Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

ガチ気象学エンタメ小説〜川端裕人『雲の王』

雲の王

雲の王

仕事の関係もあり2年くらい前から気象について興味を持って勉強するようになった。先日読んだモテサクさん(茂木耕作さん)の本もその一環だが、一つ一つに深く突っ込まない範囲においては、気象の分野は身近×科学の按配がちょうど良く、個人的には好きな分野だ。
そんな「気象」という観点から興味を持ったのがこの『雲の王』。
かなりしっかりした専門知識が土台にあり、正直に言えば、自分も勉強しているにもかかわらず難しく感じる部分があった。ただ、物語の筋自体を追うのには、特に専門知識がなくても読みながら勉強できるようにはなっているし、勿論、科学的・現実的な部分から離れてフィクションしている部分も含めて、とても面白く読んだ。
あらすじは以下(Amazonから)

その夏、母と息子は「空の一族」と出会った――。
ゲリラ豪雨や台風を、不思議な力で回避することが出来たら?
人と自然のかかわりを見つめなおす、壮大な長編小説。

気象台に勤務する美晴は、十代の頃に事故で両親を亡くし、今は息子の楓大と二人暮らし。
行方知れずの兄からの手紙に導かれ、母子はある郷を訪れる。
そこで出会ったのは、天気と深く関わり、美晴の両親のことも知っているらしい郷の住人たち。
美晴たち一族には、不思議な能力があるらしい。
郷から戻った美晴は、ある研究プロジェクトに参加するが……。
一族がもつ能力とは? 彼らが担ってきた役割とは?
「空の一族」をめぐる壮大なサーガ、開幕!


こういったあらすじも読まずに、天気についての小説という情報のみで読んだので、自分の想像していたのと違うところがいくつかあり、また、ステレオタイプな展開とは異なる部分があった。結果的にそこが、この小説の面白い部分だと思うので、その点をピックアップしながら感想を書く。

気象現象を喩える

読んでみて気づいたが、気象関係の言葉自体が専門用語であっても比喩で表されていることが多い。雲の形は当然として、この本でクライマックスとなる第4章で取り上げられる台風の「目」そして目の周囲を取り巻くような積乱雲である「目の壁」なんかもそうだ。
そして、勿論そういった専門用語以外のことについても、(この前のモテサクさんの本もそうだったように)読む側の頭の中に気象現象を描かせるには、何かの比喩でイメージを伝える必要がある。特に小説はそれをスムーズにやる必要があるのだろう。
そんな中、上昇気流や積乱雲などにはお決まりの比喩がある。龍、龍神だ。『雲の王』でも主人公以外の登場人物の喋る言葉の中では、雲の喩えとして「龍」や「ナーガ(蛇神)」が使われる。
しかし、主人公の美晴は、水蒸気が雲になり雨を降らせる過程を、根から水分を吸い上げ、高い所で雲の実をつける樹木に喩える。後述する美晴の「超感覚」ゆえのセンスなのかもしれないが、最初から最後まで一貫する世界樹のイメージ、地球は高さ一万メートル超の巨樹の森(p72)というイメージは鮮烈だった。強く怖いものではなく、より包容力があり優しいものに喩える感覚が小学6年生の子をひとりで育てる主人公の「母」のイメージと重なるのも上手い。

気象オタクの小説ではない

気象台に勤務する主人公・美晴と、気象研究所職員がメインキャラクターで、各章でそれぞれ異なる気象現象*1を扱う小説だ。…というと、専門性の高い登場人物たちの、(専門的過ぎて)常識から少しずれた会話や行動の中に面白さを見出すような小説、というアプローチもあり得た。というか、世にある専門性の高いジャンルについての漫画や小説には、そういった方向で書かれているものの方が多いのではないだろうか。
しかし、主人公・美晴はオタクではなく、気象台の仕事をこなしていくのに必要という程度の知識しか持ち合わせない。それゆえか、物語は予想外にフィクショナルな方向にぶっ飛んでいる。なお、気象オタク要素は、気象研究所の若手技術者・黒木君が背負っている。


これは別の側面もあり、つまり気象現象の面白さに特化するよりも、忘れてはならない気象災害についてむしろ中心的に扱いたいという作者の意志なのかと思う。
先ほどの世界樹の比喩とは対照的になるが、登場する気象の専門家の中では、美晴が最も気象災害を気にしている。「優しいもの」に喩えたものを「恐れるべきもの」として扱うアンビバレントな感じがいい。勿論、そのことが、台風をテーマとした最終章を盛り上げていることも確かで、ストーリー上の要請もあったのだろう。

気象に関する超能力、そして科学技術

主人公・美晴は「超能力」を持つ。
気象関係の超能力といえば、最近の漫画でいえば、ワンピースのナミが雷や風を自在に操るキャラクターだが、古くから超能力というよりは魔法として、同種のキャラクターは多数存在し、ある程度、ステレオタイプのイメージもある。
しかし、美晴が持つのは「水蒸気の流れを、そして気塊の温度分布を視る」ことができる能力。
普通のフィクションなら「超能力」が担当する「雨を降らせる」「台風を抑える」というような部分は、むしろ「科学技術」が担当することになるのも面白い。普段の暮らしの中ではありえない「雲を上から見る」というシーンが複数回に渡って出てくるのも、想像力に訴えかけるものがあるが、これも飛行機で飛ぶのだから「科学技術」による。
ただ、台風シーンのクライマックスも含めて、やや「科学」にこだわり過ぎていたようにも感じた。モテサクさんの本でも実際に雲を上から見るという話が出てきたように、実際の気象研究との関わり合いも意識したのかもしれないが、もっとフィクション(超能力)方向にぶっ飛んだ方がエンターテインメント小説としては面白かった。


さて、美晴がその血を受け継ぐ「郷に」住む一族は「外番」や「要石」などと呼ばれ、古来よりあまり表には出ないところで気象関連のアドバイスを与えてきた。あと少し味付けを変えればスーパー伝奇小説になるような設定だが、「科学」との兼ね合いもあり、そこまで前に出過ぎないバランスとなっている。
この能力については、主人公が自分と息子の能力、そして早くに亡くなった父母の能力を辿る中で、自分が「善を成す」ためにどう動いていけばいいのかを考えていく、その葛藤も良かった。


繰り返すが、個人的には、風水要素などを加えて、スーパー伝奇小説方向に突っ走ったアレンジも見てみたかった。実際問題として、気象学的イメージ(安定不安定、断熱膨張、潜熱、逆転層など)を強いる部分が多く、エンタメ小説として読むには、やや難度が高いようにも思える。結構ガチだと思う。*2
ただ、以前読んだ『川の名前』と同様、エンターテインメントと科学技術のちょうど良い匙加減が川端裕人さんの真骨頂なのだろう。最近興味が沸いている宇宙方面にも『夏のロケット』などの作品があるし、他の著書ももっと手を伸ばしたい。

夏のロケット (文春文庫)

夏のロケット (文春文庫)

なつのロケット (Jets comics)

なつのロケット (Jets comics)


なお、素晴らしい表紙デザインは、奇しくも(なのか?)作品とかかわりの深い苗字の龍神貴之さんという方。
両者が再び気象小説でタッグを組んだ「雲の倶楽部にへようこうそ」が小説すばる 2013年 03月号に掲載されているという。
ちょっとこれも面白そうだ。

小説すばる 2013年 03月号 [雑誌]

小説すばる 2013年 03月号 [雑誌]

気象系小説とは…

余談だが、他に気象をメインに据えた小説ってあるのかなあとググってみると予期せぬ検索結果が沢山出てくる出てくる…。


初めて知ったことだが、ジャニーズ事務所「嵐」に関する創作を「気象系」というジャンルで括るらしい。
こっちも、少しだけ興味あるなあ(笑)

うーん…少し期待。

4月からテレビ朝日系の金曜ナイトドラマ枠で放送される作品が、武井咲主演の新感覚ミステリー「お天気お姉さん」に決定。武井演じる気象予報士・安倍晴子が、地質学や天文学などの幅広い天気の知識を駆使し警察とは違う視点で事件を解決に導く。

ニチアサ以外はドラマを見ないので、まず見ないような気もするが、初回は見てみよう!

*1:2章で扱われている現象は、テレビで見たことのある「肱川あらし(おろし)」?ちょっとよく分からなかった。

*2:それを逆手にとって、ポイントとなる専門用語や考え方を要所要所で黒木が黒板で教える風の図解解説があると、より分かりやすく、より楽しい小説になると思う。