどしないのに、何故、患者達は継続して病院を訪れるのか?患者達は次のように語る。
会社に行くのがいやになればなるほど、哲也の病院が良いは欠かせないものになった。休診日などは伊良部が恋しくなるほどだ。伊良部は変わった男だが、その変わりっぷりが救いだった。馬鹿と変人は癒し効果でもあるのだろうか。いざとなったら常識を捨てれば良いと思えてくるのだ。(「勃ちっぱなし」)
ここ最近、伊良部病院への通院は心の糧となっていた。相変わらず家を出るのに2時間もかかる始末だが、行けば不思議とリラックスすることができた。「動物ヒーリング」に近いのだろうか。動物園でラクダや水牛を眺めている感覚に似ているのだ。(「いてもたっても」)
つまり、伊良部が彼にとっての自然体で行動している間に、患者の方は癒しを得ていく。その中で、心の中身を出来るだけ言語化することによりストレスを解消する、という『災害ストレス』でも記載された模範的なストレス回復の途をいつの間にか辿っている。いや、時には、のっぴきならない状況まで陥ってしまうのだが、結局は自律的に回復するのであり、伊良部は触媒でしかない。結果的に全開とならなくても、医者に頼らないで前に進むという感じが、読み手にとっても快感に繋がるのだろう。
ストレスフルな現代社会にマッチした作品だと思う。誰にでもオススメできる本。
なお、奥田英朗は『最悪』(未読)等で名前はよく目にしていた。この本もタイトルだけ知っていたのだが、内容は忘れたがグロテスクな印象が強く残る村上龍の『イン・ザ・ミソ・スープ』と名前も表紙のイメージも似ていたので、まさかコメディタッチの作品とは思いもよらなかった。
- 作者: 奥田英朗
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- 作者: 村上龍
- 出版社/メーカー: 読売新聞社
- 発売日: 1997/09
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