Yondaful Days!

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新総理登場シーンにどよめき〜大石英司『尖閣喪失』

尖閣喪失

尖閣喪失

絶えず話題になっている尖閣問題。
単純に勉強するには気の進まない領土問題だが、エンターテインメント小説を読むことによって、少しでも興味を持てればと思い、かねてから目をつけていた本。


この本の一番のポイントは、尖閣をめぐる攻防が日本側からだけでなく、日中双方の立場から別々に作戦が練られていくこと。そして、関係機関の位置づけや、使われる防衛装備などの細部が見てきたようにリアルであること。そして何より、中国側が尖閣上陸を果たそう極秘に立てた計画の日程が、民主党から自民党への政権交代が決まった衆議院議員選挙の翌日という、実際にごく最近生じた政治空白の期間を設定していることである。
(この小説が発表されたのは2012年5月で、尖閣国有化の話が出たのは2012年9月。実際の衆院選は2012年12月。)

作者の大石英治さんは、ブログを継続的に読んでいるので、ある程度、核となるような考え方を理解しているだけに、この本の本筋とは違う“奄美大島という地方の衰退を描くシーン”や“東京都内の子どもの進学をめぐる雑談シーン”についても、面白く読んだ。


そして、新総理が誰なのかを途中まで伏せる展開の工夫が面白い。
6章になり、遂に日中が尖閣沖で衝突する。
当初は、日本側が、中国の極秘計画を完全に読み切って裏をついた作戦が成功し、あわてふためく中国軍を見ながら、読み手としても、やや余裕に浸っていた。しかし、魚釣島上陸に成功するフロッグマン(軍事活動を行う水中工作員)が1人、2人と増えて情勢は一気に逆転。
次々と五星紅旗が立てられ、新政権の発足直前になって、中国側の優勢が明らかになってしまう。


ここでやっと「今度の総理は永田町きっての防衛通」「彼なら尖閣問題も適切に処理できる」などと、これまで何度も噂になってきた新政権*1の総理大臣の名前が小説の中で初めて登場する。(8章p232)
総理大臣の名は石橋繁!


安倍政権発足前に行われた自民党総裁選挙の第一回目では、石破さんが1位だったので、小説が発表された段階では、かなり実現可能性の高い新総理だったのだろう。自分は全くの架空の人物が出てくると思っていただけに不意を突かれた。
小説ではちょうど半分あたりの石破政権発足から、日本の講じたもう一つの計画であり起死回生の作戦である「ロメオ計画」「プロトコルA」が開始される。


ところが、微かな光が見えたラストになって、突如、物語は終了する。本書のタイトル通り、尖閣を喪失してしまうのだ。
この苦味こそが、この小説の醍醐味で、また国際関係の真実なんだと思う。
つまり、特に日本の場合は、純粋な二国間の関係というのはあり得ない。日中で領土問題を争っているようでいて、実際には、米国の意向一つで事態がいかようにも変化する。
物語の最後になって、その冷たい現実が突きつけられるこの小説は非常に巧いと思う。


戦記物(架空戦記)の類は、これまで全く読んだことがなく、少佐、中佐などの階級の名前もわからなかったため、かなり手こずったが、終わってみれば、面白く読むことができた。同ジャンルで他にも面白そうなものがあれば読んでみたい。

*1:自民党民主党の名前は出てこない。ただし、菅政権という言葉だけ出てきた