- 作者: 高野秀行
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/03/26
- メディア: 単行本
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何故ブータンが未来国家なのか。それは本書の一番最後に明かされる。
エンタメ・ノンフというジャンルはかくあるべき、というくらいエンターテインメントしているノンフィクションだった。
ブータンのあれこれ
ブータンに行くきっかけは、友人の二村聡からブータンでの「生物資源調査」の依頼を受けたこと。二村は生物資源から医薬品や食料などをつくるための研究開発を行うベンチャー企業をやっていて、この企業とブータンの共同プロジェクトの手伝いに行ってほしいというのだ。調査と聞いてひるんだ高野は、二村に「ブータンには雪男(イエティ)がいるらしい」という爆弾を投げつけられて、未確認動物好きの血が騒ぎ快諾。
ここから生物資源調査という名目と、雪男探しという本命の二つの目的を持ってブータンへの旅が始まったのだ。
ブータンでの出来事は、エピソードの質とあわせて文章が上手いためかスラスラ読める面白さ。あまり手に汗握るような危機的状況に陥ることなく進むのもいい。巻頭と各章の頭に写真も多く載せられており、これを見るだけでも楽しい。特に最奥の秘境にあたるブロクパの触覚帽は見た目のインパクトが凄い。バイキンマンの角が5本に増えた帽子を伝統的な服装として身に着けている様子はふざけているようにしか見えない。
そのブロクパの村の新歓コンパのエピソードは、特に面白かった。触覚帽女子にさんざん飲まされた翌日、本来の調査目的(資源調査)に沿って、「二日酔いに効く伝統薬」を探すも、一人目のブータン人にはレッドブルを薦められる。また、そのほか大多数からは迎え酒を薦められ(笑)目論見は外れるのだった。
先日、日本を訪れて大人気だった国王のエピソードも面白い。
ブータンは人口70万弱で八王子市と同規模の小国というだけでなく、インドと中国という二大超大国に挟まれ、いつどちらに飲み込まれるのか分からない不安定な国家だ。実際近くにあるチベットとシッキムは中国とインドに吸収されてしまった。だから、ブータンは独自の民族であり、インドにも中国にも属さないということをアピールし続けなければならない。その中心にいる象徴的な存在が国王なのだ。
この国では国王は「尊敬の対象」どころではない。日本でいうならジャニーズ事務所所属の全タレントと高倉健とイチローと村上春樹を合わせたくらいのスーパーアイドルである。
16歳で即位した四代目は「世界で最も若く最もハンサムな国王」と騒がれただけでなく、GNH(国民総幸福量)の概念を考え、環境立国の道を切り開き、2003年には自ら兵を率いて出陣し、反インド政府ゲリラに勝利。その後、絶対君主制から民主制に移行したのち51歳で引退し、現在のイケメン国王に譲位。
現在の国王(五代目)も水戸黄門のように全国世直し旅をつづけ、「会いに行けるアイドル」ではなく「会いに来てくれる国王」として、国民の目線で国を支えているという。
なぜ未来国家なのか
高野秀行は、「幸福の国」についての印象を以下のように語る。
これまで見てきたアジア・アフリカの国はすべて同じ道筋を辿っているが、ブータンは違うというのだ。
- 欧米の植民地になる、もしくは経済的・文化的に強い影響を受ける
- 独立を果たすと中央集権的な国家がマイノリティや反逆者を弾圧する
- 自然の荒廃をかえりみず近代化に邁進して、暮らしは便利になる
- 中産階級が現れ、自由、人権、民主主義が推進される
- 迷信や差別とともに信仰も薄れていく
- 共同体や家族は分解、経済格差は開き、治安が悪くなる
- 政治が大衆化し、支配層のリーダーシップが失われる
- 環境が大事だ、伝統文化が大切だという頃には環境も伝統文化も失われている
こういった轍を踏まずに先進国のよいところだけを取り入れ悪いところをすべて避け、独自の進化を遂げたのがブータンなのだ。ゆえに高野秀行は「私たちがそうなったかもしれない未来」をブータンに感じる。日本はどこかで道を間違い、しっかり轍を踏んでしまい、後戻りするのが難しい。繰り返し書くが、ブータンは日本が辿りつけなかった「未来」を今まさに掴んでいる国家なのだ。
未来国家ブータンの特徴については、5章で詳しく取り上げられるが、その本質がズバリ書かれているのはここだろうか。
ブータンを一ヶ月旅して感じたのは、この国には「どっちでもいい」とか「なんでもいい」という状況が実に少ないことだ。
何をするにも、方向性と優先順位は決められている。実は「自由」はいくらもないが、あまりに無理がないので、自由がないことに気づかないほどである。国民はそれに身を委ねていればよい。だから個人に責任がなく、葛藤もない。
(略)
ブータン人は上から下まで自由に悩まないようにできている。
それこそがブータンが「世界でいちばん幸せな国」である真の理由ではないだろうか。p250
たとえば、同行者の一人であるプンツォは自らの進路を占いで決めているし、高野秀行自身も、旅の終盤で、体調不良を治すのに「祈祷」を受けて、その効果を体感している。
自分の悩みや苦しみが周囲の人々にきちんと伝わる。それだけでも大きい。処方箋も受け、これからどうすればいいか教えてもくれる。あとはそれに従うだけで、周囲もそれを理解してくれる。
そして何より、大きな流れに身を委ねるような安堵感。何百年、いや千年以上も前から続く長い長い歴史の中に受け入れられる心地よさがある。
嗚呼、素晴らしきかな、祈祷。これぞ幸福大国の象徴だ。P226
逆に言えば、「自由に悩む」ことこそが、日本人を不幸にしているのだ。父親は威厳を持ち、母親は優しく包むもの、子どもは親の言うことにしたがうもの、先生の言うことには従うなど、かつて絶対だった社会規範がどんどんなくなって各自が自由に行動できるようになっている。自由と引き換えに「不幸」を背負っているのだろう。*1
ブータンについて知ることは、「不自由という幸せ」について学ぶことなのかもしれない。
そこには辿りつけないとしても、そこから学ぶことは沢山あるように思う。