Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

4人家族と想像力〜浅田政志『浅田家』『家族新聞』

まずは浅田家

浅田家

浅田家

楽しくて何度も見返した、温かい写真集。
写真家の浅田政志さんが、父、母、兄、本人の家族4人で、表紙の消防団から始まり、ヤクザ、美容院、教師、忍者などになり切って演じる様を、セルフタイマーで撮影している。
1、2枚ならネタ的に消費していたかもしれないが、これだけの量を畳みかけられると、家族の写真を撮影するという行為そのものの意味が気になってくる。ただ、それを「考える」というよりは、何度も見ているうちに「伝わってくる」ものがある。
写真集を見るのは結構楽しい。


コスプレは、どれも素人っぽさが出ていて笑ってしまうが、そのユーモアから醸し出される温かみはその恰好ゆえではなく、浅田家4人の魅力があってこそだ。
特に、ところどころに見え隠れする子ども二人の刺青が、微妙な家族関係を想像させ、妙なリアリティを感じた。
自由人そうな2人に対して、厳格そうな父親、寛容そうな母親。
でも、全員で協力して撮影している事実は存在するから、仲が悪いわけがない。仲の悪い家族は、忍者の格好して木に登ったりはしない。
同じ質問に対して4人それぞれが回答する巻末インタビューとも相まって、家族の結束を感じる写真集だった。
また、撮影は、地元の消防団や水族館など、さまざまな施設・団体の協力を得て行われたものということで、一方的ではない、相互関係のある地域愛を感じた。


浅田さんは、作品というよりは「家族の記念写真」という意味合いで、これらの写真を撮影しているそうだ。
よく、家族は、それぞれが父親、母親、長男…という役割を演じているものという言い方をすることがあるが、家族写真は、まさに全員が家族としての役割を演じている瞬間を撮影するものだと言える。そんな機会はあまりないことを考えると、家族の結束力を強めるいい手段なのかもしれない。
うちも4人家族だけれど、こんな風に家族写真を撮る機会はあまりない。
コスプレはしなくても、もっと沢山撮った方がいいかもしれない。

家族新聞

家族新聞

家族新聞

こちらは同じく浅田政志さんの写真を添えて、共同通信社が、さまざまな家族に向けた取材をまとめた一冊。
まえがきでも語られているように「家族とは何か?」という問いに対して答えを探すというよりは、家族の数だけある家族のかたちを、ありのままで並べてみた本。読む側が家族について考えを巡らせるようなつくりになっているという意味では、『浅田家』と同じだ。
取り上げられている家族は、千差万別で、ペット、内弟子、里子と里親、熟年結婚事実婚、お受験や新居づくりで深まる家族、家族間のSNSなど、まさに家族それぞれ。
自分は「家族」と聞いて、漠然と「離れたくても離れられないもの」という感じのことをイメージしていた。しかし、それでは、この本で取り上げられているコレクティブハウスや老人ホームでの家族は除外されることになる。自分の思っていた「家族」は、もっと狭い「親子」や「血」に近いものだったと気づかされた。


それぞれの家族を撮った浅田政志さんの写真は、ここでもやはり『浅田家』と同様の魅力がある。
どの写真の家族も笑顔なので、見ている方も自然と笑顔になる。
しかし、この本は、家族写真以外に多くのページを割いている写真がある。
それは「家」。
マンション、団地、一軒家…家族写真とは無関係の家の膨大な写真が家族写真の間のページを埋めている。
家族写真の間に挟まった、それらの写真を見ていると、その家に住んでいる家族のことを想像する。そういえば、『浅田家』にも、まさに浅田家の自宅の写真が多数収録されていた。
と、写真を見ながら考えていると、家族というのは、他の誰かを想像するときに参照する最小単位のまとまりであるような気がしてくる。
勿論、家族がいなければ、他者を想像できないわけではないが、子どもがいれば、他人の子どものことを気遣うだろう。ペットを飼っていれば、より他の家のペットを大事に扱うだろう。
また、一つ所に住んでいない家族でも同じことがいえる。離れて暮らす親子でも、連れ合いに先立たれた人も、やはりお互いを思う気持ちがあるからこそ、他人に優しくなれる。
つまり、「家族」を思う気持ちが、他者を想像する力、つまりは思いやりの基礎になってくるように思う。

誘拐事件と想像力

最近、犯罪自慢の炎上騒ぎや、行き過ぎたキラキラネームを、ニュースで見るにつけ、起こしたことの是非よりも、当事者の想像力の無さを思う。若いときは、視野も狭く、そういった間違いもしやすいのかもしれない。そして、この本で感じたことを合わせて考えれば、家族との関係がうまく行っていれば、想像力の不足は補える部分があるような気がする。
そんな風に書いてきてなんだが、つい先日、田園調布で起きた女子中学生の誘拐事件には驚いた。


誘拐といえば、身代金の受け取りはほぼ成功しないことが常識的に知られ、ニュースの一報を聞いたときは「田園調布は金持ちが多そうだと思った」という犯行の動機からの印象もあり、想像力も知識もない人物が犯人だと断定していた。
しかし、よくよく聞いてみると、犯人は、子ども二人がいるお父さん。自分に子どもがいながら、お金のために誘拐を企てるというのは、あり得ない。身代金受取りが成功したとしても、誘拐した女の子が受ける心のダメージを考えれば、できない犯罪で、想像力のかけらもない。
今回の事件は、ネットで募った仲間と共犯していることも特徴的だが、ネットの闇の部分は想像力を失わせるのだろうか。

今回の誘拐事件を主導したとみられる容疑者は「借金」を犯行動機に挙げ、「田園調布の子供ならカネを持っていると思った」と供述している。要求した身代金は2千万円。地元では教育熱心な父親として知られていたが、その教育費が負担になっていたことを示唆する供述も始めている。動機は現実的だが、闇サイトで募った初対面の若者2人と場当たり的な犯行に走ったことへの矛盾も浮かび上がる。


浅田家も、我が家も、そして、誘拐事件の容疑者も4人家族。
あらためて、家族ってなんだろうなあ、と振り出しに戻ったような感想を抱く事件だった。
ともあれ、浅田政志さんは、相変わらず「家族」をテーマに写真を撮り続けているようだ。最新作も是非読んでみたい。

家族写真は「  」である。

家族写真は「 」である。