Yondaful Days!

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今年のベスト絵本〜谷川俊太郎・岡本よしろう『生きる』

生きる (月刊 たくさんのふしぎ 2013年 09月号)

生きる (月刊 たくさんのふしぎ 2013年 09月号)

団地っぽい表紙に惹かれて手に取ってみると、谷川俊太郎の詩『生きる』に絵をつけた絵本だった。


結論を言うと、これは家に一冊あっていい本だと思う。
勿論、元の詩が良いからなのだろうが、そこにある言葉の持つ力を十分に伝えることができる絵本になっている。


『生きる』という詩自体は、震災以降、朗読イベントや学校の授業で取り扱われるなど再読される機会が増えているという。
過去の文章*1に自分もラジオ番組での小島慶子の朗読を取り上げたが、「詩」の伝え方は、朗読というかたちが優れているのだと思っていた。
たとえば、Youtubeには、佐藤浩一による朗読が挙がっている。詩の内容を知らない人は、こちらも見てほしい。


確かに朗読は良いものだと思う。ただ、この動画を見て改めて思ったが、「朗読」は、聴きはじめるときに、読み手と気持ちがシンクロしていないと、効果的に詩の内容が伝わらない。イベント会場で聴くのであればいざ知らず、普段の生活でのリズムのまま眺めるYoutubeでは、聴き手の意識は散漫で、一層伝わりにくくなる。


そういった点で、この絵本は巧く構成されている。
例えば、部屋の掃除の合間にページを開いたとする。普段の生活のリズムを引きずりつつ最初は言葉自体に気持ちが行かなくても、絵を見て行くだけで、「生きる」という詩のリズムに読み手の意識がシンクロしていく。


構成は、見開き1ページの絵に対して、2フレーズくらいの言葉で進んで行く。
絵は、表紙で帽子を手渡されている小学生の男の子「けんた」と、そのお姉さん「もも」の姉弟を追いながら夏休みの生活を切り取ったものとなっている。
したがって、詩の一言一句の内容に絵を合わせているわけではない。


しかし、見開きで載せる言葉の「切り取り方」、そして、絵のトーンで、リズムを表現して行く。
重要なフレーズの部分では、言葉を短く切り取り、絵をシンプルなものにして、言葉に注目させる。
例えば、5度繰り返される「生きているということ/いま生きているということ」というフレーズ。これに対しては、常に場面転換のシーンがあてられ、絵自体もアップになることが多く、自然と、言葉の意味を考えてしまう。*2

  • 最初は、けんたが眺めるセミの死骸のアップ
  • 二度目は、おじいちゃんの家に行った2人が遊ぶ様子
  • 三度目は、商店街の熱帯魚ショップで、けんたが金魚を眺めるシーンのアップ
  • 四度目は、(明るい昼間の商店街のシーンが何ページが続いたあと)薄暗い夕方の玄関で一人家を出ようと準備をするおじいちゃん
  • 五度目は、けんたのお宮参りでの家族写真(写っているおばあちゃんは、この絵本には出てこない)


また、話自体の説明がない分、全体のストーリーがすぐには分からないため、自然と何度も繰り返し読むように仕向けられているのもいい。
勿論、構成だけではなく、岡本よしろうさんの、優しく細やかな絵が最高なのは言うまでもない。


付録のふしぎ新聞では谷川俊太郎が「〈いま〉の意識」というタイトルで寄稿している。

(略)
そのような〈時〉は、いわば道具のように使われる時間で、私たちは用事や仕事や約束のために〈いま〉を消費しているのだとも言える。
そういう〈いま〉を止めることは誰にも出来ませんが、〈いま〉を意識することが、逆に流れ止まない時間を意識することにつながることがある。「生きる」と題された詩には、私たちの心を束の間立ち止まらせて、さまざまな〈いま〉の情景から、ふだんはことさらに意識することのない視点で、人生を俯瞰して見直せる働きがあるのかもしれません。

自身が語る、そうした「生きる」という詩の働きを、この絵本は、絵の力で、さらに強力にしている。


Amazonには在庫がないみたいだけど、8月に発売した9月号ということになるため、書店には残っている可能性が高いと思う。これで700円はお得すぎる!これは買いましょう。

*1:言葉とラジオとiPad(2010年5月)

*2:あと、この詩の中では、一番引っ掛かりがある「かくされた悪を注意深くこばむこと」の絵も良かった