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習慣は一気に変えろ!〜ディードリ・バレット『加速する肥満』

加速する肥満 なぜ太ってはダメなのか

加速する肥満 なぜ太ってはダメなのか

肥満が急増、蔓延し、医療費増大も含めて社会化問題化しているアメリカで、カウチポテトと呼ばれるようなライフスタイルを想定した「現代的」な食生活を見直すことを促す本。
…と書くと平凡な内容に思えるが、多くの分野にまたがる内容で、かつ、読後の考え方に影響を与える濃い内容の本だった。


特に面白いのは、よくテレビに対して「刺激が強すぎる」という非難をするのと同じ口調で現代の食を非難すること。
そこに出てくるのが“超常刺激”というキーワード。人工的に作られたスカスカのダミーでも強い刺激を与えるものに人間は魅力を感じ、それを必要以上に摂取してしまう。
夫婦の絆や親子愛、友情がやたら強調されるテレビドラマも、コカ・コーラとふっくらと盛り上がったベーコンダブルチーズバーガーに魅力を感じるのも同じ仕組みによるというのだ。そしてそれらに魅了され続ける原理は薬物中毒と似ており、そこから抜け出す必要があると説く。
この種の本で否定されるのは、トランス脂肪酸やコーンシロップ、砂糖と相場が決まっているが、さらに時代をさかのぼり「一万年前の農業革命こそが失敗」と言い切るあたりも凄い。現代農業で品種改良が続けられる作物は、全て超常刺激を強くする方へ、栄養分ではなく形質をよくする方へ変えられている。つまり、米もパンも栄養を取るのに効率の悪いダミーであり、ダミーだからこそ食べ過ぎる。精製食品はどれも食べ過ぎを誘うようにできているのだ。
したがって、本能に従っていれば幸福が得られるという思考自体を改める必要があり、この本の主張は、そうした誘惑を、意志の力で極力排除して健康に生きようとするもの。しかも、徐々にではなく、根本から食事と運動の習慣を変えていこうと呼びかける。例えば、テレビを見る時間を少しだけ減らすよりも一切見ないと決める方が長続きするというもので、プチ糖質制限よりもスーパー糖質制限を奨める江部理論に近いものがある。(ただし、脂肪分についての扱いは、江部理論とは異なり、基本的に脂肪=悪という姿勢。したがって肉全般やチーズは非難の対象となっている。)
生活習慣を改めれば、「私たちは、超常刺激のある食事や運動からではなく、それほど刺激が強くないものからも一定の喜びを引き出せるようになる。」(p250)その手法の部分については、心理学的観点から7章に述べられており、イマイチピンと来なかったのが残念だが、重ねて結論を言えば、「徐々に」ではなく「根本から」改めた方がうまくいくというものだったように思う。
さらには、個人ではなく社会で何を変えていくべきかについて、煙草と同様ジャンクフードを規制していくべきとする8章には驚いた。確かに健康的な問題を考えれば、禁止をしないとしても課税してもいいタイプの商品ではある。
糖質制限本とは異なり、運動の必要性についてもページを割かれている点で共感しやすく、「現代的な」生活習慣を見直す必要性に改めて気づかされた本だった。
なお、この本は訳者あとがきが、非常に上手に本の内容を要約しているので、最初にここから読むのもオススメです。

エッセンス

以下、各章の内容をピックアップ。

  • 第1章 卵が先か、フライドチキンが先か?
    • 農業革命が起きる前のの狩猟採集民族は、1日3時間しか働かず現代人と同じくらい健康で長生きした。(伝染病やけがや出産の危険を乗り越えれば)
    • ギリシアとトルコでは狩猟採集が行われていた先史時代と比べて、農業確立後は身長が落ち込み(平均175→160cm)、その後、伸びているが、まだ祖先の身長には達していない。
    • 一万年前の農業革命は「人類史上最大の失敗」だった。これによって男女間の大きな不平等、病気、独裁政治が生まれた。
    • 農業は人口数の爆発的増加という意味で人類に与えたメリットは大きかったが、生活の質は急速に低下した。食事は、高カロリー貧栄養で非効率なものになった。→2章の内容
  • 第2章 精製(リファイン)しすぎはダメ!
    • 精製=外皮や繊維、また植物構造の細胞壁などを取り除き、単純な炭水化物や純粋な油だけを残すこと。
    • 現代農業の手法は栄養分ではなく形質を改良しようとするものであり、野菜や穀物からは、繊維やタンパク質、ビタミン、ミネラルなどを摂取しにくくなってきた。
    • 自然な反応よりも強い反応を引き出すダミーを「超常刺激」という。実験結果によれば、たいていの鳥は、卵のダミーに騙される。本物より大きくて色や模様が誇張されている卵を、自分の生んだ卵だと勘違いして育てようとする。ふっくらと盛り上がったベーコンダブルチーズバーガーを見て食欲が湧く現象と変わらない。
    • 糖分の高い食品、高脂肪の食品は、中毒性のある薬物と同様、脳内化学物質の変化を引き起こす。
    • 脂肪の中でも特に悪質なトランス脂肪酸は、心血管疾患による死亡リスクが高くなるだけでなく、高カロリーであり、食べ過ぎなのに栄養不足になる。
    • あらゆるものの標準的な摂取量が一世代前より増えている。今のサラダ用の皿のサイズは、アンティークのディナー用大皿に近づきつつある。
    • 超常刺激を受けるため、小さな容器の飲料、食料よりも、大きな容器のものを好んでしまう。
    • ファストフードでは、低脂肪だったり量を減らしたりした健康に気をつけた商品は失敗する。客は皆、健康によい食べ物は選びたくない。
    • 大手ファストフードの商品は驚くほど似ている。各国の食品の精製炭水化物、飽和脂肪酸、塩分の比率の平均をとり、それを大盛りにして商品化する。つまり完璧な超常刺激を作りだしている。
  • 第3章 身体を動かそう
    • 人間には、生物学的には運動する必要があるにもかかわらず、運動したいという強い本能をもちあわせていないという根本的な問題がある。
    • 運動には、認知能力の向上、脳細胞の生成、うつの予防などのさまざまな効果がある。
    • (学校などでの)チームスポーツは総じて最適な運動とは言い難い。運動能力の高い子どもだけが楽しむことにつながる。しかし、全員が運動できるものに工夫することができる。(ネイパーヴィルの奇跡)
  • 第4章 テレビの枠から抜けだそう
    • テレビは刺激的な音声で定位反応を引きおこし、見ているときは勿論、見終わったあとも注意力を低くする。
    • コマーシャルが、プロダクト・プレースメントに形を変えて加速している。
    • アメリカ人は一生の間に平均8000回の殺人シーン、10万回のその他の暴力シーンを目にするが、このうちの1万1000回は小学校に上がる前に見ている。
    • テレビは、超常刺激をちりばめたありとあらゆる特徴(すばやい動き、感情の炸裂、暴力、性的誘惑)で私たちを惹きつける。
    • テレビを観る時間を一日一時間だけ減らし、好きな番組だけに絞ろうというようなアドバイスがあるが、実際には、ジャンクフードや薬物のように、テレビも一切観ないより少しだけ減らすことのほうが往々にして難しい。(テレビは断つべき)
  • 第5章 リッチとスリムには限界がない?
    • 細い身体が好まれるのは新しい傾向ではなく、いつの時代にもどのような文化においてもそういう傾向があった。
  • 第6章 存在の耐えられる軽さ──医学的に見た理想体重
    • 太り過ぎと健康問題の深いつながりについては昔から知られており、BC400年ころのヒポクラテスまで遡ることができる。減量を目的とした食事療法も古代ギリシアから存在した。
    • ほとんどの宗教では飲食を控える期間が定められている。ヒンドゥー教徒は二週間ごとに一日半の断食をするほか、イスラム教にはラマダンがある。初期のキリスト教にも四旬節の断食があったし、七つの大罪には暴食がある。
    • 理想体重を計算する方法として1980年代後半にBMIが考え出された。BMIは22未満がリスクが低いという研究結果もある。
    • BMIは万能ではなく、より健康との相関関係が高い指標値として、体脂肪率やウエストとヒップの比率がある。
  • 第7章 信じた道を進もう──個人の取り組み
    • 健康であるためには以下のことを…
      • 食事:食物繊維の多い緑黄色野菜をたっぷり、脂肪のないタンパク質と果物を控えめに、ナッツ類や種子類と卵を少しだけ食べる。
      • トランス脂肪酸、精白粉、精製された砂糖は一切口にしてはならない。
      • 一日に一時間以上運動をする。
    • (このあと、心理学ができることとして意志の力や習慣化の話があるが省略)
  • 第8章 社会を変えよう
    • 米国の栄養政策の大半を決定している農務省だが、その顔を向けているのは基本的に大規模農業と精製食品加工業者であり、国民の食生活は気にしていない。
    • 農家への助成金については、助成金の対象食品を好ましい食品に変更していく必要がある。
    • その他、レストランへの融資の認定の判断基準を変える、ジャンクフード税を新設する、不健康食品の子ども向けの宣伝を禁止する、トランス脂肪酸は使用禁止することなどが考えられる。
    • 2歳未満の子ども向けのテレビ番組は禁止すべき。
    • 貧しい国では穀物の精製を止めさせる。栄養不足を予防するためには穀物は繊維や精油、ビタミンが損なわれていない状態で食べるべき。
    • 遺伝子工学も栄養価を上げる方向であれば上手に利用すべき(例 ゴールデンライス)

参考(過去日記)