Yondaful Days!

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考えてわかる「体質」に〜新井紀子『ハッピーになれる算数』

ハッピーになれる算数 (よりみちパン!セ)

ハッピーになれる算数 (よりみちパン!セ)

日経新聞日曜版の「半歩遅れの読書術」で、数学エッセイストの小島寛之さんがオススメしていた『コンピュータが仕事を奪う』がとても面白かったので同じ著者のこの本を読んでみました。
よりみちパンセのシリーズは「中学生以上すべての人の」という枕詞がついているので、メインは中学1〜2年生くらいを対象とした算数の本というように見えます。
しかし、この本は、算数の本ではなく「体質改善」の本なのです。
もう少し詳しく言うと「仕組みを考え、理解できるような体質を作る」ための本で、それこそがハッピーになるためには必要と主張している本ということになります。何故、そのような体質改善が必要なのでしょうか。

仕組みや理屈が分からないと、すべての知識は、ばらばらなままです。分数を覚え、つるかめ算をおぼえ、旅人算をおぼえ、植木算をおぼえ、平行四辺形の面積公式をおぼえ、ひし形の面積公式をおぼえ、文字式の移行法をおぼえ、塩水の濃度の公式いろいろをおぼえ……とずっとおぼえ続けなければなりません。多分、高校を卒業するまでに細かく数えると、ただやみくもに1000くらい公式をおぼえなくてはならなくなります。それでは、ダイエット情報にホンロウされているだれかさんとそっくり!p94

「そもそも」や「もともと」の部分に戻って「あたりまえ」を積み重ねて考えていくことで1000の公式を知らなくても「一を聞いて十を知る」ことができます。そういったことが大切なのが算数や数学だけの話ではないことは、大人であれば誰でも知っています。
この本の主張は、12章でまとめてある「7つのポイント」を読めば明確です。

  1. 議論をするまえに、前提になっていることを書き出せること。
  2. 前提はだれにでもわかるように簡潔に書くこと。
  3. 議論を進めるときには、「お告げがあった」とか「○○さんが言ったから」とか「ふつうにそうじゃん」という非論理的なことは言わないこと。
  4. なにかを主張するときには、理由をわかりやすい言葉できちんと説明すること。
  5. 議論はあっちこっちに行かずに順序よく進めること。
  6. 結論をきちんと書く。
  7. 自分が主張したこと(式、証明、議論)を冷静に第三者の視点から見直すこと。

このあとの、新井先生とブタ君のやり取りが面白い。

新井:この7つのポイントがきちんと身についたなら、あなたはハッピーになる能力を獲得できるはずなのです。
ブタ:えっ……。ハッピーにしてくれるんじゃなかったの?
新井:ハッピーというのは、突然空から舞い降りてくるものではなく、まえに進もうと思ったときに心にわきあがる勇気のようなものだと、私は思うのだけど、ちがうかしら?
(略)
数学という科目は、公平なコミュニケーションができる、冷静でハッピーな大人になるための訓練のひとつだ、と私は思うのです。

そういった能力は数学以外の科目でも必要とされるし、訓練する機会がありますが、誰が考えてもそうなるという「あたりまえ」を積み重ねて議論を進めることができるのが数学の特徴で、その中で何度でも間違えることができるのが、学校での数学学習の意味だと新井先生は主張します。


この後、新井先生の熱血が爆発して、生徒が引き気味になるところは最高に面白い読みどころです。7つのポイントでは明確に書かれていない、「粘り強く考えること」について説明した最終章は手に汗握ります。
ここでは、わざわざ複数の場合分けが生じる覆面算*1を計算させるのですが、解き終わったあとのブタ君の感想はこうです。

やっているうちにうんざりしてきて、自分が何のためにこんなことをしているのか、さっぱりわからなくなった……。0(ゼロ)とO(オー)の違いがわかりにくかったし…

さんざん授業をしてきて、何度も登場する生徒役からのツッコミの最後の言葉が「よくわかるようになりました」とか「明日から数学の授業が楽しみです!」ではなくて、これというのは…笑。
それはともかく、覆面算を解く過程を通じて「おとなになること」、いや「ハッピーで責任のとれるおとなになること」について説明しているのが、このよりみちパンセシリーズの主旨に合っていて感動しました。
算数の考え方の訓練の部分が、地道でしっかりしているので、例えば数学的な美しさを体感したい人には全くオススメできない本ということになるのかもしれませんが、14歳くらいの人に向けた熱血の美しさは誰にでも響くと思います。誰が読んでも分かるような資料を作るために、ズルをせずに粘り強い努力を怠っていないか、自分の日々の仕事を振り返るという意味でもタメになりました。

*1:SEND+MORE=MONEYという有名なもの