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予想外に「辛い」感想!〜アレックス・シアラー『チョコレート・アンダーグラウンド』

チョコレート・アンダーグラウンド

チョコレート・アンダーグラウンド

『日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか』という本があるが、『チョコレートアンダーグラウンド』の世界では、単に「さようなら」とだけ言うのは認められていない。正式な別れの挨拶は次の通りだ。
「リンゴさくさく気分を、同志よ」
「ジューシーオレンジ気分をどうぞ」
「どうぞバナナを」
健康な生活には果物が一番なのだ。
〜〜〜〜〜


とある国の総選挙で勝った、その名も「健全健康党」。
冒頭では、その恐るべき主要政策が、告知ポスターで明らかにされている。

本日五時以降チョコレートを禁止する
今後、チョコレートは何人にも売買してはならない
ただし、適正な医師の証明書がある場合はこのかぎりではない。
それ以外の場合、菓子やチョコレートの販売は、これを禁止とする。
違反した者は五千ポンドの罰金または懲役刑に処す
これは行政命令である
健全健康党 発行
国民に選ばれた代表

ポスターでは「販売」とあるが、菓子及びチョコレート禁止法によって、砂糖を使った食べ物は、その「所持」も禁止されてしまう。
法の徹底のため、チョコレート警察が組織され、街では隠し持ったチョコレートが無いかどうか、チョコレート探知車と共に自宅に押し入り、学校でも弁当の検査に入る。
そんな最悪の日の中、一部では、密売品(ブートレグ)が売られ始めた。


そこにアイデアを得たのが、同じクラスの親友スマッジャーとハントリー。
2人は、たばこ屋?のバビおばさんの家にある材料を使えば、自分たちでチョコレートを作ることができるのではないかと思いつく。
インターネット検索では、菓子の作り方は閲覧禁止になっており、書店からも姿を消したレシピ本。二人はまず、『チョコレートの作り方』から探し始めるのだった。


というのが序盤のストーリー。
このストーリーにさらに盛り上げるのが「匂い」。
冷えて固まったチョコレートそのものには「匂い」はほとんどないが、チョコレート製作過程では、どうしても独特の匂いが出てしまうということで、焦げたトーストでカモフラージュをする。
読んでいる方は、「焦げたパン」が登場することによって、より強く「匂い」を感じる。
スマッジャーの父親がパン屋ということもあり、全体的に、パンの香り、そしてチョコレートの甘い香りに包まれた物語だった。装丁も茶色、文字も茶色ということで、色々な部分からチョコレートを想起させる本になっている。*1


また、健康健全党に立ち向かう主要メンバーが、小学生だけで構成されず、60過ぎのバビおばさんも含まれるというのが面白い。
特に、途中で、ハントリーが、夫に先立たれ、ひとりで暮らすバビおばさんのことを、寂しいのかもしれないと思いやるシーンがあるが、これを読んだ子どもたちは、日常生活では気がつかなかった大人たちの一面を知ることになるかもしれない。親子では無い関係で大人と子どもの協力が自然に行われているという点でも面白かった。


(ここから完全にネタバレ)
ところが、全体の感想は、どうしても「辛く」なってしまう。
何故なら、この本がことごとく自分の中の児童小説の王道(ファンタジー)を外してくるからだ。
そもそも、 ストーリーの根本的な部分にいくつかの疑問点がある。
特に、チョコレート警察をはじめとして、体制側の人間が、何故そこまで熱心にチョコレートや甘いものを取り締まるのかが全く分からない。
児童小説の王道を歩むなら、この部分に次のようなロジックを希望する。

健全健康党の党首は大のチョコレート好き。チョコレートを独占したいがために、法律を通して国中のチョコレートや甘い菓子を集めまくる。党員は、そのおこぼれにあずかるために必死で取り締まり強化に努力する。

こんな感じのストーリーであれば、非常に分かりやすい。クレヨンしんちゃんドラえもん映画のストーリーとしてもオーソドックスで、まさに王道。
しかし、この物語には、そのようなロジックは存在しない。
それでも、せめて健全健康党の親分(党首)が登場しさえすれば、倒すべき敵が明確なので、物語が一気に分かりやすくなる。しかし、この物語にはそれすら登場しない。
この物語で、倒すべき敵は、自由を奪う「チョコレート禁止法」である。したがって、ストーリーは、政治的な色合いが強くなり、児童小説の王道から大きく外れてくる。

  • 物語の発端は、健全健康党に反対の多数派が「どうせみんな反対に入れるだろう」と投票を怠ったせいで望まない党が第一党になるという民主主義の皮肉な仕組み。
  • チョコレート警察に連れられて、更生キャンプに参加した生徒が帰ってきたとき、洗脳された結果、笑いを忘れて別人のようになっている、という笑えない帰還。
  • 物語の最後は、政府の放送局をジャックして一般市民に運動を呼びかけ、住民側が立ち上がることで、健全健康党を打倒するという、何か60年代学生運動のような展開。


ということで、物語全体の方向が自分の望むところとは大きく違う方に進んでしまい、楽しく読み終えることができなかった。
「政治」という、「ファンタジー」よりも現実に近く、より理にかなった説明が問われるところて勝負しているにも拘らず、根本的な疑問点が残ってしまうのも気持ちが悪い。
例えば、「チョコレート探知機」が、材料(砂糖やカカオ)には反応しない、というのはとても奇妙だ。
もはや、バビおばさんが、材料を家に保管しておくことができた理由づけのためだけに用意された論理だ。
チョコレート以外の甘い菓子も禁止されている状況で、弁当検査では、ハチミツにまで厳しく注意をしておきながら、チョコレートという製品にしか反応しない探知機に、どれほどの意味があるのか。
そもそも、チョコレートの何に反応しているのか?
ちょうど先日、ひとつひとつの設定が細かい傑作SFを読んだばかりだったこともあり、納得が行かない。


ということで、とにかく読む前には想像できなかった奇妙なバランスの物語でした。よう太は楽しく読んでいましたが。
これが、日本で漫画やアニメになっているということは、多分、敵の親玉がキャラクター化されているということだと思うので、そちらが見てみたい。

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過去日記

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*1:以前『真夜中のパン屋』を読んだときにも感じたが、パン屋を通じた香りの演出は巧いと思った。