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円周率はなぜ3.…から始まるのか〜新井紀子『生き抜くための数学入門』

生き抜くための数学入門 (よりみちパン!セ)

生き抜くための数学入門 (よりみちパン!セ)

日曜の日経新聞一面の連載記事「大学開国」で大学入学試験の課題について取り上げられていました。

「小数点以下の差で落ちる受験生が毎年たくさんいます」。9月末、東京大近くの河合塾本郷校(東京・文京)を訪れた札幌市の高校生15人が、講師の語る東大入試の激烈さに息をのんだ。
センター試験の成績を圧縮して2次試験と合計するため、得点は小数点刻み。合格ラインには100人以上がひしめき、小数点第4位まで出して判定する。論述式が多い2次試験も採点が細かく分かれ、小さな表現の違いが合否を左右する。

記事の中では、現在の入試と受験生の問題点として「受け身姿勢でどんな問題も正解があると思い込む」「(入試における地理歴史軽視について)相手が育った風土や歴史の理解もなしに、外国人と渡り合うことはできない」などの問題点と合わせて、桜美林大学数学科の芳沢光雄教授の以下の言葉が載っています。*1

価値観や文化が違う相手と接する際に欠かせない論理的な思考力は、マークシート方式では測れない


「かけ算を宇宙人に教えよう」というタイトルの第一章から始まる『生き抜くための数学入門』の根本にあるのもそういった思いなのでしょう。阿吽の呼吸で話を進めていく旧来の日本式のやり方では、これからの世の中を生き抜くことはできないのです。


冒頭で、円周率の話を引き合いに、この本の目標が語られます。
ある新聞社の記者に、最近の小学校で円周率を「約3」と教えていることについてどう思うか?と聞かれたというエピソードです。これに対して作者は「ところで、円周率って何ですか?どうして円周率は3.…から始まるんだと思いますか?*2」と(一見)意地悪な質問を返すのですが、そこで記者は固まってしまいます。
つまり知識としての円周率3.14知っていても、それが何なのかは知らない。そのくせ、3.14の小数点以下が無くなったことのみを取り上げて「悩ましい事態」と言わせたい記者の意図(そして、それはおそらく当時の日本の空気)が気になり、そこに問題点を見るのです。そういった日本人の弱さを、作者はここで以下のように表現します。

日本人は、どうも「とは」と「なぜ」の力を、学校でも社会でもちゃんときたえていないらしい。

たとえば、ここで挙げられている「島とは何か」という島の定義は、領土問題を語る上では絶対に必要で、故にこうした定義は国際社会の話し合いによって決められていきます。つまり、他国との調整・議論には、スタート地点(定義)の明確化と論理的な説明能力が必要です。本文では取り上げられていませんが、今ちょうど問題になっているような領土問題についても、そういった能力がなければ前に進めません。だからこそ、この本の目標は…

暴力は避けたい。だけど、自分の主張も通したい。自分の大切なものは、ちゃんと自分で守りたい。
そういう人に必要なのは「とは」と「なぜ」の力です。
というわけで、この本の目標は「とは」と「なぜ」の力をつける、です。


この本の中では、数学の重要性について「見えない抽象的なものを見る訓練」という言葉を使って説明されています。

見えないもの、たとえば、権利やリスクや未来について、「だから」「どうして」「どうなる」を考えることができなければ、この社会で幸せになれる確率は相当に低いのです。それは、現代社会が、情報量と選択肢の多い民主主義社会だからです。p57

数学が相手にするのが、見えないものだったり、実際に存在するものではなかったりすることを理由に、数学が役に立たない、数学を勉強しなくていいと考えるのは間違いであって、むしろ、だからこそ勉強する意味があるのだ、ということです。
そして、そういった論理的な力は、21世紀に生きる私たちが相手にしなくてはならない「究極のわからずや」、つまり「コンピュータ」を相手にする上でも必要だというのは『コンピュータが仕事を奪う』でも書かれていたことでした。


タイトル通り、生き抜くために何が必要か、について甘やかさずに教えてくれる。そういった新井先生の熱血は今回も不変ですが、前作よりも数学コラム的な内容が増え、泥臭さ、汗臭さが減りました*3。構成として、明確に良くなったと思うのは、生徒役が3人に絞られた点です。

  • ブタ:無限の可能性を追いかけるロッカー
  • 女の子:ちゃんと勉強してきたけど、ちょっと分からないところがある女の子
  • 博士くん:数学者と数学の話ができることを楽しみにしてきたマニア

これら3人のキャラクターづけがはっきりしたので、掛け合い漫才的な楽しみ方ができるようになりました。5章で、客観的に自分の主張を検証し、正確な表現を目指すためには「ひとりツッコミ」が必要という話(p108)が出てきますが、これら3人は、ある程度、新井先生の中の「ひとりツッコミ」が可視化されたものなのでしょう。彼らの口から、ブッシュ(p145)や相田みつを(p76)評?が聞けるのも、とても楽しいです。


題材に上がったものの中で特に面白かったのは、11章「累乗のこわさとおもしろさ」で出て来る、先祖の数を考えていく話。自分の両親は2人、その両親は4人……と先祖を遡っていくと、1200年頃つまり27世代前(30年で一世代と仮定)のご先祖の数が1億人を超えてしまうという話です。

博士くん:日本の全人口より、ぼくの先祖の数のほうが圧倒的に多い……。
ブタ:お前の先祖、外国人だったんじゃねえの?
女の子:日本人全員が親戚っていうこと? p173


また、サイコロを6回振ったときに1の目が1度以上出る確率がそれほど高くない(約67%)という確率の錯覚(p85)も、手を動かして考えればわかるのかもしれないけど、直感的には毎回驚いてしまいます。


このように数学コラム的な内容が続きながらも、単なるコラムに終わらず、熱血が見え隠れするのが、さすがだなと感じました。『ハッピーになれる算数』よりは、一般書に近い作りですが、他の数学本も読んで、もっと数学に親しんでみようという気になりました。


なお、最後の方は、「博士の愛した数式」ことオイラーの等式の説明に多くのページが割かれていて、これも読んでみたいと思いました。また、最初に挙げた芳沢光雄さんの著作にも面白そうなものがあるし、今回の数学入門がしつこく取り上げている「無限」関連の本も読んでみたいです。
自分がそうであったように、新井紀子さんの『ハッピーになれる算数』『生き抜くための数学入門』の2冊は、非常に読みやすく、かつ、数学という勉強の必要性を説いた本ということで、算数・数学を勉強する子を持つお父さん・お母さんにも強くオススメできる本だと思います!

博士の愛した数式 (新潮文庫)

博士の愛した数式 (新潮文庫)

いかにして問題をとくか・実践活用編

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ゼロから無限へ―数論の世界を訪ねて (ブルーバックス)

ゼロから無限へ―数論の世界を訪ねて (ブルーバックス)

*1:桜美林大学では来春の一部入試でマーク式だった数学の全問題を記述式に改めるとのこと

*2:円周率が3.‥から始まることを直感的に説明する方法として、円に内接する正六角形(周囲の長さは直径の3倍)と円に外接する四角形(周囲の長さは直径の4倍)を書く方法等が示されています

*3:数学ガールと重複する話題もありましたが、面白さの種類が違います。やはり数学ガールの方がエレガントかな…笑