Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

登場人物それぞれが生きている〜羽海野チカ『3月のライオン』(6)

3月のライオン 6 (ヤングアニマルコミックス)

3月のライオン 6 (ヤングアニマルコミックス)

電王戦の話題に引き続き、かなり密度の高い『3月のライオン』6巻。
本編(将棋)のストーリーだけでも、物語は十分に進んでいる。

  • 一定角度から見るとアキラ(大友克洋)に似た「東のイライラ王子」こと蜂谷すばる(ハチ)との準決勝では、桐山が他の棋士からどのように見られているかを改めて確認。(5巻でも二階堂との会話シーンで、同様の状況があった)
  • 決勝で合うはずだった「心友」二階堂を卑劣な手で破った山崎順慶との対局での敵討ち。これはほとんどボクシング漫画のような展開。(しかも勝利の一手は、二階堂がかつてくれたアドバイスが呼び寄せた)

このストーリーだけでも十分及第点が取れる将棋漫画になっているはずなのに、それだけで終わらないのが『3月のライオン』。
当然これに、5巻ラストで驚かされた、ひなちゃんのいじめの話題が入る。さらには、これまで表立っては取り上げられなかった二階堂の病気についても話が加わる。*1


それがメインのテーマの漫画では決してないはずなのに、いじめの取り上げ方に本気を感じる。特に、いじめ問題自体の解決と、いじめられた人への心のケアの問題を切り分けて描かれているのがいい。後者についても二つの立場を用意している。

  • ひなに(友達を助けようとしたことを)「よくやった」「胸をはれ」と励ますおじいちゃん
  • 励ましの言葉をかけてあげられなかった自分を責めるあかりさん

つまり、誰もが、「そうすればいいはずのこと」をできるわけではないし、様々な立場で「いじめられた人」に向き合う人それぞれの気持ちや、出来ることが少しずつ違う、という当たり前のことが丁寧に描かれている。
いじめ問題そのものに立ち向かう姿勢も違う。そしてあらかじめ林田先生に言わせているように「完璧な答え」はない。だから心のケアを第一に考えながら、それぞれができることを積み重ねる。

  • ひなが一人じゃないことを周囲に示そうとする野球部のエース川本君。
  • いじめに気付いていながらもやり過ごそうとする担任教師。
  • 越境留学を視野に、金銭的なサポート(笑)をしようとする桐山。
  • 悩む桐山と一緒に考えてアドバイスをくれる林田先生。

何より、当事者のひなちゃんが怒りを隠さない57話がいい。

気づいたことがひとつある
僕は思ってたんだ
辛すぎるのならそこから立ち去っていい
まともじゃない事をしてくるヤツらには
まともに立ち向かうことはしなくていい
でも
…そうだ 彼女は
ただ辛がっているんじゃない
怒っているのだ
それも
腹の底から煮えくり返る程に

もちろん、いじめに対して「怒ること」が正解だと言うわけではない。
自然現象のように「いじめ」という現象が発生するのではなく、それぞれが異なる人間同士の関係性そのものが「いじめ」の卵なのだから、人間を描かないと、「いじめ」は描けないのだろう。『3月のライオン』は将棋漫画なので、サブキャラのひなちゃんをもっと類型的に扱っても文句は言われないだろうが、そうはしない。怒るひなちゃんの表情からは、本人が悩み、怒り、落胆する気持ちが伝わってくる。*2
3巻くらいまでは、その面白さを理解出来なかった漫画だが、ここに来て、圧倒的な面白さを感じる漫画になった。本当にマンガ大賞(2011)も納得の作品だ。最新の8巻まで読み進めるのが勿体ない…。

表紙・扉絵

この表紙の二階堂は大好きだ。額に入れて飾っておきたいくらい。
5巻の表紙は6巻最初の話(54話)の扉絵となっているので、7巻最初の話の扉絵が二階堂なのだろう。なお、やや飛びもあるが、扉絵が一連の話になっているようだ。まだ続く?

  • 55:リスを落としたのに気がついた!
  • 57:ミカド書店に置き忘れたのかも!
  • 58:手押しポンプの近くかも!
  • 59:朝日湯の前を走る
  • 61:酒屋の前を走る
  • 62:モモちゃん疲れてゼーゼー

先崎学のライオン将棋コラム

今回のコラムはこちら

  1. 棋士の収入ってどれくらい!?気になります…
  2. 学生棋士っているの!?学歴って必要!?
  3. 毎月対局って何局あるの!?棋士の一ヶ月のスケジュール
  4. 作中の新人戦のモデルの「新人王戦」ってどんな棋戦?
  5. 千日手ってどんなルールなの?

学生棋士の話が面白い。先崎八段の頃は、学校に行かないのが普通だったが、羽生世代からは高校を出るようになった。だけでなく大卒の棋士も多いとのこと。なお、えりりん山口恵梨子女流初段)は白百合女子大学の学生だというのも驚いた。

*1:先崎八段は村山聖と仲が良かったという。聖は28歳で亡くなってしまったが、同じ病気を抱える二階堂は、きっとこの巻の表紙のように、元気な姿を見せ続けてくれるのだろう。

*2:逆に、『聲の形』が、イマイチ納得できなかった部分は、やはりここだ。