Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

幸せになるために、やっぱりどこかでがんばるんだ〜戸田誠二『スキエンティア』

スキエンティア (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

スキエンティア (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

「禁断の科学」にすがり己の人生を一変させたいと願う者たちを描く、ヒューマンSFシリーズ全7編(帯の言葉)

ヒューマンSFという紹介が正に言い得て妙の誠実な作品。
冒頭の一編「ボティレンタル」が「世にも奇妙な物語」でドラマ化されたと言うので、人の欲望と悪意に関する話だと思い込んで読んだら、善人ばかりが出て拍子抜けした。(笑)
何故そのような思い込みに至ったのか。
最近では(そもそもテレビ番組自体を見ないせいもあるが)すっかり見なくなってしまった「世にも奇妙な物語」だが、番組に対するかつてのイメージは「出来心から実現する間違った万能感と、それに対する戒め」という骨組。それはむしろ、『笑ゥせぇるすまん』『ハッピーピープル』『Y氏の隣人』など同時期に流行していた漫画の印象から来るものかもしれない。どれも、怖がらせるための仕掛けとして、人間の「欲望」に焦点を当てていたように思う。
いや、正確に言うと、何かの夢を叶えるはずの「魔法」によって、「欲望」の制御が効かずに「暴走」してしまうことが、「悲劇」に繋がる、というのが、それらの話のパターンだった。


『スキエンティア』に収められた7編は、いずれも、不可能を可能にする未来の科学技術が登場する。

  • ボディレンタル:もう一度輝きたいと願う四肢マヒの老人が、他人の体を借りて一時的に若さを取り戻す技術。
  • 媚薬:飲むと目の前にいる人を好きになる惚れ薬。
  • クローン:事故で亡くなった娘の全てを、新しく生まれる命に吹き込んで再生させるクローン技術。
  • 抗鬱機:定期的に、ヘッドセットを被る治療を受けるだけで、鬱を抑えることができる機械。
  • ドラッグ:「愛」が見えるようになるというドラッグ。
  • ロボット:余生の短い単身者が自宅で生活するのを助ける介護用ロボット。
  • 覚醒機:寿命と引き換えに天才性を獲得し、確実にヒットする詞や曲を書くことができるようになる機械。


つまり、話には「欲望」も「魔法」もある。ここまでは過去の漫画やテレビ番組と同じだ。しかし、登場人物たちは、安易に「暴走」することをしない。
だから、しっかり元の自分に戻ってくることができる。そこが、話が「世にも奇妙な物語」的にならなかった理由だろう。つまり「魔法」はきっかけに過ぎず、どんなに科学が進歩したとしても、科学の力だけを頼っていては、幸せになることは不可能だ。
最終話(覚醒機)のラストで、物語の核心が語られる。

科学のおかげで 今みたいに便利になったんだ。
魔法のようなこともできるようになったよ。
…でもね、魔法なんてないんだよ。
幸せになるために、やっぱりどこかでがんばるんだ。
みんながんばって、
幸せになるんだよ。


特に、クローン技術という飛び道具にはほとんど頼らずに、我が子への主人公の心の動きだけを追った「クローン」が、この漫画の特徴を捉えているかもしれない。
SF的な近未来設定でありながら、一番描かれているのは、今も昔も変わらない、人間の心の動きである、という意味で、やはりヒューマンSFという言葉はしっくりくる。